移動型万能店アジサシ
お互い無言のままで見つめあう事数秒。男性が、ゆっくりと口を開いた。
勿体付けてないで早くしてくれ、と茶化したい気持ちをぐっと堪えているチグサの内心をあざ笑うかのように何度かそのまま閉口したのち、ようやくしっかりと目が合う。
「……神代の痕跡を、知っているか」
発された声は少しかすれていたが、この静かな場ではよく響いた。
言われたことをゆっくりと認識して、チグサは静かに目を閉じる。別に、向こうに勿体付けられたからやり返しているわけではない。
ただ、なんと返したものかなぁと考えているだけだ。
「それ、知らないって言ったら納得してくれるのかい?」
「知っているはずだ、その目で、見たはずだ」
「決めつけるつもりなら最初から問いかけの形を取らないでほしいね。……はぁ、聞いてどうする?ボクが何かを言って、それをそのまま信じてはいおしまい、で解放してくれるって?」
たん、たん、と足がリズムを刻むように動く。
ズボンをポケットに手を入れて吐き捨てるように言ったチグサを後ろから見ていたアンドレイは、その小さな背中が苛立ちから傾いているのを確認した。
他の団員にはあまり見せない姿だが、アンドレイは大体どこにでもついていく関係上何度か見たことがある。神代とそれに関することへの言及は、チグサの数少ない地雷だ。
それ自体を嫌っているわけでもないが、周りからつつかれ過ぎて話題に出ることを嫌っているのである。
相手によっては素直に答えるし話題にも出すが、目の前の男はお気に召さなかったらしい。
まぁ、そりゃあそうかとアンドレイは小さく頷く。チグサがここまで苛立つほどにそれをつついた相手が、大体ああいう人間だったので。
なのでまぁ、チグサからすればいい加減にしろしつけぇな、と感じて苛立っているのだ。
相手からしたら一回目でも、こちらからしたら何十回も繰り返された問答だ。
これは一時間と言わず、コリンに何かしら合図を送ってアジサシ馬車に向かって貰った方がいいかもしれない、なんて考えだしたところで、男が動揺で揺れる声を発した。
チグサがここまで荒れることもそうないので、こんな反応が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
「……海の果てを見たことがあるか」
「船なんて持っていないよ」
「アジサシの馬車を牽いているのは、フェゲズだ。空を、進めるはずだ」
確信を持った声だった。フェゲズ、というのは、確かにアジサシの馬車を牽く二頭の馬の事だ。
そういう種なのだ。ただの馬だと偽って隠しているそれが表に出たことはないはずだが、この男はどこでそれを知ったのか。
「進めたからなんだい。ボクは果てになんぞ興味はない。それに触れることはない。知りたいのなら勝手にすればいいけれど、ボクらを巻き込むようなことはやめてほしいね」
「何故だ。そこに神代から繋がる神秘があるのに、何故」
「言っただろう、興味がないんだ。誰も彼もがそれを求めるなんて思うのかい?」
男とチグサの話は平行線だろう。チグサは本当に、それに関して触れる事を避けている。けれど向こうからしたら、知っているはずだというその主張を下げられない。
なので、アンドレイはこっそり後ろに魔法を放った。
外套の男が気付いたのかこちらを見たが、しれっとした顔で見返しておく。
合図に気付いたコリンが走ってアジサシ馬車まで戻ったとして、誰かしらを連れて戻ってくるまでどのくらいか。
なんて考えた直後、扉を蹴破る音が後ろから響いた。
……さては、別でついてきていた奴らが合流して合図待ちをしていたな?なんて予想を立てたアンドレイとは違って、向かい側の男たちの動揺は大きい。
チグサは大して驚いていないので、アンドレイの行動にも気付いていたし、後ろの突入者の行動もある程度予想していたのだろう。
「こんにちはぁ。うちの団長連れ込んで何してんすかぁ?」
「ガラ悪」
「俺は連れ込まれてもいいのかよ」
「副団長は自力でどうにか出来るだろ」
扉を蹴破ってきたのはセダムで、片手には解体用の斧を持っている。あれは攻撃に使う事はあっても人に向けることは絶対にない物なのだが、わざわざ持ってきたのだろうか。
そしてそんなガラの悪いセダムの後ろからは、腰の剣に手をかけたコリンがついてきている。
「コリン、荷物は?」
「師匠が持って帰ってくれました!」
「ならいいか。……さて、迎えも来たし、ボクは帰らせてもらっても?君からの問いの答えは、知らないし今後知る予定もないし興味がない、ボクらを巻き込むな。が、全てだよ」
にっこりといつもの営業スマイルを顔に張り付けたチグサからは、強い拒絶の姿勢が見て取れる。
向こうもそれを感じ取ったのか、平行線で終わりのない会話を再度始める気はなかったのか、出ていくチグサを引き留める動きはなかった。
コリンが先導して地下室を出て、続いてチグサ、アンドレイが外に出て、最後にセダムが出てきて扉を閉める。
今度は蹴ったりせずに丁寧に、しっかり閉めていた。
「待機してたのかい?」
「おう。……どうする?このまま戻るか?」
「あー……いや、二人は戻ってくれていいよ。アンドレイ、もう少し付き合っておくれ」
「はいはい、了解」
セダムとコリンを前にして多少落ち着いて見えるが、チグサの内心は相も変わらず大荒れだ。
このまま馬車に戻ってアジサシの業務に支障をきたすくらいなら、もう少し町を巡ってから戻った方がいいだろう。
というわけで、馬車に戻るコリンとセダムを見送って、チグサとアンドレイは賑やかな町の方へと足を向けた。