水属性の魔法使い
「陛下、西方教会のグラハム聖下とステファニア枢機卿がお見えです」
「ああ、甲板でお会いしよう」
パウリーナ船長の問いに、頷くアベル。
甲板には、いつもの氷のテーブルが置かれてある。
今まで二脚あったイスが、すぐに四脚に増えた。
仕事のできる筆頭公爵が、誰に言われるでもなく増やしたのだ。
「グラハム殿、ステファニア殿、ようこそ」
「アベル陛下、ちょっとお伝えしたいことがあってまかり越しました」
アベルが歓迎し、グラハムが言う。
二人に涼とステファニアを加えた四人が、テーブルを囲む。
そこに、間髪を容れずに提供される暗黒大陸産のコーヒー。
コーヒーの香りが四人を包み、リラックスさせた。
「バーダエール首長国の件は、うまくいったようですな」
「はい。誠意を尽くして説明したら、バットゥーゾン首長は分かってくださいました」
「そうですか、それは良かった」
グラハムが微笑みながら言い、アベルも表情を変えずに頷いた。
これほど白々しい会話があるだろうか……と涼は思ったのだが、もちろん何も言わない。
表情も変えない。
ずっと、スンとおすまし顔だ。
脅迫、とまでは行かなくとも、教会の武力をちらつかせて行動を控えさせたのだろうと思っている。
そうでもしないと、あの首長は引き下がらない……勝手にそう思っているのだ。
だいたい、合っている。
「とりあえず、我々が問題を解決するまでは、正式加盟は保留してもらえます」
「東西の戦争を避けることができたのは重畳。ですが、聖下らの問題というのを私は知りません。もしよければ、ここで教えていただきたいのですが」
アベルが表情を変えずに問う。
「ええ、もちろん。一年ほど前、教皇庁を襲撃したヴァンパイアたちの討伐です」
「ほぉ。そのために暗黒大陸に来たということは、その者たちは暗黒大陸にいるということですな」
「ええ。暗黒大陸南部に」
「南部ですか。それはそれは……」
グラハムが繰り出したジャブに、アベルは表情を変えずに一つ頷くだけでかわす。
「討伐するのには十分な戦力を率いてこられているのでしょう。ですが、この北沿岸部から南部に行くには、いろいろと大変ですな」
「そうですね。暗黒大陸は陸路で中央部を通れない以上、海路で行くしかありません。しかし東側は……」
「クラーケンの巣ができているとか」
「ええ。さすがはナイトレイ王国、その情報もすでに手に入れていましたか」
「とある情報源から」
にっこりとほほ笑むグラハム、『清涼なる五峰』からの情報を使うアベル。
手に入れた情報を全て出すのが交渉ではない。
だが出し渋って、相手からの情報を引き出せないのも交渉ではない。
最終的に、こちらが欲しい情報を手に入れられるかどうか、それがまずある。
その上で、こちらがどこまでの情報を出すのか、許容範囲内で収めなければならない。
「いろいろと検討した結果、大陸の西回りで南下することにしました」
「ほっほぉ」
驚きをあえて見せるアベル。
実際、驚いてはいるのだ。
北部と南部を繋ぐ航路が、大陸の東側が主流であったという情報は、昔聞いた覚えがあった。
しかし大陸の西回りがどうなのかは……知らない。
「西回りなら、例えばクラーケンの巣などもないと?」
「いえ、それは分かりません。できれば戦いたくはありませんが……どうしてもとなれば、クラーケンの集団を相手に、対抗する手段があります」
「なんですと!」
グラハムの言葉に、激しい反応を示したのは涼だ。
まさに、思わず……。
「失礼しました。どうぞ、会話を続けてください」
もちろんすぐに冷静になった涼は、引き下がる。
ここで聞いていれば、いろんな情報は入ってくるはずなので……口出しをする必要はない。
「まあ、その『新たな錬金道具』などもあるため、航海はあまり心配していません」
「ふむ」
「それで、先ほど聞いたのですが、ナイトレイ王国はミトリロ鉱石を手に入れたがっているとか」
「はい」
「ですが、ミトリロ鉱石は大陸南部でしか産出しません」
「その産出地のニュートン港の沖合にクラーケンが巣を作ったため、海路が絶たれたと聞きました」
アベルが、これも『清涼なる五峰』から得た情報を開示する。
グラハムは、無言のまま頷いた。
一拍待ってから、口を開く。
「我々の南部行きに、ナイトレイ王国も同行されませんか?」
「なるほど」
