水属性の魔法使い
翌日、涼とアベルはロシュ・テンの一行と別れた。
また、リー・ウー刺史も、別の街に寄った後で帝都に戻るとの事だ。
「そうか、二人とも帝都に行くのか。帝都に寄ったら、ぜひ司隷台に来てくれ。それが俺たち刺史を統括する部署だ。多分、今回俺は帝都に長くいることになるだろうからな」
リー・ウー刺史はそう言うと、次の街に出発した。
涼とアベルは冒険者互助会で手続きを行い、無事に六級冒険者に上がることができた。
「よし、出発するか」
「アンダルシア、またよろしくね」
アベルも涼も、それぞれ愛馬に乗っている。
フェイワンもアンダルシアもいい子なので、全く手がかからない。
しかも特に何もしなくとも、道なりに歩いてくれるため、地球における自動車よりもはるかに負担が少ない……気がする。
「騎乗って、慣れると楽なんですね」
「そうだな。馬自体が賢い生き物だから、望んでいる行動をとってくれるよな。それにしても……リョウの騎乗も様になってきたな」
「でしょう? アンダルシアの事を信頼しているからこそです」
涼はアンダルシアの首を撫でながら嬉しそうに答えた。
ノモンから北上し、フェンムーまで続く道は、あまり広くなかった。
それでも、馬二頭が並んで歩くのには何の問題もない。
また、人通りもほとんどないため、とても静かな騎行となっていた。
街道沿いには街どころか村も無いため、二人は森でウサギを狩ったり、川で魚を取ったり……ある意味、とても冒険者らしい移動である。
「なんか、懐かしいですね」
「ロンドの森からルンに向かった旅を思い出したか?」
「アベルもですか! あれはあれで楽しかったですけど、大変ではありましたからね」
「グリフォンは目の前に降りてくるし、ベヒモスは見かけるし……大変という言葉だけで片付けるのはどうかと思うんだ」
「アベルは怖がり過ぎです」
涼が小さく首を振りながら言う。
涼は、お肉を差し出すことによってグリフォンのグリグリの背中に乗せてもらうことがあるため、それほど怖くはないのだ。
もちろん、もしも怒らせてしまったら簡単に殺されてしまうというのは理解しているので、全てを預けて安心して乗る、ということはできない。
たとえば今のように、アンダルシアに乗っているのとは全く性質が違う……。
「まあ、あの時はアンダルシアやフェイワンはいませんでしたからね。今は、身を任せているだけで移動できちゃいます。なんて楽ちんなんでしょう!」
「馬との関係を築いた昔の人は偉大だな」
涼が感想を述べ、アベルが先人の偉大さを称賛した。
休憩や夜営時に、涼はアンダルシアとフェイワンに水属性魔法を見せている。
特に、<アイスウォール>は、何度も張って説明をしている。
もちろん言葉は通じていないはずなのだが……。
「なんか、様になっているんだよな」
アベルはその光景を見ながら呟く。
アベルも、涼が二頭に説明をしている理由は分かる。
<アイスウォール>を張って、その内側で二頭を守るような場面も、この先出てくるかもしれない。
その時に、二頭が混乱して<アイスウォール>にぶつかってしまったりするのを回避するためだ。
それは、馬の特性をよく理解したやり方だと、アベルは高く評価した。
「リョウは時々、よく分からん知識を持っているよな」
「何ですかそれは」
「いや、褒めているんだ」
「褒めるのなら、ちゃんと褒めてください。涼偉い! 涼素晴らしい! 涼最高だ! って感じで」
「それは何か嫌だ」
「えぇ……」
そんな会話を交わしながら、二人と二頭は北上する。
そのうち、二人は、騎乗したまま本を読むようになった。
アベルだけでなく、涼すらも……。
「リョウが、騎乗しながら本を読めるようになるとは」
「基本的な騎乗技術を身に付けた後は、乗る馬との信頼関係しだいだということが分かりました。僕は、アンダルシアを完全に信頼しているので、本を読むくらい楽勝なのです」
アベルが成長を称賛し、涼がアンダルシアへの絶大な信頼を表明する。
北上する……。
その間、街道では誰ともすれ違わなかった。
その間、街道では誰にも追い抜かれなかった。
二人とも、その事に全く気づかなかった。
そして、破局は突然訪れる。
「え?」
涼が思わず呟き、読んでいた本から顔を上げた。
当然、その動きにはアベルも気付く。
「どうした?」
「<アイスウォール10層>」
まずは自分たちを守る。
二人はともかく、二頭は……いや、アンダルシアはちゃんと守ってあげないと!
