余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
白い部屋に、黒い紙が落ちた。
一枚ではない。
何枚も。
ぱさり。
ぱさり。
ぱさり。
戦後処理の最中に、それは容赦なく降ってきた。
「……今か」
《ダンジョン新聞、号外です》
「見れば分かる」
《購読対象です》
「購読した覚えはないと、何度言えば分かる」
《配達されます》
「くそ」
余は、床に落ちた黒い紙を拾った。
白い部屋の壁面には、まだ損耗一覧が浮かんでいる。
浅層霧構造の補修。
戻り水湿地の濾過。
の仮支柱。
の再封鎖。
の大修復。
グズの泥核補強。
の骨整理。
影軍縫いカゲヌイの影針再生成。
ハイハネの休息。
の安定化。
やることは山ほどある。
その上で、新聞だ。
忙しい時ほど、余の迷宮には面倒なものが落ちてくる。
だが、読むしかない。
紙面の一面には、大きな文字があった。
⸻
《号外》
《霧灰白庭迷宮、十万規模の魔物軍勢を呑む》
王都方面へ進行していた大規模スタンピードが、人間側の誘導により霧灰白庭迷宮へ流入。
同迷宮は浅層、中層、宝物庫、残響隔離区画、深部防衛を総動員し、軍勢の大部分を殲滅。
特筆事項:
・戦闘中に複数配下が進化
・十万規模の魔物軍勢を迷宮内で処理
・未成熟Sランク魔物《魔神ゴブリン・ガルザヴェイン》との契約反応を確認
・霧灰白庭迷宮の危険度、再評価必至
編集部評:
「王都を救うために流された災厄は、迷宮の糧になった」
⸻
「糧、か」
余は笑った。
「いい表現だ」
《適切です》
「だが、契約反応まで書くな」
《ダンジョン新聞側には観測されています》
「余は隠したいのだが?」
《ロード社会では秘匿困難な可能性があります》
「人間側に漏れなければよい」
人間どもが知っているのは、せいぜい灰白庭へ魔物を押し込んだこと。
魔物反応が大規模に消えたこと。
迷宮魔力が異常上昇したこと。
ガルザヴェインの反応が追えなくなったこと。
その程度だろう。
まさか、魔神ゴブリンが余の契約存在になったとは思うまい。
思わせるな。
絶対に思わせるな。
「管理音声。外部へ漏れる魔神反応をさらに沈めろ」
《魔神練兵窟の遮断を強化します》
「人間側には、ガルザヴェインは迷宮内で死亡、あるいは深部で行方不明と見せろ」
《偽装します》
「死亡と断定させるな。断定されると死体確認に来る」
《では、行方不明を主に偽装します》
「そうだ。恐れさせろ。だが、探しに来たくなるほど確証は与えるな」
《承知しました》
余は新聞をめくった。
次の面には、戦闘中進化の一覧が載っていた。
⸻
《戦闘中進化記録》
《灰霧追導蛾ハイハネ》
霧喰い大蛾から進化。
軍勢規模の飛行種撹乱、追跡粉誘導、霧層制御に適性。
《湿骨軍列》
湿骨兵群が部隊単位で進化。
戦場死体を用いた補修、槍列形成、死体運搬に特化。
《泥塞大門将グズ》
泥塞門将より進化。
軍勢規模の進路封鎖、遠隔小型泥門の多重形成が可能。
《影軍縫いカゲヌイ》
影縫い罠師より進化。
個体ではなく、群れの影、軍勢の流れそのものを縫う。
《軍帰路喰らいの落武者》
帰路喰らいの落武者より進化。
個人の帰路ではなく、集団の退路、進軍路、撤退方向を喰う。
⸻
「改めて見ると、よく進化したな」
《大量戦闘による経験蓄積が要因です》
「十万は伊達ではないか」
《はい》
白骨書記が横でかたかたと顎を鳴らした。
そして、戦争台帳の隣に新しい骨板を置く。
⸻
戦闘中進化は、今後の迷宮運営体系を変える。
⸻
「白骨書記がそれらしいことを書いている」
《実際に重要です》
「分かっている」
ハイハネが霧を導けるようになったことで、空と外部追跡の精度は上がる。
湿骨軍列は、死体処理と湿地防衛の要になる。
グズは、もはや単なる門番ではない。
軍勢の進路を切る大門だ。
カゲヌイは、群れを縫える。
軍帰路喰らいは、逃げる軍勢を迷わせる。
これらは、今後の迷宮防衛の骨格になる。
