【完結】冷徹侯爵様、お気の毒なので『円満な婚約解消』して差し上げます
リリアーナ様のお屋敷に着くなり、アルベール様は先ほどわたくしが話した内容をそのまま彼女に伝えてくださったのです。
事の重大さを察したリリアーナ様は、いつもの高飛車な態度は影を潜め、わたくしを真剣に見つめられました。
「それは心配ね、ルシアン。出来ることなら力になりたいけれど……そうね、お父様がお帰りになったら色々と聞いてみるわ。そのレイモンド伯爵って、こちらの国に滞在している間は、頻繁に社交界へ顔を出しているのよ。お父様なら、何か彼の弱みや不穏な動きを知っているかもしれないわ」
「ありがとうございます、リリアーナ様……!」
それからしばらく、わたくしたち三人は手に入りそうな情報や今後の動きについて色々と話し合い、今日のところは解散することとなったのです。
わたくしはアルベール様に馬車で送っていただき、お母様の古い友人であるランセル伯爵のお屋敷へと向かいました。事前にカラクさんが連絡していたので、事情は全てご存知だったのです。
わたくしは、しばらくこのランセル伯爵邸に滞在させていただくことになっています。
(お父様、どうかご無事で……わたくしも絶対に諦めませんわ)
自室に案内され、窓の外に広がる夜空を見上げながら、わたくしは一人静かに祈るのでした。
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同じ頃。港町の片隅にある、目立たない隠れ家の一室。
かな灯りの中で、ノートル男爵(ルシアンの父親)は、机を挟んで一人の男と向き合っていた。
男の正体は、ダッフル侯爵の船に空の荷を積んだように偽装した張本人であり、同じく行方不明となっている商会長だった。
「これでよしと。……書き終えましたぞ、男爵閣下」
商会長は怯えたように額の汗を拭いながら、一枚の手紙を差し出してきた。
そこに書かれているのは、レイモンド伯爵宛ての『ノートル男爵をまんまと始末した』という偽りの手紙だった。
敵を欺くには、まず味方から。
男爵はあえて親友であるカラクにさえ真実を告げず、自身が『行方不明』になったと見せかけることで、レイモンド伯爵の目を完全に欺いていたのだ。
「すまないな、商会長。脅すような真似をして。だが、君もレイモンド伯爵のやり方は知っているだろう? 用済みになれば、真っ先に消されるのは君と、君の家族だ」
「ひぃッ……! わ、分かっております。伯爵は最初から男爵が何か嗅ぎ回っているようなら、とっとと、始末しろと指示されていました。それを閣下が『真実を証言してくれたら、我がノートル家とダッフル侯爵家が全力で君の身の安全と今後の商売を保証する』と、約束してくださった。もう、あんな悪党にはついていけません」
元々は伯爵の脅しに屈していた商会長だったが、男爵の圧倒的な『商人のプロ』としての交渉と、現実的な救済案によって、すっかりこちら側に寝返っていた。
「ふむ。この手紙を受け取れば、レイモンド伯爵はひとまず安心するだろうが……。いや、あの執念深い男のことだ。私が戻らなければ、私の様子を心配して、娘のルシアンが必ずこの隣国へ向かうと踏むはず」
男爵は思わず目を細め、我が子の聡明な顔を思い浮かべる。
案の定、商会長はガタガタと震えながら頷いた。
「お、仰る通りです! 伯爵からは『もし娘がこちらの国へやってきたら、そいつも一緒に始末しろ』とも命令されていました! 閣下のお嬢様のこともかなり警戒していましたから」
「やはりな。だが、ルシアンは私の娘だ。ただで引き下がるようなタマではない」
男爵の口元に、心配げな、しかし誇らしげな笑みが浮かぶ。
ルシアンの性格なら、この国に到着すれば、まずはカラクの元へ行き、その後は必ず、この国にいる母の親友、ランセル伯爵夫人のもとへ真っ先に相談に向かい、そこを拠点にするはずだ。
「よし。私の手の者をランセル伯爵邸へ向かわせよう。ルシアンを密かにこの隠れ家へ連れてくるように。……あの子が来たら、この状況をひっくり返す、我がノートル家の『重大な作戦』を明かすとしよう」
暗闇の中、男爵の瞳が鋭く光る。
(レイモンド伯爵に嵌められたダッフル侯爵家を救うため、そして我がノートル男爵家を甘くみたことを、必ずや後悔させてやる)