「すいません、気付かないうちに包囲されています」
「リョウが気付かないうちに? 本を読んでいたからか?」
「そ、それは……関係ない……多分……恐らく……きっと……だと思うんです」
自信が無いために微妙な言い回しになる。
だが、包囲している者たちが、普通の者たちでないのは確かだ。
その辺の盗賊や山賊の類ではないはず。
実は、盗賊や山賊に襲撃されたことはないのだが……。
「五十人くらいの、すごく訓練されて洗練された人たちです」
「盗賊の類ではないということか。どうする?」
「強引な突破は……したくありません」
涼は、チラリとアンダルシアとフェイワンを見て答える。
アベルも、涼が懸念していることは理解した。
確かに<アイスウォール>で守ることは可能だろうが、完全に守り切れるかは正直分からない。
二頭とも、二人と共に戦うのは初めてなのだ。
訓練ではいろいろやったようだが、実戦では氷の壁も初めて。
できるだけ、戦闘は避けたい。
「じっと待つか」
「え?」
「包囲してくる相手に対して、ちゃんとお前たちの事は認識している。だが争う気はないんだと、行動で示すことになるだろう」
「なるほど。分かりました」
アベルの説明に、涼も頷いた。
二人とも愛馬から降り、包囲の輪が縮められ、包囲した者たちが姿を見せるのを待つ。
安心させるように、アンダルシアとフェイワンの首を叩きながら。
二頭とも、甘えるように頭をこすりつけてくる。
全く、不安には思っていないようだ。
主人たる二人と一緒なら、大丈夫だと思っているのかもしれない。
主人である涼やアベルよりも、もしかしたら胆力があるのかも……。
二人が馬を降りて待ち、二分ほどすると、包囲する者たちがついに姿を現した。
涼もアベルも驚く。
包囲した者たちは、全員、白い服だったからだ。
ところどころ、赤い縁取りがされ、白と赤のコントラストが、とても映えている。
しかも、例えば忍者や盗賊のような服ではなく、むしろ礼装にすら近い服。
そんな服で、山の中を駆け、連携を取りながら二人を包囲したと考えると……周辺の地理にもかなり精通した者たちなのかもしれない。
全員が、丁寧に髪を結いあげ、頭の上で、小さな冠で留めている。
それは、アティンジョ大公国のヘルブ公が留めていたように。
礼装のような服装と結い上げた髪、小さな冠の組み合わせも絶妙。
ある種、宗教的とさえ感じさせた。
「我らはフェンムーを守る皇帝守墓白焔軍。私は隊長のリーチュウだ。汝らに問う、何ゆえこの道を歩くか」
「守墓?」
リーチュウ隊長が問うた。
だが、その名乗りの中に、涼は疑問に思う点を見つけ、思わず呟く。
「俺たちは、フェンムーに向かうただの冒険者だ」
アベルが正直に答える。
「冒険者が、なにゆえフェンムーに向かう?」
先ほどの詰問に比べれば、幾分声量を落とし、リーチュウ隊長が尋ねる。
表情も、訝しげだ。
「なにゆえと言われてもな……。フェンムーから船に乗って、南河を下って帝都に向かうつもりで……それでフェンムーに向かっているんだが?」
「フェンムーから船? 何の冗談だ?」
アベルは真面目に答えたのだが、リーチュウ隊長の表情は訝し気からしかめっ面に変わる。
何か、気分を害する言葉をアベルが吐いたらしい。
「もしや……フェンムーは街ではない?」
涼が思ったことを問いかける。
その問いに驚いたのはアベルだ。
目を大きく開いて、涼を見た。
「お前たちは何を言っている? フェンムーは歴代の皇帝陵だ。大陸に住む者が知らないわけが……」
「すいません、僕たち、見ての通り異国の人間でして……」
リーチュウ隊長の言葉を遮るようにして、涼は言う。
その言葉を受けて、リーチュウ隊長はアベルの赤毛の髪、涼のダーウェイではほとんどみないローブ姿などを注視した。
「ふむ。そう言われれば確かに」
どうも物わかりのいい人物らしい。
涼は少しだけ安堵の吐息を吐く。
「アベル、フェンムーは歴代の皇帝陵だそうです」
「皇帝陵というと、皇帝たちの墓か」
「ええ、ええ。道理で、地図の表記が他と違うわけです」
「なるほどな」
涼とアベルは、小声で会話する。
だが、二人の危地はまだ去っていなかった。
「だが、ここ、フェンムー外苑に入った時点で、二人とも死罪となる」
「はい?」
「ここは神聖にして侵すべからざる地。異国人であろうとそれを侵せば死をもってあがなうことになる」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
涼が焦ったように手を前に出して言う。
横では、すでにアベルが背負った剣に手を掛けている。
涼は必死に考える。