そして、そこに魔神ゴブリン・ガルザヴェインが加わった。
強敵迎撃。
ゴブリン系育成監督。
深部戦闘存在。
厄介だが、強い。
非常に強い。
◇
新聞の次の欄には、ロード反応が並んでいた。
いつもより、明らかに長い。
⸻
《ロード反応欄》
《井守》
十万の軍勢を喰ったか。
まず、生き残ったことを祝う。
次に、浮かれるなと言う。
十万は餌だ。
だが、十万を喰った腹は、外から見ても膨らむ。
人間も、ロードも、上位の何かも、お前を見る。
強くなった時ほど、入口を小さくしろ。
腹を見せるな。
⸻
余は、しばらく井守の欄を見ていた。
「腹を見せるな、か」
《適切な助言です》
「相変わらず古参らしいことを言う」
井守はCランクだ。
今の余より、ランクだけ見れば下だ。
だが、あのロードは生き残っている。
長く。
それだけで、言葉に重みがある。
余は次の欄を読んだ。
⸻
《黒泥胎窟》
十万の魔物は泥にすればよい。
だが、泥は重い。
重い泥を抱えすぎると、自分の腹が沈む。
死体を沈めろ。
ソウルを使え。
腐った魔力を残すな。
⸻
「耳が痛いな」
《戻り水湿地、死体処理負荷が高い状態です》
「分かっている。後で強化する」
⸻
《逆骨廟》
魔神ゴブリンを契約存在にした?
骨が震えた。
羨ましさではない。
恐怖だ。
強い味方は、強い問題でもある。
魔神を抱えるなら、魔神を閉じる骨も育てろ。
⸻
「皆、似たようなことを言うな」
《危険性が明白なためです》
「分かっている」
分かっている。
ガルザヴェインは力だ。
同時に、問題だ。
戦いたがる。
強いものに反応する。
夜棺白庭のヴェルグレイヴに興味を示す。
ゴブリンを強制的に引き上げる危険がある。
契約で縛っているが、扱いを誤れば、内側から迷宮を壊しかねない。
だから、魔神練兵窟を作った。
だが、それだけでは足りない。
魔神を閉じる骨。
逆骨廟の言葉は、少し考える価値がある。
次の欄へ目を移す。
⸻
《鏡霧劇場》
十万の軍勢を喰った迷宮は、十万の噂も喰う。
人間は言うだろう。
灰白庭が魔物を消した。
灰白庭は王都を救った。
灰白庭は怪物だ。
灰白庭には、まだ魔神がいるかもしれない。
噂は鏡だ。
見せたい姿だけ映せ。
見せたくないものは、別の恐怖で曇らせろ。
⸻
「これは使える」
《外部情報偽装方針に関係します》
「灰白庭が救った、と思わせるのは嫌だな」
《人間側がそう解釈する可能性があります》
「救ってなどいない。押し付けられたから喰っただけだ」
《ですが、結果として王都は救われています》
「腹立たしい」
人間どもが、余の迷宮を盾にした。
それで生き延びた。
今後、感謝する者もいるかもしれない。
恐れる者もいるだろう。
討伐すべきだと言う者もいる。
宝が増えたと考える愚か者もいる。
情報をどう見せるかは、重要だ。
余は、救った迷宮などと呼ばれたくはない。
だが、恐怖だけでは人は避ける。
宝と恐怖の両方がいる。
今回は、さらに新しい要素が加わった。
王都を救ったかもしれない怪物。
その噂は、人間をどう動かすか。
扱いを間違えれば、聖教会や勇者まで呼ぶ。
慎重にしなければならない。
次の欄には、竜喉火山の名があった。
⸻
《竜喉火山》
十万を喰ったなら、次は十万を喰った迷宮として扱われる。
Aランクのまま、Aランクの顔をするな。
お前の腹は、すでに上の匂いを出し始めている。
隠せ。
鍛えろ。
そして、火口を深くしろ。
⸻
「上の匂い、か」
《Aランク上位、またはSランク候補として見られる可能性があります》
「早すぎる」
《十万規模の魔物軍勢を処理した事実は大きいです》
「人間側には処理規模を曖昧にする」
《実施中です》
「ロード側には隠せないか」
《困難です》
ダンジョン新聞がここまで書いている時点で、ロード側には知られる。
なら、そちらは仕方ない。
問題は人間だ。
◇
《報告》
「何だ」
《外部観測班が追加報告を送信しました》
「人間側か」
《はい》
