7/6再開《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~5サイト33KPV
神との決戦から、二年の月日が流れた。
魔力なき世界への移行期にあった混乱は完全に収束し、世界は蒸気機関や自然エネルギーを活用した「科学と技術の時代」へと力強く歩み出していた。
帝都の街並みは、魔法による幻想的な美しさから、レンガと鉄とガラスによる機能的な美しさへと姿を変えつつある。
そして、変わったのは街だけではない。
次世代を担う子供たちもまた、少年少女から大人へと、その姿を変えようとしていた。
王宮の大広間は、かつてない熱気に包まれていた。
今日は、新生・六龍王国の未来を決定づける、重要な式典の日だ。
「――これより、次期国王ライオス殿下と、次期王妃シズク殿下の婚約発表を行います!」
ファンファーレが鳴り響く中、正装に身を包んだ二人の若者がバルコニーに現れる。
ライオスは15歳になった。
背は父親のヒカルを追い越すほど伸び、幼さの残っていた顔つきは精悍に引き締まっている。燃えるような赤髪を短く整え、騎士服を着こなす姿は、若き王の風格を十分に漂わせていた。
その隣に立つシズクは14歳。
母アクア譲りの知的な美貌に磨きがかかり、青いドレスを纏った姿は、水の精霊が人の形をとったかのような清楚な色香を放っている。
「……おい、シズク。顔が引きつってるぞ」
「……うるさいわね、ライオス。貴方こそ、足が震えていてよ」
民衆に手を振りながら、二人は口元だけでいつものように軽口を叩き合う。
だが、その手はしっかりと握りしめられていた。
かつては「水女」「脳筋」と罵り合っていた二人は、魔力なき激動の二年間を、常に背中を預け合って乗り越えてきたのだ。
喧嘩仲間から、誰よりも信頼できるパートナーへ。その絆は、どんな魔法よりも強固だった。
「国民の皆よ! 俺はまだ未熟だ! 漢字もまだ勉強中だし、すぐ熱くなる!」
ライオスが声を張り上げると、広場から笑いが起きる。
「だが、この国を守りたい気持ちと、隣にいるシズクを幸せにする覚悟だけは、父上にも負けないつもりだ! だから……俺たちについてきてくれ!」
「……もう。本当に不器用なんだから」
シズクが苦笑し、そして凛とした声で続ける。
「私が彼の頭脳となり、ブレーキとなります。……どうか、私たちの新しい時代を見守ってください」
ワァァァァァァッ!!
割れんばかりの歓声と拍手。
その光景を、少し離れた来賓席から見守る若者たちがいた。
「やれやれ。あのヘタレだったライオスが、立派になったものですね」
眼鏡を直しながら微笑むのは、17歳になったシリウスだ。
彼は既に軍の参謀として頭角を現しており、その隣には、美しく成長したノアが寄り添っている。
「ふふ。シリウス様も、そろそろ私との婚約を発表してもいい頃合いではありませんか? ライオス兄さまとシズク姉さまの発表をあえて待たれたんですよね!?」
「……善処します。とがうるさくてね」
さらに、その横では。
「ちぇーっ。結局、マリンだけ売れ残っちゃったじゃない!」
頬を膨らませているのは、アクアの次女マリンだ。
「あら、レオン皇子へのアタックは?」
ミスティがからかう。黒いドレスが良く似合う美少女だ。
「いい感じなのよ! でも、あっちが奥手すぎて……もう、今度こっちからプロポーズしてやるんだから!」
成長した子供たちの、眩しいほどの春。
親たちが命がけで守った未来は、確かにここで花開いていた。
◇◆◇◆◇
その喧騒から遠く離れた、王宮の奥まった一室。
そこだけは、二年前から時間が止まっていた。
静かな部屋に、穏やかな陽光が差し込んでいる。