戦闘は避けたい……大切なアンダルシアのために。
目の前の人たちは、二人を殺そうと考えているが、それは役割を全うするため。
個人的な恨みや、殺すのが楽しいからではなさそうだ。
ならば、役割として殺す必要がない状況にすれば……。
「アベル、ここは仕方ないと思うんです」
「強引に突っ切るか?」
「いえ、そうではなく、身分を明かしましょう」
「身分?」
涼の提案に、アベルは首を傾げる。
だが、すぐに思い至った。
「王国の、ということか」
「ええ。異国の王が、歴代の王や皇帝たちの墓を表敬訪問するのは、どんな文化圏でもあり得ることだと思うんです」
「確かに……。中央諸国でもある」
「でしょう? それなら、この人たちも襲いかかってはこないと思うんです」
「そうだな。いい考えかもしれん」
涼の提案に、アベルも同意した。
それを受けて、涼はリーチュウ隊長に向き直る。
「逃げも隠れも致しませんので、もう少し時間をいただけますか」
「殊勝であるが……」
涼の、いっそ堂々とした言葉に、リーチュウ隊長は頷きつつも周りを見る。
周囲の部下たちも、訝しげだ。
涼は再び、アベルと小声での会話に入る。
「そうと決まれば、アベルやっちゃいますよ?」
「何をやるんだ?」
「水戸のご老公様です!」
「は?」
涼の提案は、アベルには全く通じていない。
当然だ。
「僕が、『しずまれ~い! 静まれ静まれ~い! この紋所が目に入らぬか!』って言いますので、そこでナイトレイ王国国王の身分を証明するやつ、ネックレスとかでつけているでしょう? あれを、どどんと出してやってください」
「……」
「そこで、『こちらにおわすお方をどなたと心得る! おそれ多くもナイトレイ王国国王、アベル一世陛下にあらせられるぞ!一同、頭が高い! ひかえおろー!』って言うので、ネックレスを渡してやってください」
「……」
涼は完璧な『水戸光圀』プランを提案し、満足した。
だがアベルは、口数が少ない。
それだけでなく、目が泳いでいる。
「アベル?」
「あ、いや……持ってないんだ」
「はい?」
「持ってきていないんだ」
「何をですか?」
「だから! 国王の身分を証明するネックレス、持ってきていないんだ!」
アベルが思わず少し大きな声になって告白した。
それを聞いて固まる涼。
数秒間、呼吸を整えてから、涼は口を開いた。
「……常に身に着けておくようにって。僕、最初に渡される時に、ハインライン侯爵から言われましたよ? ハインライン侯も、自分が着けているのを見せて、こうやっていつも身に着けておいてくださいって言いましたよ?宰相閣下もそうやって身に着けているのに?」
「あ、ああ……」
「それなのに、みんなの模範となるべき国王アベルが、身に着けていない?」
「仕方ないだろう! 俺、国王だし……国外に行く時には身に着けていたが、自国内では必要ないから……」
涼もアベルも、戦場から転移してやってきた。
だから、アベルは身に着けていないらしい……。
「アベルは素晴らしい国王ですが、時々そういう抜けたところがあります……」
「面目ない……」
「大丈夫です! そこを補うのが筆頭公爵の役割です!」
そう言って涼は考える。
さらなる逆転の一手を。
「仕方ありません。僕のを使います」
「リョウの?」
「ええ。王国筆頭公爵として、国王の名代として、歴代皇帝のお墓に参らせてもらうという形にします。アベルは……筆頭公爵の護衛ということでいいですかね」
「ああ……頼む」
「それではダメですって言われたら、仕方ないので戦闘です!」
涼はそう言うと、深く息を吸い込んだ。
ゆっくりと吐き出す。
その瞬間、纏う雰囲気が変わった。
思わず、包囲する白焔軍が腰の剣に手をかけてしまうほどに……。
涼自身は、少しだけ顎を前に出して、胸を反らし、一度後ろ手に組む。
表情は、笑みを浮かべている。
ただし、いつもとは違い、近寄りがたい雰囲気で。
かつて竜王ルウィンに教えてもらい、先王ロベルト・ピルロも称賛した涼の圧。
それは、一言も発せずに、尋常ならざる者であることを白焔軍の者たちに認識させた。
胸元から身分を証明するネックレスを取り出しながら、ゆっくりと歩き、リーチュウ隊長に近付いていく涼。
笑みを浮かべたままだが、近付かれるリーチュウ隊長の顔は、すでに強張っている。
「私は、中央諸国ナイトレイ王国筆頭公爵の地位にあります、ロンド公爵リョウ・ミハラと申します。此度は、国王アベル一世の名代として、歴代皇帝陵に表敬させていただこうと思います」
そう言うと、手に持った身分証明のネックレスを突き出した。
「ナイトレイ王国?」
ネックレスを突き出されたリーチュウ隊長は思わず呟く。