「内容を拾えるか」
《一部、経由で断片取得》
「出せ」
白い部屋の床に、人間側の報告断片が浮かぶ。
⸻
灰白庭外縁観測報告:
・魔物軍勢の大部分が内部へ流入
・内部で魔物反応が大規模消失
・Sランク反応、追跡不能
・迷宮魔力、異常上昇
・白灰霧、戦闘前より濃化
・接近非推奨
・内部状況、不明
備考:
灰白庭は、スタンピードを呑んだ可能性あり。
⸻
「よし。契約のことは出ていない」
《現時点では確認されていません》
「ガルザヴェインの反応は」
《深部へ沈めています。外部からは追跡不能》
「死亡に見えるか」
《死亡、捕食、深部封印、いずれにも解釈可能な状態です》
「そのままでいい。断定させるな」
《承知しました》
人間側が最も恐れるのは、不明だ。
死んだのか。
生きているのか。
迷宮に喰われたのか。
まだ奥にいるのか。
分からない。
分からないなら、迂闊に入れない。
その一方で、宝や素材を期待する者は出る。
十万の魔物の素材。
ガルザヴェイン由来の何か。
魔物軍勢が消えた迷宮の新しい報酬。
そう考える馬鹿は必ずいる。
つまり、また冒険者は来る。
だが、すぐに大量に来られると困る。
今は修復と整理が先だ。
「管理音声。外縁の宝反応を一時的に抑えろ」
《報酬構造を弱めますか》
「完全に消すな。消せば、逆に何か隠していると思われる。浅層採取物を少量だけ残す。正式宝箱は一時停止」
《承知しました》
「白銀磁片は出すな。魔神由来素材も絶対に出すな」
《厳禁設定》
「ガルザヴェインの血は」
《現在、魔神練兵窟で回収中》
「一滴も外へ出すな」
《承知しました》
白骨書記が、すぐに新しい項目を書く。
⸻
外部流出禁止:
魔神血
魔神毛髪
魔神爪片
魔神性を帯びたゴブリン骨
ガルザヴェインの銅鐘片
魔神練兵窟由来泥
強化ゴブリン近衛の核片
⸻
「細かいな」
《白骨書記の判断は適切です》
「銅鐘はどうした」
《ガルザヴェインが保持しています》
そうだ。
腰に吊るしていた銅鐘。
リムナ村から奪った人間の鐘。
今はガルザヴェインの所持品だ。
「回収するか?」
フィルエが言った。
「した方がいい気もする。あれで軍勢を動かしてた」
「だが、取り上げると暴れそうだ」
「うん。たぶん暴れる」
「面倒だな」
《契約存在の装備として登録することを推奨》
「登録しろ。名称は?」
《既存名称なし》
余は少し考えた。
村の警鐘だったもの。
魔物の軍勢を進ませる鐘になったもの。
今後は、ガルザヴェインの練兵や出撃の合図に使われるかもしれない。
「」
《魔神進軍鐘、登録》
ガルザヴェインの区画で、銅鐘がごん、と小さく鳴った。
本人が聞いていたのかもしれない。
「勝手に鳴らすな」
「ゴン」
「返事のつもりか?」
「ゴン」
「……まあいい」
◇
次に、余は魔神練兵窟を見た。
ガルザヴェインは回復槽に浸かったまま、目を開けていた。
眠らない。
休まない。
ただ、傷を塞がれながら、天井を見ている。
いや、天井ではない。
もっと先を見ている。
強い敵の幻影でも見ているのだろう。
その周囲には、数体のゴブリンがいた。
霧灰白庭迷宮の元からのゴブリンだ。
そして、スタンピード軍勢から生き残り、契約成立後に降伏状態になったゴブリンも少数いる。
彼らは、ガルザヴェインに近づきたそうにしていた。
だが、湿骨軍列が槍を並べ、近づけないようにしている。
「ガルザヴェイン」
「ロード」
「周囲のゴブリンを勝手に進化させるな」
「シナイ」
「本当にか?」
「ケイヤク」
「そうだ。契約だ」
ガルザヴェインは、少しだけ不満そうに鼻を鳴らした。
「ヨワイ、ツヨクスル」
「強くするのはいい。だが、壊すな」
「コワス?」
「お前の近衛は死んだだろう」
ガルザヴェインの目が、少し細くなる。
「ヨワイ」
「違う。器がなかった」
「ウツワ」
「この魔神練兵窟がお前の器だ。ここでなら、余の許可のもとでゴブリンを鍛えられる。ただし、役割を与える。門、斥候、罠、戦闘、運搬、何かを持たせる」