ベッドの傍らで、ヒカルはリンゴの皮を剥いていた。魔力がないので、ナイフを使った手作業だ。最初は不格好だったが、二年経った今ではウサギの形に切れるほど上達していた。
「……外、賑やかだな」
ヒカルは窓の外を見やり、ベッドで眠る少女に話しかけた。
「ライオスとシズクの婚約発表のパレードだ。あいつら、やっと素直になったよ。お前も見たかっただろ? ライオスの真っ赤な顔」
返事はない。
アルテミスは、二年前と変わらぬ安らかな顔で眠り続けている。
成長期にあるはずの彼女の体は、時が止まったかのように幼いままだった。神のを受け止めた影響だろうか。
「……私、思うんです」
花瓶の水を替えながら、ルーナが静かに言った。
「この子は、待っているんじゃないかって」
「待ってる?」
「ええ。世界が本当に大丈夫になったか。みんなが本当に笑えるようになったか。……夢の中で、それをじっと見守っている気がするんです」
ヒカルは剥き終わったウサギ型リンゴを皿に置いた。
そして、娘の小さな手を握る。
温かい。生きている。
「なら、もう十分だろ? アルテミス」
ヒカルは優しく呼びかける。
「ライオスも立派になった。世界も平和になった。……パパもママも、もう泣いてないぞ」
その時だった。
開け放たれた窓から、一陣の風が吹き込んだ。
外の歓声と、新しい時代の空気を運ぶ、爽やかな風。
ん、と。
アルテミスの睫毛が、微かに震えた。
「……アルテミス?」
ルーナが息を呑む。
ゆっくりと、本当にゆっくりと。
銀色の睫毛が持ち上がり、透き通るような金色の瞳が、二年ぶりに世界を映した。
「……パパ? ママ……?」
掠れた、けれど懐かしい鈴のような声。
「ああ……っ! アルテミス……!」
ヒカルは言葉にならず、娘を抱きしめた。ルーナもその背中に覆いかぶさり、声を上げて泣いた。
「おはよう、アルテミス。……おはよう」
「……うん。おはよう、パパ」
アルテミスは、まだ状況がよく分かっていないように瞬きをして、それから窓の外の青空を見て、ふわりと笑った。
「……いい匂い。……みんなが笑ってる匂いがする」
◇◆◇◆◇
――バンッ!!
扉が乱暴に開かれた。
「父上! アルテミスが目覚めたって本当か!?」
「アルテミスちゃん!!」
式典を早々に切り上げて駆けつけたライオス、シズク、シリウス、ノア、子供たち全員だ。さらに六龍妃たち全員が、部屋になだれ込んでくる。
「お兄ちゃん……? お姉ちゃん……?」
アルテミスは目を丸くした。
自分の記憶の中にある兄姉たちよりも、ずっと大きく、大人びていたからだ。
「わっ、みんな大きい! 私だけ、おチビさんのまま!?」
アルテミスが頬を膨らませると、部屋中が爆笑と涙に包まれた。
「大丈夫よ、アルテミス。これからいっぱい食べて、いっぱい遊んで、すぐに追いつけるわ」
レヴィアが涙を拭いながら笑う。テラが「もう、おいしいご飯たくさん作るわ! 久々に頑張っちゃうからね!!」とすでにエプロン姿になっている。
「ええ。貴女の分のお勉強も、二年分溜まっていますからね」
アクアが意地悪く、でも嬉しそうに告げる。
「えぇー!? 勉強はいやだー!」
アルテミスがヒカルの胸に顔を埋める。
その賑やかな光景を見ながら、ヒカルは心の底から思った。
ああ、これが俺の守りたかった世界だ。
魔力がなくても、神様がいなくても。
家族がいて、笑い声がある。それだけで、世界はこんなにも美しい。
ヒカルは窓の外を見上げた。
抜けるような青空の向こうで、カインがニヤリと笑った気がした。
(どうだ、カイン……幸せそのものだろ?)
物語はここで一区切り。
けれど、彼らの「成り上がり」の日々は、これからも続いていく。
ずっと、ずっと。
【第197話へつづく】