精神的に圧迫される中で、想像もしていなかった単語を聞いて、理解が追い付いていないのだ。
「こちらが身分を証明するネックレスです。判別する錬金道具などは手元にありますか?」
「ご、ございます。少々お待ちを」
涼が言葉を発して、リーチュウ隊長の思考をこの場に戻した。
リーチュウ隊長は、言葉遣いすら変わってしまっている……。
それも仕方ないだろうが。
涼からネックレスを受け取り、部下が差し出す錬金道具にかざす。
中央諸国にも、西方諸国にもある身分証明を判別するこの手の錬金道具。
やはり東方諸国にもあったのだ。
後ろから見ながら、アベルは不思議に思っていた。
なぜ、中央諸国で作った身分を証明するネックレスを、東方諸国の錬金道具でも判別できるのかと。
もちろん、その疑問に答えてくれる者は、この場にはいない。
「確認いたしました。ありがとうございます」
リーチュウ隊長はそう言うと、涼にネックレスを返却した。
涼が受け取るのとほぼ同時に、白焔軍全員が片膝をついた。
「役儀とはいえ、ご無礼いたしました。ひらにご容赦を……」
「構いません」
リーチュウ隊長が声を震わせながら謝罪し、涼は鷹揚に頷いて答えた。
未だ、圧は出し続けている。
「それで、私は亡き皇帝の皆様にご挨拶しても構わないのかな?」
完全に、この場における最上位者としての言葉遣いとなる涼。
確定した立場の違いを、わずかな言葉遣いの違いの中にも入れ込んでいく。
この辺りは、交渉の妙であろう。
「も、もちろんでございます。私が、案内させていただきます……」
リーチュウ隊長は片膝をつき、俯いたまま答える。
正直、顔を上げたくないのだ。
役儀とはいえ、命を奪うとまで言ってしまった相手。
正確に、ナイトレイ王国についての知識は無い。
だが、はるか西にある中央諸国における大国の一つであり、吟遊詩人が歌って回っているのも聞いたことがある。
ある意味、伝説の国。
ダーウェイには、『公爵』という地位はないが、それが貴族層という特権階級の者たちの最上位の地位であることは、知識として知っている。
しかも『筆頭』と付いているということは、最上位の中の最上位……。
おそらくは、国王に次ぐ地位。
国王に付き従う……。
ここで、リーチュウ隊長の体がぶるりと大きく震えた。
思い出したのだ。
帝都にいた時に聞いた、吟遊詩人の歌を完全に。
『アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を凍てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻にあらず。人は讃えて氷瀑、あるいは白銀公爵と謳うなり』
そう、ロンド公爵の歌。
ロンド公爵!?
今、確認した目の前の人物は……ロンド公爵と表示されなかったか?
そう、表示された。
ロンド公爵と……。
吟遊詩人に歌われた、伝説の魔法使い!
そんな人物が、目の前に?
そんな人物が、目の前に!
そんな人物が、目の前に……。
「か、閣下……ロンド公爵閣下」
「はい」
「今……一度だけ、役儀により……お尋ねさせていただきたく……」
「どうぞ。何かな」
「皇帝陵に……拝礼なさいました後は……どちらに……」
「それを、あなたに答える必要がありますか?」
「申し訳ございません!!」
リーチュウ隊長は、さらに思い切り頭を下げた。
比喩ではなく、汗が頭のあちこちから流れ落ちている。
失言であることを一瞬で悟った。
役儀によりとは言ったが、確かに自分はあくまで墓守だ。
この皇帝陵を守るのは役割であるが、そこを去った後に、目の前の公爵がどこに行くのかは彼の関知するところではないはず……。
たとえそれによって、国が滅びるようなことがあったとしても……。
「まあ、いいでしょう。先ほど供の者が言った通り、帝都ハンリンに向かう」
「はい……」
「船でと思っていたが、もしないのであれば……ああ、そう。川を、南河を全て凍りつかせて、その上を馬で行くのも一興。楽しそうですね」
涼が笑みを浮かべて言う。
その瞬間、リーチュウ隊長だけでなく、白焔軍全員の背中に、嫌な汗がにじんだ。
目の前の筆頭公爵が、吟遊詩人に歌われた公爵である事に気付いているのは、リーチュウ隊長を含め数人。
だが気付いていない、あるいはその歌を知らない者たちも、この公爵なら、川を全て凍りつかせてしまうことはできるのではないかと感じてしまっていた。
それほどに、圧倒的な存在感。
「まあ、後のことは後で考えましょう。では、皇帝陵を案内してください」
言葉遣いが丁寧に戻る。
こうして、涼とアベルと二頭の馬は、死地を逃れたのであった。