【完結】冷徹侯爵様、お気の毒なので『円満な婚約解消』して差し上げます
隣国の港に着いたわたくしは、旅の疲れを感じる間もなく、すぐさまお父様の友人であるカラクさんの元へと向かいました。
「よく来てくれた、ルシアン嬢。……お父上の件だが、かなり根が深そうだ」
案内されたお部屋で、カラクさんは悲痛な表情で、事の顛末を詳しく話し始めてくれたのです。
カラクさんが独自に雇った調査員からの報告で、驚くべき不正が発覚したのだということでした。
「リチャード様の父君……ダッフル侯爵が、あの沈没した船に積み込む商品を手配した商会があるだろう? そこの商会長が、裏でレイモンド伯爵に脅されるか、あるいは買収されていたらしい。商品を積んだように見せかけて、実際は空のまま出港させていた形跡が見つかったんだ」
「やはり……最初から沈める目的で空の船を……」
「ああ、保険金目当てか、あるいは侯爵を社会的、経済的に破滅させるための罠だ。これを知った君の父親は、その決定的な証拠である『裏帳簿』を押さえるため、単身その商会長を追い詰めに出かけたんだよ。『証拠を出さないのなら、今すぐ王都の公安(警察)に調べさせる』と直談判しにな」
カラクさんはそこで一度言葉を切り、大きなため息をつきました。
「だが、そこで男爵、あ、君の父上の足取りが途絶えてしまった。私も手を尽くして捜索しているのだが、一向にが明かない。……そればかりか、肝心の商会長までもが、まるで煙のように姿を消してしまったんだ」
お父様だけでなく、重要参考人である商会長まで行方不明。
事態は思った以上に深刻でした。こちらの国で、わたくしだけで、これ以上調べるのは限界があります。
(隣国で公に動けて、かつ信頼できる強力な後ろ盾が必要だわ……)
わたくしはやはりここは、リチャード様とも親しいアルベール公爵令息を頼ることにいたしました。
とりあえず、カラクさんには事情を話し、一旦この場を後にしたのです。
早速にアルベール様のもとを訪ね、事の次第をすべて打ち明けて相談しました。
「というわけですので、今回はリチャード様には留守をお願いしてきたのです」
あちらでのボヤ騒ぎとお父様の危機を知ったアルベール様は、とても驚きながらも真剣にわたくしの話を聞いてくださったのです。
「なるほど、そんな異常事態になっていたとはね……。分かった、僕の力も貸そう。ただ、より確実に探るなら、ルシアン嬢もよく知っている彼女にも相談した方が良さそうだ。僕のいとこの、リリアーナ(公爵令嬢)にね。彼女の家系は社交界の裏事情にめっぽう強いんだ。今から一緒に彼女の屋敷へ向かおう」
「突然でご迷惑ではないですか? もっともアルベール様のもとへも先触れもなく訪ねてしまったのですが」
「今はそんなことを気にする状況ではない。大丈夫だ」
アルベール様の素早い手配により、わたくしたちはすぐに公爵家の馬車で、リリアーナ様のお屋敷へと向かうことになりました。
馬車が動き出した途端、アルベール様からは先ほどまでの真剣な表情は消えていました。
何やら楽しげな笑みを浮かべてわたくしを見てこられたのです。
「それにしてもルシアン嬢。……本当のところ、リチャードとはどうなんだい?」
「はい? どうとは?」
「とぼけるなよ。あいつから君と婚約したって聞いた時は驚きで固まってしまったよ」
根掘り葉掘り聞いてくるアルベール様に、わたくしはいつもの調子で、笑顔で首を振りました。
「アルベール様、誤解なさらないでくださいね。リチャード様がわたくしなんかを、本気で相手になさるはずがありませんわ」
「……は?」
「今回の婚約は、あくまでビジネス上の利害が一致した結果ですの。リチャード様のお父様が投資していた船が沈没してしまい、そこへわたくしの父が融資をした縁で結ばれた、一時的なものです。リチャード様は責任感が強い方ですから、義務を果たそうとしてくださっているだけですわ」
自信満々に言い切るわたくしを見て、何故だかアルベール様は呆れ気味に言いました。
「いやいや、ルシアン嬢。この前こちらの国に来た時の、奴が君を見る目や態度はとても『義務』だけとは思えなかったよ」
「まさか! ありえませんわ。アルベール様ったら!」
わたくしは思わず、はしたなくも大笑いしてしまいました。
「リチャード様ほどの完璧な方が、わたくしのような成金男爵令嬢に惹かれるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ません」
そう力強く言い切ってから続けました。
「わたくし、リチャード様のためを思えばこそ、いずれはこの一件が片付いた後、タイミングを見計らって『円満な婚約解消』を目指しておりますの。あの方には、わたくしよりもずっと相応しいご令嬢がいらっしゃいますから!」
お父様を救い、港の事業を成功させれば、リチャード様をこの縛りから解放して差し上げられる。
そんな素晴らしい未来を想像して胸を張るわたくしを前に、アルベール様は額を押さえ、ただ笑っていらっしゃいます。
(まあ、少し笑いすぎでは? 失礼ですわよ)
そんな言葉を直接言えるはずもなく、わたくしはただ苦笑するばかりでした。
「リチャードの奴、これは前途多難だな」
アルベール様が、ポツリとおっしゃったのです。
わたくしは意味がわからず苦笑したままでした。
そうこうしているうちに馬車がゆっくりと速度を落とし、立派な門をくぐります。
そろそろ、リリアーナ様のお屋敷へと到着したようでした。