徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
ちらちらと雪の降る日。
ゆかりは久しぶりにオフが重なった和樹とデートをするために電車に乗っていた。今日のデートスポットは中華街。
先日ゆかりが「寒いから中華を食べたい!」と和樹に伝えると彼は快くOKしてくれた。そしてちょっとこの機会に近くの知り合いに少し挨拶してくるという彼とは現地の駅ホームで待ち合わせてある。
本日最大のお目当ての肉まんを楽しみにしつつ、電車内でスマホを開き美味しそうな中華料理を見ていると、ぐぅとお腹が鳴った。目的の駅まであと少しだ。
待ち合わせ駅に着くとゆかりは和樹を探した。彼は背が高くて人目をひくし、すぐに見つかるはず。
予想通り人の少ない壁際に佇んでスマホを見ている彼の姿があった。ゆかりがそちらに駆け寄っていくと、近づいて来た気配に気付いた和樹がにこりと微笑む。
「ゆかりさん」
「こんにちは、和樹さん。お仕事お疲れさまです!」
「あれ? 僕仕事だって言いましたっけ?」
「言ってないですけど、たぶんお仕事かなって」
「はは、ゆかりさんには全部見抜かれてますね」
それじゃあ行きましょうか、と手を差し出した和樹だったが、はたとその手を止めてゆかりの姿を見つめる。
「……和樹さん?」
「ゆかりさん、マフラーは?」
「マフラー? マフラーならここに……ってあれ? あれれ?」
ゆかりは自分の首元に手をやったが、そこにあるはずのふわふわのピンクのマフラーは忽然と姿を消していた。思わず全身を見回し、後ろも振り返ってみるがやはり見つからない。
「電車、混んでたから落として来ちゃったのかも」
しゅん……と項垂れるゆかりの様子を見た和樹は自身の巻いていたホワイトのマフラーを取り外すと、彼女の首にふわりとかけてやった。
「これで暖かいでしょう?」
「和樹さん! お気持ちは嬉しいですが、これじゃあ和樹さんの首元が寒くなっちゃう!」
「僕は基礎体温高いから心配しなくても大丈夫です。それより女性が体を冷やす方がいけない」
さあ今度こそ行きますよ、と和樹に手を取られ歩き出す。ホワイトのマフラーに顔を埋めるとほんのりと和樹の匂いがしてゆかりは顔を赤らめる。
なんだか和樹さんに包まれてるみたい……。
そんなドキドキを悟られないようにゆかりは和樹の後ろにつき、中華街へと向かった。
◇ ◇ ◇
中華街に着いた。ゆかりはその、いかにもな景色にうわぁと声をあげる。
「ゆかりさん、中華街は初めてですか?」
「えへへ、実はそうなんです。こんな感じなんですね。和樹さんはお知り合いもいますし来たことありますよね?」
「仕事でご飯を食べに何度か。観光目的で来るのは初めてですよ」
ゆかりは和樹の初めてという言葉に嬉しくなった。恋人の初めてをもらえるのはいつだって嬉しい。
「……で? 食べ歩きするんでしょう? やっぱり肉まんから?」
「な、何でバレてるんですか!?」
「ふふ、顔に書いてあります」
反射で顔をペタペタと触るゆかりを見て和樹はくつくつと笑う。
「じゃあ肉まんを探しに行きましょうか」
和樹はゆかりの手をとり、指を絡める。いわゆる恋人繋ぎでゆるやかに手を引き、人混みを避けながらゆるゆると歩く。
しばらく道なりに歩いていくと突然ゆかりが繋いだ手を引っ張り、走り出そうとする。
「和樹さんここ! 私ここの肉まんが食べたい!」
ゆかりが指し示したのは有名店のある通りからは少し外れた場所のお店だった。彼女によると最近SNSの口コミで人気が上昇してきている店なのだとか。それでもそこそこ人が並んでいたので、二人は行列の後ろにつく。
またゆかりのお腹がぐぅと鳴った。ゆかりはあわててお腹をおさえる。
