徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
「あのね、ゆかりちゃん。相談に乗ってくれないかしら?」
珍しくお母さんとふたりで店番しているときに来店した、大島のおばあちゃまから声をかけられた。
「はい。相談ってなんでしょう? 私が応えられることならいいんですけど」
「たぶん大丈夫だと思うわ。あのね、視聴者プレゼントでトマトジュースが当たったの」
「まあ! おめでとうございます!」
「ただ、それがダンボールでどーんと届いたのよ。私ひとりでそんなに飲みきれないかなって」
「あらら。そんなにたくさんなんですか?」
「ええ。それでね、ゆかりちゃんが嫌いじゃなかったら、いくらか引き取ってもらえないかなって。あと、トマトジュースを使った料理とか教えてもらえたら嬉しいわ」
「わあ、いいんですか? トマトジュース大好きなので嬉しいです。ありがとうございます。トマトジュースを使った料理……ガスパチョ……はこの時期寒いか。そうですね、うちではトマトソースにしてニョッキとかスパゲティを食べることが多いです。あ、ハンバーグやカリカリになるまで焼いた鶏肉のソースにも合いますよ」
「へえ。ニョッキ、って食べたことないわね。どんなお料理? 作るの難しいかしら?」
「うーん、じゃがいもを練り込んだパスタみたいなお料理です。作るのはそんなに難しくはないですよ。うちでは子供たちが手伝ってくれますよ。フォークで模様をつけるのが楽しいみたいで」
「まあ! それは楽しそうね」
「なになに? おかあさん、ニョッキつくるの?」
奥の座敷でお友達への誕生日プレゼントを作っていた真弓と進がニョッキの話題に食いついてきた。
「今作るわけじゃないわよ。大島のおばあちゃまに作り方を教えるの」
「わあい! 大島のおばあちゃま、ニョッキつくるの?」
「ぼく、おてつだいする! おてつだいにいってもいい?」
「あっ、わたしも! わたしもつくりにいきたい!」
「あらあら。じゃあお願いしようかしら。その日はごはんを作るのも食べるのも賑やかになりそうねえ」
レジ横の卓上カレンダーを持ち出しながらゆかりは朗らかに話を進める。
「じゃあ、おばあちゃま。この日はいかがですか? 材料は、トマトジュース以外はこちらで揃えてお持ちします。子供たちと一緒にお昼ごはんにニョッキを作って食べましょう」
「まあ素敵! ぜひお願いするわ」
ひょこりと覗き込んだ梢が口を挟む。
「あら、ゆかり。その日は和樹さんとデートじゃないの?」
「え? ……あっ、そうなるかも」
「んまぁ、相変わらず仲良しさんねぇ。おほほほ」
「大島さん、私が孫とご一緒してもいいかしら?」
「ええ。梢さんなら大歓迎よ。お店はマスターお一人で大丈夫?」
「その日はバイトさん多めなの。だから大丈夫」
「じゃあ、その日にしましょう。真弓ちゃん、進くんもお願いしていいかしら」
「やったー! 大島のおばあちゃまと、にょきにょきにょっきっきー!」
頭の上でてのひらを合わせて上に突き出すポーズでピョンピョン飛び跳ねてはしゃぐ子供たちを見ながら、その場にいた客(のうち、一部世代のおとなたち)は「それってタケノコでは……?」というツッコミを入れるに入れられなかったらしい。
◇ ◇ ◇
「お邪魔しまーす!」
梢、真弓、進の三人は、食材を持ち込みながらもご機嫌だ。
「子供たちがお世話になります。よろしくお願いします」
子供たちの見送りにきた和樹とゆかりはぺこりと頭を下げて、梢の予想通りデートに出かけていった。
「それじゃ行きましょう、ゆかりさん。肩を抱くのと腰を抱くのと手を繋ぐの、どれがいいですか?」
