徒然とはいかない喫茶いしかわの日常
珍しく和樹からおねだりされて作ったお弁当、というかおにぎりは気に入ってくれただろうか。誰よりも和樹の好みを知っているつもりではあるけれど、帰宅したときの反応が楽しみだ。
本日のシフトもゆかりはランチタイムのみの出勤となっている。
今日はこどもたちも一緒に出勤する。背負ったリュックサックの中には夏休みの宿題と、おじいちゃんとおばあちゃんに食べてほしいと一生懸命つくったおにぎりが詰まっていた。
「お父さんには“だいすき”ってかいたけど、おじいちゃんとおばあちゃんにも“いつもありがとう”っておてがみにしたの。よろこんでくれるかなぁ」
「ふふっ、きっと大喜びよ。渡すの楽しみだね」
シフト三十分前に店に着いたゆかりは、水分補給しながら来店していたママ友と同じテーブルで情報交換する。その中に夏野菜の鈴木さんもいたので、改めてお礼を伝える。
「鈴木さん。お野菜あんなにたくさん、ありがとうございました。とっても美味しくいただいてます」
「あら良かった。美味しく食べてもらえたなら家庭菜園やった甲斐があったわね」
「ええ。帰ったら主人特製の夏野菜御膳が私を待ってくれていたんです。本当に美味しかった。作ってもらったからなおさらかもしれません。その後、主人や子供たちも手伝ってくれて、いろいろ作りましたよ。でも全部使おうとすると冷蔵庫も冷凍庫もパンパンで入りきらないので……ラタトゥイユ作りだけは今日に持ち越しです」
「わあ、さすがですね。ご主人、ゆかりさんに尽くすの好きそうですものね。釣った魚に大量の餌を与えるタイプというか」
「うーん……餌をやらないタイプではないですけれど、以前はとんちんかんな餌ばっかり与えてたタイプでしたし、なんなら本来はたくさん餌を与えて三枚におろして食べちゃうタイプかなぁとも思いますね」
素でそんなことを言うゆかりへの反応に困ったママ友たちは互いに愛想笑いを浮かべる。それはきっとゆかり限定で見せる態度だというのが和樹を見ていればわかるからだ。そう、ゆかり以外は気付いている。
「ま、まあ、ゆかりさんが幸せそうでよかったわよ、ね!」
「え、ええ。そうね。よかったわね」
「……?」
ほほほほほ、と笑いながら話をムリヤリまとめようとするママ友たちにこてりと首を傾げてから、まあいいかとにっこり微笑んで「それじゃ」と別れたゆかりは、シフトの準備に入った。
制服がわりのエプロンを着けたゆかりがカウンターに入ると、開店からせわしなく働いていたマスターと梢が休憩に入ることになった。ゆかりは賄いを作ろうとする梢を止める。
「あ、賄いはそこにできてる豚汁だけにしたほうがいいかも。子供たちがね、おじいちゃんとおばあちゃんに食べてもらいたいっておにぎり作ってたから」
「おや」
「あらま」
「それじゃ、ご相伴に与りますか」
マスターたちは座敷で宿題の絵日記を書いている孫たちのほうを見てから顔を見合わせ、にこりとして一つ頷くと、真弓と進の力作おにぎりを食べにいった。
包みに書かれた孫からのメッセージに気付いたふたりは大喜びで「ありがとう」とそれぞれ孫たちをぎゅうっと抱きしめた。真弓と進も「大好き!」と、ぎゅうっと抱きしめ返した。ゆかりはランチの下拵えを進めながらそれを視界に入れてほっこりしていた。
近年のゆかりのシフトはランチタイムから開始になることが多い。それは子供たちのこともあるが、常連客のリクエストに応えるためでもある。
「豚汁は梢さんのが一番美味いと思うんだけど、ナポリタンはゆかりちゃんのが絶品なんだよなぁ」
こういうご意見が多すぎる結果、ランチに出やすいナポリタンをゆかりに作ってもらうためのシフトが組まれるのだ。
余談だが、いわゆるスイーツ類は「ただの実家の家事手伝いです」と言う和樹が手伝ってくれる日はなぜか普段のほぼ倍の数が出る。石川家で最もスイーツ作りが得意なのが和樹だというのは客にも伝わっているらしい。元々さほど甘い物を食べるほうではなかったが、ゆかりをゲットする最短ルートが胃袋、それもスイーツだと思ったら、作るほうに力を入れるようになった結果らしい。「美~味し~い!」ととろける笑顔と「和樹さんすごい!」というキラキラした目を向けてもらえるのだと思ったら、どうしても張り切らずにはいられなかった……と新婚時代の和樹がマスター夫妻に白状している。生暖かい目を向けられたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
シフトを終えたゆかりは、帰りに子供たちと連れ立ってスーパーに寄り、オリーブ油とにんにく、太めのスパゲティ、子供たちが欲しがったオマケつきのお菓子をひとつ購入し、お手伝いをしたがった子供たちのリュックサックに分けて詰めた。それから、商店街で肉を購入する。鶏もも肉も捨てがたかったが鶏むね肉を選び、大きめのもの二枚と小さめのもの一枚を購入した。
「おうち、ただいまーっ!」
「はい、真弓ちゃんも進くんもおかえりなさい」
「お母さんもおかえりなさい」
そんな言葉とともに帰宅した子供たちとぎゅっとハグを交わす。荷物を置いた子供たちは洗面所へ直行した。ゆかりはキッチンで手を洗い、鶏肉を冷蔵庫にしまう。
子供たちはリュックから買ってきたものを取り出してダイニングにおいていく。
「ふたりとも、ありがとね。お母さん助かっちゃった」
「えへへへ」
ゆかりは二人に小さめのコップに入れたスポーツドリンクを渡す。まだまだ暑い中を歩いてきたのだ。水分は取らねばならないが与えすぎもよくない。考えた結果が幼児の頃から使っているわんタンのコップに一杯の水分補給だ。これなら飲みすぎることもない。
「お母さん、おせんたく外に干しっぱなしだよね」
「あ、そうだった」
「ぼく、おてつだいする!」
「わたしも! 高いところは取ってもらわないとダメだけど、たたむのはできるよ」
「わあ、進くんも真弓ちゃんもありがとう。一緒にできて嬉しいな」
ゆかりが取り込み、真弓と進は二人がかりで洗濯バサミをはずしていったり、ハンガーにかかったワイシャツなどをラックにかけていったりした。
「おかあさんは、おゆうはんのしたくあるでしょ? あとはぼくたちがやるよ」
「うん。アイロンはできないけど、たたむのがんばるよ」
「ありがとう。じゃ、お願いね」
靴下やタオル、下着類は進が畳んだ。Tシャツは真弓が、だいぶ慣れたとはいえ悪戦苦闘しながら畳んでいる。
ハンカチや食器用の布巾は進が簡単に畳んでアイロンの横に置いてくれた。