「あれ? 腹ペコさんですか? 僕の愛しい可愛い彼女は」
「ううう……和樹さんと食べ歩きするからと思って、朝ごはんを軽めにしか食べなかったんです……も~っ恥ずかしい……」
「ははは、それなら満足行くまで中華を堪能しないとですね」
しばらくして順番が回ってきたので、二人は店内でひとつずつ頼んだ肉まんを食べた。
「お、おいしー!」
「ゆかりさん、肉まんは逃げないからゆっくり食べて」
肉まんを堪能しながら、次に食べ歩きで寄るお店を話し合う。
ゆかりのチェックしていた店と、和樹が以前来てオススメだという店。名前を挙げ連ねたらそこそこな数になった。
「今日は中華三昧な一日になりそうですね!」
「そうですね。この機会にたくさん堪能しましょう」
それから二人はいろいろなお店を巡って食べ歩きをしていった。焼き小籠包、水餃子、フカヒレスープ、豚角煮まん、かわいらしい見た目をしたアニマルまんなど。ゆっくりお喋りをしながら中華を楽しんでいく。
夕方に差し掛かり、お腹が満たされ、もう大満足! というところで和樹のスマホが鳴った。ゆかりに断りを入れ、電話に出る彼の姿はもう仕事をする男の姿だ。
さっきまでゆかりと一緒に中華を楽しんでいた彼の姿は一瞬で吹き飛んでしまったが、ゆかりはゆかりだけしか知らない和樹のオフの姿を独り占めできたことが嬉しかった。だから電話を切って申し訳なさそうな顔をして戻ってくる和樹を笑顔で迎えた。
「急なお仕事ですか?」
「はい……急いで戻らないといけなくなりました、申し訳ないです……この後夜景でも見られればと思っていたんですが……」
「大丈夫です! 今日半日、存分に和樹さんと一緒に中華を堪能できましたから!」
「帰りは電車ですか?」
「はい、もう暗いしこのまままっすぐ帰ろうと思います」
「じゃあ駅までは一緒に行きましょう」
二人は手を繋ぐと駅までの道を歩き出した。もうすぐ切符売り場に着くというところでゆかりは和樹に言った。
「ねぇ和樹さん」
「何でしょう?」
「また中華食べに行きましょうね。その時はぜひ、夜景も一緒に」
ニコニコと笑いかけるゆかりを見て和樹はふぅと息を吐き小さな声で言った。
「……抱き締めたい」
「え?」
「抱き締めていいですか?」
「ちょ、ここ駅前で人多いです……!」
「観光客とカップルばっかりでしょう? 僕たちの存在なんて、ただの駅前のワンシーンのひとつですよ」
そう言って和樹はゆかりをコートごとぎゅっと抱き締めた。ゆかりもそっと和樹を抱き締め返す。
「暖かい……」
「もう……今生の別れじゃないんですから……」
「うん……でもお陰で仕事頑張れそうです」
二人はほんの少しの間抱き締めあったあと、名残惜しげに離れた。ふと、何か思い付いたようにゆかりが口を開いた。
「和樹さん、マフラーお返しします!」
「え? 家まで巻いて帰ってもらっていいですよ?」
「忘れ物に私のマフラーが届いてないか確認してから帰ろうと思います! 和樹さんお仕事いつ終わるかわからないでしょう? だから和樹さんのマフラーは和樹さんが……ね!」
そう言うとゆかりは和樹に自分のしていたホワイトのマフラーを巻き直してあげた。
「ありがとう……ございます……」
「急ぐんでしょう? 私はまずこの駅の駅員さんに話を聞きに行くのでここでお別れです」
それじゃあまた、とゆかりは駅の窓口に向かって走り去っていった。
残された和樹は目を閉じると、巻き直してもらったホワイトのマフラーに顔を埋め、すうっと息を吸い込む。
「やっぱり、ゆかりさんの匂いと……中華の匂いがする……」
これからの仕事を思うと気が重かったが、彼女の巻いてくれたマフラーが力をくれる気がした。「また来ましょう」という彼女の言葉と笑顔を胸に、和樹は仕事へと向かうのだった。