徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
すっかりおなじみになってしまった喫茶いしかわ新メニュー開発のため、カフェ巡りや試作品の買い出しで待ち合わせる休日が当たり前になった。
近頃は和樹が車を出し、少し離れた場所まで出かけることも多い。大型の業務用スーパーに寄るのもそうだ。
喫茶いしかわの定休日と和樹の休日が重なったこともあって、今日は郊外のショッピングモールまで足を伸ばしてみた。
地元でのみ数店舗展開している喫茶店で腹ごしらえをした後、ついでにと併設されているスーパーマーケットへ向かう途中、ゆかりはふと足を止めた。
「ごめんなさい、和樹さん。ちょっと覗いてもいいですか?」
「ええ、構いませんが……」
くん、と和樹のブルゾンの裾を軽く引いたゆかりへ、和樹は彼女の視線の先へと視線を向ける。
ふわふわとしたホイップクリームやマシュマロのような印象を受ける女性向けのルームウェアが並んでいる。印象が違うとはいえ、同じようなショートパンツにパーカーといった組み合わせの多いゆかりのルームウェアを思い出して、和樹は指で顎を摘まむように添えたまま軽く首を傾げた。
「ご自分用ですか?」
「ううん。今度、友だちの誕生日なんですけど、プレゼントにどうかなって。自分じゃなかなか買わないですよぉ」
「似たような長さのものは着ているなと思ったんですけど」
「だめだめ、ここのとワンセットいちきゅっぱみたいな着古し比べちゃダメですよ」
ほら、とゆかりがショーウインドウのマネキンが着ているフルセットの値段を指さす。ゆかりの言う値段よりはトータルでゼロがひとつ多い。
確かに手触りは良さそうだがこんなにも頼りない布地で……と、和樹が感心した声を漏らすと、ゆかりは意外そうに瞬きをした。
こういったものに疎い男性は多いだろうが、同じくらい着ている姿を見たいと雑誌のアンケートに挙がるものの筆頭であるし、和樹もその点は例に漏れないと思ったのだが。
「男の人も、こういうの着てる女の子好きなんじゃありませんか?」
「いや、僕はそれよりも中身が大事……あいたっ」
ゆかりを見下ろす瞳に意地の悪い光が宿り、わざわざ身を屈めてゆかりの耳元に落とされた囁きにべちん、と二の腕辺りを軽く叩くとわざとらしく声を上げられる。
んもう、と頬を膨らませながら店内に足を踏み入れると、なぜか和樹もついてきた。
メンズ用もあるし別のショップで物色している男性客を見ることはあるが、和樹の部屋着は動きやすさを重視してかジャージのはずだ。
「あれ、和樹さんも?」
「なかなか僕ひとりじゃ目につかない店ですからね」
首を傾げるゆかりに笑みを浮かべ、ゆかりの目的であったハンガーラックに掛けられているパーカーや、上下セットのルームウェアにするりと視線を滑らせる。
ゆかりの背後から物珍しそうに見ているその姿を、なんかかわいいと思っていると、和樹はそのままつい、とゆかりに視線をすべらせる。
「ゆかりさんなら、どれがいいんですか?」
「そうですねぇ……ボーダーもかわいいけど、薄いブルーかしら」
「ふうん」
ふわふわと滑らかで、間違ってもワゴンで投げ売りされているワンセットと一緒にしてはいけない布地を思わず撫でるように触りながら、いくつか種類のあるそれを見る。素肌に滑るとさぞ気持ちが良いだろうが、こういったものはあまり頻繁に洗濯する前提ではなく、くたびれたら処分するものらしい。
それをもったいないと思ってしまうのだから、自分用にはやはり分不相応だなと考えながら、和樹が言ったように自分ならどれだろうという視点で友人へのプレゼント候補を改めて眺めてみる。
ドットもかわいい、などと布地を確かめていたその横から、和樹がひょいとハンガーラックに手を伸ばし、ゆかりの言った薄いブルーに無地のパーカーと、セットアップのショートパンツを手に取った。サイズを確かめ、そのまま自分の腕に引っ掛けた和樹にえっ、と目を瞬く。
メンズはここではなく壁際のハンガーラックだ。
「待って待って、何してるの?」
「僕の部屋に置くゆかりさんの部屋着、あった方がいいなと思っていたんですよ」
「そんなのわざわざ買わなくても……和樹さんのTシャツでいいですし、判ってたらお着替え持って行ってるし……」
和樹の部屋へ泊まるとき、そもそもルームウェアに着替えるまでもなく朝まで素肌か、キャミソールと下着一枚で過ごすのだからと、後半は声を落としながら和樹の袖を引いた。
うっかり口にしかけた言葉はあまりにも、あまりにもこんな人前では二人の関係をあからさまにするようで、顔が熱くなる。
頬を染めて視線を彷徨わせるゆかりに、和樹は喫茶いしかわで会うときには見せない仕草でふ、と吐息を漏らしながら笑った。
「まあそう言わずに。せっかくなら貢ぎたいじゃないですか」
「貢ぐって言った……」
ゆかりが赤い顔をしている間にもさっさとレジへ向かおうとする和樹の腕をまた掴むと、甘めの目元が少し困ったように眉尻を下げながら弧を描く。恋人に向ける甘やかさを全開にしたそれに、ゆかりは居たたまれない気持ちになった。
「ううっ、でもやっぱりダメ。もったいないもん。それなら自分の持って行って置いときますから!」
「もったいなくなんかないです。きみが今夜、着てくれたらいいんだから」
「えっ」
「あれ? まさか食べ歩きと買い出しだけですんなりお家に帰すと思ってました? 帰しませんよ?」
まるで予想していなかったと言わんばかりのゆかりの表情に和樹はぴくりと片眉を上げた。畳みかけるように問われてそのままこくこくと頷くと、また甘く見つめられる。ここに和樹のことを知る人間は、ゆかりしかいないというのに。
「よかった。じゃあ買ってきますね、待ってて」
僅かに腰を折った和樹が、見上げるゆかりのまるい額にその形の良い唇を笑みの形のままとん、と軽く触れさせる。
ぎゃ、とまるでカエルが踏まれたような声をあげて体を硬直させたゆかりに、和樹は短く声を漏らして破顔した。