満面の笑みでこう言って、手つなぎデートを勝ち取った和樹は誰よりもご機嫌だった。ふたりの姿が見えなくなってから、大島はぽつりと呟く。
「……梢ちゃん。和樹さんって本当にブレないわね」
「ええ。本当に。あれでもまだマイルドなのが本当にすごいと思うわ」
「まあ! ほほほほほ」
三人は持参した買い物バッグやリュックから、ぽんぽんと食材を取り出す。
じゃがいも、小麦粉、にんにく、パルメザンチーズ。ブロッコリーと生だらの切り身。
進はリュックから、大事そうにバジルを取り出した。
大島も、例のトマトジュースと、戸棚からオリーブ油、塩、粗挽き黒コショウを持ってきた。
「ニョッキを作るぞーっ!」
「おーっ!」
梢の号令でニョッキ作りが始まる。真弓と進はじゃがいもの皮をピーラーで剥き始めた。大島もこちらに参加する。
梢は先に生だらとブロッコリーの下処理をするという。
生だらを一口大に切って塩を振っていく。それから、ブロッコリーを小房に分け芯の皮をむき、薄く切っていく。
「本当は違うんだけど、ニョッキだけだとちょっと栄養が偏るから、ブロッコリーとたらもトマトソースで一緒に食べましょうね」
梢は大島にそう説明すると、にこりとした。
梢が下処理を終えるとじゃがいもの処理はすべて終わっていた。大島と真弓がにこにこと雑談していた。
「真弓ちゃん、じゃがいも切るの大変だったでしょ」
「ううん、だいじょうぶ」
「前に見たときよりも包丁使うの、上手になってるわね」
「えへへ。おかあさんと、たくさんれんしゅうしたの」
「ぼくも、かわむきがんばったよ!」
「そうね、進くんも一緒にがんばったね」
三人の前には、皮をむいて四等分したじゃがいもが、片手鍋に入れられている。
「早い! もう終わってるのね。ではここに、かぶるくらいのお水を入れて火にかけます。真弓ちゃん、お水入れてくれる」
「うん! そーっと、そーっと……できたよ、おばあちゃん」
真弓はいささか慎重すぎるくらいの手つきで、すべてのじゃがいもがつかるくらいの水を入れていく。すっかりやり遂げた顔だ。
「はい、ありがとう。じゃ、火にかけます。煮立ったら弱火で10分くらい煮るの」
「じゃ、別のお鍋でトマトソースを作りますね。進くん、バジルの葉、洗っておいてくれる?」
「はいっ! これね、ぼくがそだててるの」
「あら。じゃあ、とても美味しい、進くんの自信作バジルね」
「うん。とってもおいしいから、たのしみにしてて!」
進はいそいそと流しにバジルを運び、丁寧に洗っている。
「鍋にオリーブ油と潰したにんにく入れて弱火で炒めて、香りを出します」
オリーブ油の色がにんにくに移っていく。にんにくは、ふつふつと泡立つオリーブ油の中で小さな泡を出しながら、食欲をそそる香りをぷわぁっとまき散らしていく。
「そろそろかな。ここに取り出しましたトマトジュース。今日は量を多めにつくるので、ペットボトル1本分、どーんと入れちゃいます!」
とぷとぷと惜しげもなくトマトジュースが注がれる。
「さらに美味しい香りと味を足すため、進くんのバジルが入ります! 進くん、お願い」
「うん。このくらいでいいよね?」
梢が頷くと、ちょっと緊張した面持ちで、踏み台の上に立った進がバジルをパラパラと加えていく。踏み台をさっと降りた進がよいしょと踏み台をどけると、バトンタッチで鍋の前に立った梢はさっとひと混ぜ。
「あとはだいたい二十分くらいかしら。たまに焦げ付いてないか確認するけど、このまま半分になるまで煮詰めます。最後に塩コショウで味を調えたらトマトソースは完成!」
「え? それで終わりなの? すごく簡単ね」