グラハムの提案に、小さく頷くアベル。
涼は、その提案にかなり驚いたのだが、頑張って表情は変えないようにしている。
おすまし顔キープ。
「聖下はヴァンパイアと対峙するのに、十分な戦力を率いているでしょう? わざわざ、我々を誘う必要はないかと思いますが」
「ええ、戦力としては十分あります。ですので、もしよければ、です」
「ほぉ……」
アベルは表情を変えない。
だが涼には、一瞬だけ、アベルの目の奥が光ったように感じた。
「我々を誘う、確たる理由を知りたいですな」
「先ほども言った通り……」
「もしかして、この船に興味がある?」
アベルの一言に、息をのんだのは二人。
涼とステファニア。
涼は明確に驚き。その視点は持っていなかったから。
ステファニアも驚き。グラハムは一言も、この船には言及しなかったが、確かにあり得ると。
ファンデビー法国の長年の仮想敵国、マファルダ共和国。
そこで造られた船の技術が気にならないと言ったら嘘だ。
しばらくした後、グラハムは手を広げた。
参りました、という意味だろうか。
「認めましょう。そちら……スキーズブラズニル号は、マファルダ共和国で造られた船です。共和国でも一、二を争う造船技術を持つフランツォーニ海運商会製、それも天才錬金術師ニール・アンダーセン設計だと聞いています。まさに、最先端の船と言っていい」
「否定はしません」
「はっきり言うと、その技術に興味があります」
「でしょうな」
グラハムがはっきりと言うが、アベルは表情を変えない。
「連れていってやるから、情報を渡せと」
「そこまでは言いません。共に航海するので、いくらかの情報共有をした方が、お互いの利益になる……くらいでしょうか」
「このスキーズブラズニルに関しては、マファルダ共和国とも、管理を任せているゴスロン公国とも機密保持契約は結んでいない。とはいえ、こちらからの提供が多すぎるな」
「と言いますと?」
アベルがはっきり言い切り、グラハムが笑顔のまま首を傾げる。
涼は知っている。
こういう時、アベルは国王の顔になる。
場合によっては、口調すら変える。
「俺はともかく、リョウは対ヴァンパイア戦を考えた時、非常に有効な戦力だろう?」
「ええ、それは否定しません」
「当然、相手が侯爵一人、などということはないだろうしな」
「そう、ヴァンパイアの集団を相手にすることになります」
「違うだろう? もっと厄介な敵がいる可能性があるんだろう?」
アベルが国王の顔で、荒々しさを醸し出す口調で、一切の隠し事を許さない視線で、グラハムを見る。
見られたグラハムも、最初からの変わらない笑顔を浮かべたまま、その視線を受け止める。
王と教皇の対峙。
一瞬で、生まれた緊張。
その緊張は、教皇から解かれた。
「認めます。大陸南部には、ヴァンパイアの公爵が眠っている可能性があるのです」
「公爵……」
さすがに顔をしかめるアベル。
だが、今の言葉に注意するべき点があった。
「眠っている可能性がある、と言ったか?」
「はい、言いました。十中八九、眠っているでしょう。もし起きていれば、教皇庁への襲撃は、シオンカ侯爵ではなくその公爵……ロズニャーク公爵ゾルターンが先陣を切っていたでしょうから」
「なるほど。しかしそれなら、そちらとしてもリョウを連れていくのは利点が大きい。いや、かなり大きいと言っていいだろう。それなのに、船の情報まで求めるのはやり過ぎだ」
「なるほど」
アベルが言い切り、グラハムは微笑む。
交渉における勝利とは、相手を論破することではない。
落としどころに落ち着かせることだ。
「指揮官ら、中枢が行き来するのは、組織同士の円滑な行動を考えた場合、あった方が良いものだ。だから航海中、あるいは寄港中にグラハム教皇やステファニア枢機卿がスキーズブラズニルを訪れるのは問題ないと思う。同様に、俺やリョウがそちらの船を訪れるだろうからな。その辺りで、どうだ?」
「いいでしょう」
アベルの提案に、間髪を容れずに答えるグラハム。
まるで、想定していた通りの場所に落ち着いたかのような速さ。
「詳細は、明日から実務者を交えて詰めましょう。今日はこの辺でお暇致します」
「ああ、承知した」
グラハムとアベルは握手した。
こうして、ナイトレイ王国一行は、ファンデビー法国艦隊と共に、暗黒大陸南部に大陸の西側を南下して向かうことになった。