余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
キト・ラウが死んだ。
ガルド・ロークが死んだ。
は、五人から三人になった。
普通なら、崩れる。
斥候を失い、盾役を失った。
帰路を読む目と、前線を支える壁を失った。
普通のパーティなら、そこで叫ぶ。
怒る。
混乱する。
死体を取り戻そうとして、さらに死ぬ。
だが。
Aランクは、そこで終わらなかった。
「セリア」
ユーファ・ベルが、魔導板を握り直した。
顔は青い。
声も震えている。
だが、術式は乱れていない。
「キトの記録、半分は読まれた。ガルドの防御癖も読まれた。ここから先、過去の記録は罠になる」
「分かった」
セリア・リンドは短く答えた。
双剣を下ろさない。
怒りで踏み込まない。
マルク・セーヴァのは、まだ白く光っている。
彼はガルドの沈んだ泥を見た。
キトの血が染みた床を見た。
そして、祈らなかった。
代わりに、鎖を一度だけ鳴らした。
「撤退ではなく、再計量します」
「再計量?」
ユーファが横目で見る。
「この迷宮は、こちらが退くと読んでいる。なら、退路を固定する前に、戦場の値を変えます」
セリアが頷いた。
「、」
三人の立ち位置が変わった。
セリアが前。
ユーファが左後方。
マルクが右後方。
単純な三角形ではない。
どこを攻めても、残り二人が支える角度。
逃げるためではなく、壊すための陣形。
余は白い部屋で、思わず低く呟いた。
「……ここからが本番か」
《Aランクパーティ、戦術形態を変更》
「分かっている。油断するな」
《はい》
フィルエの声がから届いた。
「ロード」
「何だ」
「私、出る」
「まだ傷が」
「塞がった」
「痛むだろう」
「痛む。でも、あの聖鎖師は放っておけない」
マルクの鎖は、さっきから迷宮の奥を探っていた。
帰路だけではない。
契約線。
命脈契約。
フィルエと余を繋ぐ線。
そして、さらに奥、へ沈めた古血の契約。
まだ見えてはいない。
だが、探ろうとしている。
それは、絶対に許せない。
「出ろ。ただし、前に出すぎるな」
「うん」
「無茶は」
「少しだけ」
「するなと言っている!」
返事の代わりに、森灰観測室の扉が開いた。
フィルエが白磁床へ足を下ろす。
肩から背にかけて、灰色のが淡く光る。
彼女の周囲に、森灰の細い線が広がった。
それは糸ではない。
根でもない。
マナの流れを見て、そこへ灰を置き、迷宮の呼吸をずらす観測網。
《森灰観測網、戦闘展開》
管理音声が告げた。
フィルエの瞳が細くなる。
「マルクの鎖、見えてる」
「止められるか」
「止めるんじゃない。別のものを測らせる」
フィルエが指を動かす。
浅層から中層へ向かう白磁壁の一部に、偽の契約線が走った。
ただの魔力ではない。
本物の命脈契約に似せた、偽の脈。
マルクの聖鎖が、一瞬そちらへ引かれる。
「偽装」
マルクがすぐに気づいた。
「ですが、精巧です。迷宮内に観測者がいます」
ユーファの目が輝いた。
「やっぱり! 迷宮そのものじゃない。別の知性がいる」
「余計なことに気づくな!」
余は思わず叫んだ。
もちろん、人間どもに声は届かない。
届かせない。
フィルエは静かに言った。
「ユーファも危ない。あの人、宝箱を見すぎる」
「次はユーファだ」
「うん。私も手伝う」
◇
の奥に、が開いた。
そこは、まだ正式運用していない部屋だった。
白磁庭園から奪った白い回廊を、宝物室に見せかけた偽の財殿。
床は白い。
壁も白い。
奥に宝箱が一つ。
その周囲に、白磁花が静かに咲いている。
あまりにも綺麗だ。
