移動型万能店アジサシ
チグサとアンドレイが向かった先は、既に人が大勢集まっている酒場だった。
この時間ならば酒を飲まずとも違和感はないし、騒がしい場所の方が話し声は聞かれない。
アジサシの面子が全員で酒場に行くことはほとんどないが、数人に分かれての行動であれば行くことはそこそこあるのだ。
噂話の収集にはちょうどいい場所だし、単に酒を飲むのが好きな団員もいるのだ。セダムとかエリオットとか。あの二人は時々酒場にも顔を出して、二人で飲んで帰ってくることがある。
まぁ、チグサとアンドレイが来ることがあるかと言われたら、今日のようにチグサが大荒れの時に来るくらいなものなのだが。
チグサはそもそも見た目が少女の頃からほとんど変わっていないせいで、酒場には入りにくいという問題がある。アンドレイは酒をそこまで好むわけでもないし、噂の収集に時折訪れる程度だ。
結果として、二人にとって酒場とは大荒れの時に来る場所、というイメージが強い。今回も自然な流れでチグサが大荒れだから酒場行くか、と言うことになったのである。
そんなわけでやってきた酒場の、カウンターの端に腰を下ろす。
最も壁際の椅子にチグサが腰を下ろしてその横にアンドレイが座れば、周囲からはアンドレイの陰に隠れてチグサはほとんど見えなくなるのだ。
そして適当に酒とつまみを注文したところで、チグサがカウンターに突っ伏した。
「はぁー……」
「お疲れ」
「あれ、まだ来ると思うかい?」
「さぁ?次からははじけばいいだろう」
チグサはここに来るまでに髪を下ろしていたので、カウンターに突っ伏すと顔が全く見えなくなる。
その頭を見下ろしながら、アンドレイは運ばれてきた酒に口を付けた。
安酒だが味は悪くない。アルコールは大して入っていないが、酔うまで飲むつもりもないのでちょうどいい。
「ウインナー来たぞ」
「ん……おわ、思ったより大きいね」
「切るかい?」
「お願い」
運ばれてきたウインナーの香りにつられてかチグサが顔を上げたので、添えられていたナイフで適当にウインナーを切って皿を差し出す。
アンドレイも食べるが、チグサは酒を飲まないので食事はチグサが優先だ。
「……そういえば、カブルに関連物があるんじゃなかったかい?」
「カブル……あぁ、アオイちゃんが言ってたやつか」
彼女の知り合いの考古学者が、なにやら神代の遺物を入手して解析をしようとしているという話を、以前聞いたことがあった。
その「神代の遺物」を入手するために手を貸したとかなんとか、そんな話をしていた。
ドラゴンの背に乗るなんていう、とんでもない大冒険をしたらしいのだ。
「……神代ねぇ……何がそんなに魅力的に見えるんだか……」
「なにも分からないものは良いように想像できるだろ」
チグサの機嫌を急降下させる原因である「神代」とは、この世界が作られる前に存在した世界の事だ、とおとぎ話などで語られている。
その頃の世界は今とは全く違う形をしており、その全てが神によって今の形に作り替えられたのだと。
神代と現代の最も大きな違いは、陸地の在り方だ。
この世界の陸地は、七つに分かれつつもすべてが地続きになっている。
けれど、神代の頃は大陸がなく、全てが島であったらしい。
なのでまぁ、この世界で島と言えば、それこそ神代のものになるわけだ。
アオイは考古学者と共にドラゴンの背に乗り、空に浮かんだ島に足を踏み入れ、そこで遺物を発見したらしい。
空島もまた、神代を語る物語ではしょっちゅう出てくるものである。
「空から行けば、海も越えられる」
「そうだな」
かつての世界、神が作り替える前の世界は、大きく三層に分けられた。
それが地底と地上、そして天空だ。
その頃は地上部分は大半が海だったそうだから、地上と言うよりも海と言った方がいいのかもしれないが。
空に何かが残されていることは、数年前に遺物を持ち帰った考古学者によって証明された。であれば次は地底を目指そう、という動きも確かにある。問題は地底への行き方だろう。
……まぁ、それはいいのだ。チグサはこの件に関して、詳しく調べたりはせずに自然に聞こえてくる範囲でしか把握していないので、特に詳しくもないし。
「海の果てくらい、自分で目指せばいいのにね」
「そうだな」
小さく切られたウインナーを口に運んで、チグサはため息を吐いた。
海の果てに何があり、どうなっているのか。チグサはそれを知っている。
あの男の言う通り、アジサシの馬車で進んで見てきたことがあるのだ。けれど、見たからこそ関わる事をやめ、その後は一切触れないと決めた。
一度でも触れてしまえば、チグサの目は今まで鑑定不能と判断した物の詳しい情報まで、全てを明らかにするだろう。
そうなればもう後には戻れない。それに命を懸けるつもりはないし、神代の謎よりもアジサシの経営が大事だと判断して撤退を決めたのは、紛れもなくチグサの意思だ。
「はぁーあ。ガルゴレ殿の方はどのくらいかかるかなぁ」
「そう掛からないだろうさ。そろそろ出発の準備もしていいだろう」
「そうだねぇ」
気持ちを切り替えるようにもう一つの問題を話題に出したチグサが、頼んで放置されていた自分の飲み物に口をつける。このまま腹を満たす頃には、いつも通りのアジサシ団長に戻っている事だろう。