「うふふ、私も最初にゆかりに教わったとき、ビックリしたわ。夏ならフレッシュトマトを入れてもいいし、いろいろアレンジしやすいのよ」
「今のうちに粉をふるっておきましょう……と言いたいところだけど、ここは手間抜き技で、泡立て器を使います」
「あらま」
「ボウルに入れた粉を泡立て器でぐるぐるーって混ぜると、ふるったみたいになるのよ。粉をふるうのもふるいを洗うのも大変だからね」
「あ、それならちょっと気楽ね」
「でしょう?」
子供たちが楽しそうに、少々やりすぎなほどぐるぐるしている。
「そろそろかな。うん、じゃがいもに火が通った。進くん、真弓ちゃん、がんばってね」
「はいっ!」
マッシャーを片手にやる気MAXなふたりの声が揃う。
大きなボウルにあけたじゃがいもをドンとふたりの前に置くと、すかさずマッシャーでじゃがいもを潰し始めた。
「大島のおばあちゃま、そのバターここに入れたらボウルおさえて」
「よしきた!」
分量のバターをぽいとじゃがいもの中に放り込んで、ボウルを押さえる。こどもたちだけでは力が足りず安定しなかったボウルがしっかりと固定された。
「お願いしますね。私は今のうちにブロッコリーを茹でておきます」
梢はじゃがいもがどいた湯の中にブロッコリーを入れ、ゆがき始める。それから、生だらの水けをキッチンペーパーでふき取り、耐熱皿に並べてラップし、電子レンジで加熱を始めた。
「あら、電子レンジでたらの料理をするの?」
「ええ。フライパンで焼くのと違って身がくずれる心配がないから便利よ」
じゃがいもを潰し終わると、先ほどの粉と塩少々を入れて、こねる。粉っぽさがなくなるまで、しっかりとこねる。四等分して、直径二センチの棒状にする。
「これを、フォークで切って、形を整えて、フォークの歯でこうやって模様をつけるの。終わったらゆでますからね」
わいわいとニョッキを作っていく。大島は、楽しそうに作る子供たちに「どうかしら?」と相談しながら。梢は自分の分をさっさと終えると、ブロッコリーを引き上げ電子レンジのたらの仕上げをじていた。
大島は、ふと気になって聞いてみる。
「そういえば、今日って、和樹さんのお誕生日とかなのかしら? ゆかりちゃんの誕生日でもないし、結婚記念日とかでもないわよね?」
「ううん、違うの。そういうのじゃないのよ。一月三十一日ってね、『愛妻の日』なんですって。だから和樹さんが毎年とーっても張り切っててね。あの手この手でゆかりをデートに誘って、たくさん甘やかす日なのよ」
だから今日はゆかりは最初から喫茶いしかわの戦力に数えられていなかったのだと内緒話を打ち明けるかのように、梢が楽しそうに言うと、大島は感心しきりだ。
「へえ、『愛妻の日』だなんて。和樹さんのためにあるような記念日ね。……あら、じゃああなたたちは?」
「私は、1週間くらい前の『主婦休みの日』を満喫させてもらってるのよ。だから今日は、とっても優秀で情のい婿殿にお譲りしてるの。おかげで何もしなくても姑の私の株も上がるってわけ。くすくすくす」
「なるほどねえ。ふふふっ」
できあがったニョッキを茹で、スープ皿に盛り付け、ブロッコリーとたらも同様に盛り付ける。塩コショウで味を調えたトマトソースをたっぷりとかけ、仕上げに各自でパルメザンチーズをふりかける。
「できたーっ! ばんざーい! かんせーい! ねえ、早く食べよっ!」
両手を上げて完成を喜ぶ子供たちは、そそくさとニョッキを食卓に運ぶ。
もちもちしたニョッキの感想を言い合ったあとは、トマトソースの使い道をああでもないこうでもないとみんなで相談する。
いつもと違ってにぎやかな台所と食卓が、ちょっと嬉しい大島だった。