だから罠だと分かる。
だが、罠だと分かっても、見なければならない者がいる。
魔導鑑定士、ユーファ・ベル。
「行くな」
セリアが言った。
「見るだけ」
「その“見るだけ”で死ぬ迷宮だ」
「分かってる」
ユーファは魔導板を二枚重ねた。
一枚は鑑定用。
もう一枚は反射防止用。
さらに、自分の片目に青い薄膜をかける。
「魔導鑑定・」
彼女の目に、青白い秤の紋が浮かんだ。
部屋の中の価値が、線として見える。
白磁床。
灰霧残滓。
宝箱。
花粉。
隠れた影糸。
戻り水。
偽の高価値反応。
ユーファは、それらを一つずつ切り分けていく。
「見せかけの宝物室。箱の価値は中程度。周囲の白磁花は罠。床の一部が戻り水で濡れてる。影糸は天井じゃなく床の反射。……でも」
彼女は笑った。
「宝箱そのものは、本物」
余は舌打ちした。
「見抜きすぎだ」
《高精度鑑定術式です》
「なら、見返す」
《正式宝箱機能、鑑定返しは未完成です》
「完成させるために使う」
《危険です》
「ユーファを帰す方が危険だ」
宝箱の紋が光った。
だが、ユーファは引かない。
むしろ魔導板を前へ出す。
「来る。鑑定返し」
彼女は待っていた。
宝箱が鑑定を返す、その瞬間を。
「魔導式・」
ユーファの魔導板から、青い薄刃が走る。
それは攻撃魔法ではない。
宝箱に付与された迷宮価値を、一枚ずつ剥がす術式だった。
白磁外殻の価値。
中身の価値。
罠の価値。
記録の価値。
そして、所有印の価値。
剥がされる。
見られる。
切り分けられる。
《正式宝箱一基、機能低下》
「やらせるか!」
余は白磁花を開かせた。
白い花粉が舞う。
だが、ユーファは小瓶を投げた。
「灰霧封じ、応用」
小瓶が割れる。
灰色の薄膜が広がり、白磁花粉を包む。
花粉が空中で固まり、落ちた。
「こいつ、こちらの宝を使っているぞ!」
《以前流通した灰霧封じの小瓶に近い構造です》
「人間に使わせるための宝だが、迷宮内で使われると腹が立つな!」
セリアが前へ出る。
「ユーファ、あとどれくらい」
「十秒」
「五秒で済ませろ」
「無茶言う!」
ガルドはいない。
キトもいない。
それでも、セリアは前衛を一人で受け持った。
双剣が白磁床を叩く。
「暁秤剣・」
セリアの剣が、床に走る罠線を斬った。
戻り水の流れが一瞬止まる。
影糸が断たれる。
白磁花の根が切られる。
ただの剣技ではない。
罠線を読んで切る技。
Aランクの技だ。
「強いな」
《はい》
「だが、前に出たな」
フィルエが動いた。
森灰観測網が、セリアの足元ではなく、ユーファの鑑定線へ絡む。
鑑定とは、見ること。
見るためには、対象と自分を結ぶ線がある。
フィルエはその線を見ていた。
「そこ」
フィルエの指が、軽く曲がる。
ユーファの魔導板に、存在しない価値が映った。
白磁花の奥。
宝箱の下。
そこに、ありもしない高価値核。
ユーファの目が一瞬だけ動く。
「何かある」
セリアが叫ぶ。
「見るな!」
しかし、鑑定士は見てしまう。
価値があると見えたものを、見ずにはいられない。
ユーファは、ほんの一瞬だけ深く覗いた。
その瞬間、宝箱が見返した。
《鑑定返し、成立》
宝箱の紋が、青白く反転した。
ユーファの逆秤眼に、偽の価値ではない、迷宮そのものの欲が流れ込む。
白磁庭園を喰った記録。
銀刻の五人を喰った記録。
白灰匣の噂。
白銀磁片の値札。
人間どもが宝を見た時の目。
それらが一気に、鑑定士の目へ流れた。
「っ、あああああ!」
ユーファが片目を押さえる。
魔導板が割れる。
だが、彼女は倒れない。
「まだ!」
血を流しながら、彼女は術式を組み直した。
