水属性の魔法使い
一行は、夕方、ノモンの街に到着した。
すぐに、大きな宿に入る。
当然、事前に予約されていたのだ。
三十人ほどの人数であり、しかもバシュー伯という領主一行となれば当然だろう。
「リョウさん、アベルさん、お二人はこの後、お付き合いください。リー・ウー刺史もこの宿に泊まっておられ、六時から面会のお約束をしていますので」
「承知した」
ロシュ・テンの言葉に、アベルが頷いた。
約束の六時。
ロシュ・テンを先頭に、涼とアベルがリー・ウー刺史の部屋に入った。
「おお、ロシュ殿、久しぶりだな」
「刺史も、お元気そうでなによりです」
挨拶を交わす二人。
リー・ウー刺史は、二メートル近い大柄な体格に完全に剃り上げた頭と、異彩を放つ風貌だ。
雰囲気を四字熟語で表すなら、豪放磊落だろうか。
「そちらが、例の?」
「はい。リョウさんとアベルさんです」
涼とアベルも挨拶し、さっそく春村での出来事を話し始めた。
語ったのは、ロシュ・テンに話したのと全く同じ内容。
「ふむ……」
話し終わると、リー・ウー刺史は一言そう呟き、考え込んだ。
一分ほど経っただろうか、ようやくリー・ウー刺史が口を開いた。
「いや、大変参考になった。感謝する」
そう言って、頭を下げる。
「いえいえ……」
どう答えればいいか分からないために、涼は思わずそう言った。
「幻人は……いくつかの歴史書、と言っても演義の類なのだが、そういうのには出てくる」
「そうですか? 私は知りませんでしたが」
リー・ウー刺史が言い、ロシュ・テンが知らないと答える。
演義というのは、いわば小説のようなものだ。
正史たるいわゆる歴史書とは、また違うものではあるが、決して馬鹿にはできない。
「ああ、何王朝も前の話だからな。伝説の中と言ってもいいくらい昔の。それは、帝都に戻って史家たちに聞いてみる。あと、彼らが各地の魔物の襲撃を引き起こしているという部分か。各地で起きてはいるんだが、実は『中黄』では一切起きていない」
「そうなのですか?」
「ああ。春村を入れて、俺が知っている限りで十五カ所。だが『中黄』で起きていないために、帝都の動きは非常に鈍い」
リー・ウー刺史の表情は、苦々しげだ。
「現在は、第六皇子正妃の輿入れのために、兵の配置がかなり歪んでいるからな。第六皇子リュン様は帝位争いには加わっておられないが、皇子正妃となる方の輿入れは五年ぶりだ。皇宮がいろいろ慎重になるのは仕方あるまいが」
「そう……皇太子殿下が亡くなられて以降、初めてですからね。実際、正妃になるシオ・フェン公主は、何度か命を狙われたとか。先日も、我がボアゴーの街で事件があったようですし」
「ああ、聞いたぞ。公主の船団は出航した後だったらしいが、代官が巻き込まれたのだろう? いろいろときな臭い……」
ロシュ・テンもリー・ウー刺史も、顔をしかめながら話している。
涼とアベルは顔を見合わせるが、言葉は何も交わさない。
二人とも、公主が襲撃された現場に遭遇してはいるが……あれはボスンター国内だけの問題ではなかったということなのだろう。
ダーウェイまで含めた、東方諸国全体での大きな動きの中で……いろいろと起きているのかもしれない。
「おっと、悪かったな、リョウ殿とアベル殿であったな。話はしっかりと理解した。帝都に持ち帰らせてもらう」
「私は、まだ少し刺史と話をしていきますので、お二人は部屋に入られてください。食事もお好きなものをどうぞ。供回りの者がご案内します」
リー・ウー刺史とロシュ・テンにそう言われて、涼とアベルは解放された。
「やっぱり今回のシオ・フェン公主の輿入れ、もの凄く大変そうです」
「そうだな。ミーファが護衛しているとはいえ、襲撃を防ぐのは難しい場合があるからな」
涼とアベルは、一階の食堂で晩御飯を食べながら話している。
「でもこれで、僕らも六級冒険者になります。帝都にも問題なく入れますね」
「最初は七級以上なら大丈夫という話だったのにな……」
「ええ。昨日、突然六級以上になったとか……けっこうごちゃごちゃしている印象ですよね」
涼とアベルが、ロシュ・テンと一緒にリー・ウー刺史と会っている間に、ロシュ・テンの供回りの者たちが確認をしてきたのだ。
それによると、帝都周辺の規制が上がり、冒険者も六級以上じゃなければ入られないと。
「なんとしても帝都には行かねばならんからな!」
「いつになくアベルがやる気に満ちているのは、空飛ぶ腕輪のせいですね」
「否定はせん」
涼が少し笑いながら言い、アベルは今回ばかりは素直に受け入れる。
それほどに、空を飛んでみたいらしい。
やはり空を飛ぶということは、古来、人が普遍的に抱き続ける夢の一つなのかもしれない。
「いちおう僕ら、監察でいろんな地方を回っている刺史の人への報告のために、ロシュ・テンさんに連れてこられたわけです。ですから、お仕事はこれでおしまいですよね?」
「そうだろうな。このノモンの街から帝都までどう行くか、考えないといかんな」
「この前、互助会横の装備屋でみつけた地図はありますよ」
「よし、食い終わったら見てみよう」
食後のお茶を飲みながら、広げた地図を見る二人。
「今いるノモンの街は、けっこう海岸から離れてますね」
「ああ。ダーウェイ自体が広いから、全体からすればそれほどでもないが、海岸からはけっこう内陸に入っているな」
「帝都ハンリンは、ダーウェイを東西に流れる二本の大河、北河と南河のうちの、南河の南岸に広がっているそうです」
「このまま北上して、どこかから……南河を船で下るのが早いか?」
「いいですね、それ。アベル、冴えているじゃないですか!」
アベルのアイデアを褒める涼。
良いアイデアは、ちゃんと褒めてあげる。
良好な人間関係の維持には大切なことだ。
「そうなると……この北上する道か。名前が書いてないってことは、細い道なのか?」
アベルがそう言いながら、ノモンの街付近から、北に向かって延びている道を指でなぞる。
「フェンムーという街に続いている道のようだな」
「なんか、フェンムーの街って、他の街に比べて表記が違いません?」
涼が、地図に書かれたフェンムーの街表記に疑問を呈する。
帝都は別として……他の街や村は、○の中に家が描かれている。
だが、フェンムーは家というより、五重塔のようなものが描かれているように見える。
ちょっと他の街より立派だ。
「大きな街なのかもしれんな?」
「中心的な街の可能性はありますね。それなら帝都までの船とか、定期船みたいなのすらあるかもしれませんよ」
涼はそう言うと、大きな川を航行する遊覧船的なものを思い浮かべる。
「決まりだな。このノモンの互助会で六級冒険者に上がる手続きをしたら、北上してフェンムーに向かう」
「そこから南河を下って帝都に行く」
アベルも涼も、見通しが立ったために嬉しそうだ。
何事においても、見通しが立つかどうか、見通しを持てるかどうかは大切だ。
見通しが立たないと、人は不安になる。
それではプロジェクトはうまくいかないのだ!
もちろん、立てた見通しが根本的に間違っていれば……それは悲しい結果を生むことになる……。