「魔導式・!」
宝箱の価値を爆ぜさせる魔法。
宝箱そのものを破壊し、その価値分の衝撃を周囲へ放つ術式。
まずい。
宝箱を爆弾にされた。
「フィルエ!」
「押さえる!」
フィルエの森灰網が宝箱を包む。
だが、ユーファの術式は強い。
正式宝箱の価値が膨れ上がる。
中身。
罠。
外殻。
所有印。
全部が爆発の価値に変わる。
「白磁床を沈めろ!」
《戻り水、展開》
宝箱の下に戻り水が走った。
価値の爆発を、床下へ落とす。
白磁床が割れる。
灰霧が噴く。
白磁花が吹き飛ぶ。
宝箱が砕けた。
《正式宝箱一基、破壊》
《白磁偽財殿、損傷率31%》
「高いぞ、被害が!」
《Aランク魔導鑑定士による術式です》
「分かっている!」
だが、ユーファも無傷ではなかった。
鑑定返しを受け、等価爆砕を強行した反動で、右目が完全に濁っている。
セリアが彼女を引こうとする。
「ユーファ、下がれ!」
「無理。もう見た」
ユーファは笑った。
血まみれで。
「この迷宮、宝を見せてるんじゃない。宝を見る目を育ててる」
余は少し黙った。
「……本当に見すぎる女だ」
ユーファは割れた魔導板の欠片を握った。
「セリア、帰ったら言って。宝箱は触るな。鑑定も深くするな。あれは、見てくる」
「自分で言え」
「無理かな」
フィルエの森灰網が、ユーファの足元へ伸びる。
セリアがそれを斬る。
だが、斬った場所から灰が舞い、ユーファの視界を白くする。
マルクが浄化鎖を投げた。
「聖鎖・視界結び」
鎖がユーファの目元へ伸び、灰を払う。
だが、宝箱の砕けた紋が、その鎖に絡んだ。
鑑定返しは、まだ終わっていない。
ユーファが見た価値が、彼女自身に残っている。
そこへ、白磁花粉が流れ込む。
今度は目ではない。
彼女の魔導回路へ。
「ユーファ!」
セリアが踏み込む。
間に合わない。
ユーファの胸元で、割れた魔導板が光った。
価値を量る板。
それが、霧灰白庭迷宮の宝箱に見返され、逆に量られた。
そして、過負荷で砕けた。
破片が彼女の胸を内側から裂いた。
《Aランク魔導鑑定士:ユーファ・ベル、討伐》
《獲得ソウル:1,360》
《取得:魔導鑑定核、錬金術式の残滓、鑑定眼の記憶片、宝物価値測定板》
白い部屋に表示が浮かぶ。
1,360。
三人目。
ユーファを喰った。
同時に、床に新しい通知が走る。
《迷宮宝物庫機能、追加特性を取得》
《新特性:鑑定返し》
《効果:宝箱、報酬品、灰白採取物に対する鑑定術式へ、偽価値、過剰価値、罠情報の一部偽装を返すことが可能になります》
「よし」
余は低く言った。
代償は宝箱一基と、白磁偽財殿の損傷31%。
安くはない。
だが、鑑定士を喰い、宝物庫機能が進んだ。
十分だ。
セリアはユーファの死体を見た。
マルクも見た。
二人だけになった暁秤。
だが、まだ崩れない。
セリアの双剣が、静かに下がる。
マルクの聖鎖が、白く強く光る。
「撤退する」
セリアが言った。
「できるならな」
マルクが答える。
その声には、祈りではなく怒りがあった。
聖鎖が、迷宮の床に深く刺さる。
「聖鎖・」
白い鎖が、入口方向へ伸びた。
今までで一番強い帰路固定。
帰路喰らいの落武者の影が、白い部屋の奥で反応する。
刃が鳴った。
余は笑った。
「次はマルクだ」
フィルエが静かに頷く。
「私も行く」
「無理は」
「しない。でも、あの鎖は、私がずらす」
残る暁秤は二人。
セリア・リンド。
マルク・セーヴァ。
Aランクの隊長と、聖鎖師。
帰ろうとする二人。
ならば、ここからが帰路喰らいの時間だ。
「行くぞ」
余は白い部屋で命じた。
「帰り道を、喰え