ガルザヴェインは、しばらく考えていた。
考えるようになっただけでも大きい。
「ヤクワリ、アル、ツヨイ」
「そうだ」
「ヤクワリ、ナイ、シヌ」
「そうだ」
ガルザヴェインは、回復槽の泥の中で頷いた。
「ワカッタ」
分かったか。
本当に分かったか。
怪しい。
だが、少しずつだ。
未成熟の魔神は、今、迷宮の中で別の成長を始めている。
「白骨書記」
余が呼ぶと、白骨書記がすぐに新しい骨板を出した。
「ゴブリン育成台帳を作れ」
白骨書記が、待っていましたと言わんばかりに骨筆を走らせる。
⸻
ゴブリン育成台帳:
分類予定:
一、泥門補助ゴブリン
二、霧走りゴブリン
三、影罠補助ゴブリン
四、宝箱運搬ゴブリン
五、戦闘訓練ゴブリン
六、魔神練兵窟候補生
禁止事項:
無許可進化
卵食害
宝箱食害
残響核隔離室への接近
夜棺白庭方面への接近
魔神血への接触
⸻
「素晴らしい。だが、宝箱食害がまたあるな」
《必要です》
「否定できん」
ガルザヴェインが、その文字を見て首を傾げる。
「タベモノ?」
「違う」
「ハコ?」
「宝箱だ。食うな」
「タベナイ」
「お前はな。問題は他のゴブリンだ」
ガルザヴェインは、少しだけ周囲のゴブリンを見た。
ゴブリンたちは、びくりと震える。
「ハコ、クウナ」
ガルザヴェインが言った。
周囲のゴブリンたちが、一斉に地面に伏せた。
「ギギ!」
「ギ!」
「ギィ!」
余は黙った。
「……管理音声」
《はい》
「今の、ものすごく効いたな」
《ゴブリン系統への命令浸透率、極めて高》
「これだけで、契約した価値があるかもしれん」
《宝箱食害抑制に有効です》
白骨書記が、すぐに大きく書いた。
⸻
魔神ゴブリン命令:
宝箱食害抑制に有効。
⸻
「今日一番の朗報かもしれん」
フィルエが笑った。
「ロード、嬉しそう」
「嬉しいに決まっているだろう。長年の悩みだぞ」
「長年ってほど長くないよ」
「体感では長い」
◇
号外の最後には、短い欄があった。
他のロードたちの反応ではない。
編集部からの追記だ。
⸻
《編集部追記》
人間側は、今回の事態を正確には把握していない。
彼らが知るのは、以下の程度である。
・灰白庭方面へ魔物軍勢が流入した
・魔物反応が大規模に消失した
・迷宮魔力が異常上昇した
・魔神ゴブリンの反応が追跡不能になった
彼らはまだ知らない。
災厄が死んだのか。
喰われたのか。
封じられたのか。
あるいは、迷宮の一部になったのか。
この不明こそ、次の噂を育てる。
⸻
「余の考えと近いな」
《はい》
「不明を育てる」
《外部情報戦として有効です》
「ならば、こちらから余計な反応は出さない。しばらく灰白庭は沈黙する」
《冒険者の侵入対応は?》
「浅層で追い返せ。今は深部に入れるな」
《宝箱は?》
「浅層に低価値だけ。白磁花片、灰白採取物少量。罠は軽め。ただし、奥へ来ようとする者は全力で迷わせろ」
《承知しました》
今は、傷を癒やす。
そして、得たものを整理する。
ソウル。
魔神。
進化した配下。
十万の死体素材。
人間側の恐怖。
王都の罪悪感。
すべてが、今後の糧になる。
白い部屋に、静けさが戻る。
いや、完全な静けさではない。
魔神練兵窟では、ガルザヴェインが泥の回復槽でごん、と銅鐘を鳴らしている。
霧喰い大蛾育成温室では、ハイハネが羽を畳んで眠っている。
白骨書記室では、骨筆が止まらない。
残響音響室では、マネが小さく銅鐘の音を真似ている。
「ゴン」
「今は静かにしろ」
「今は静かにしろ」
「余の声で返事をするな」
フィルエが小さく笑う。
余は、白い部屋の中央で息を吐いた。
戦いは終わった。
だが、後始末は始まったばかりだ。
そして、外では人間どもが怯えている。
それでいい。
王都を救うために余の腹へ災厄を流した者たちよ。
震えていろ。
その災厄は、余のものになった。
余は新聞を畳み、白い床へ置いた。
「さて」
迷宮図を開く。
「次は、魔神を飼うための迷宮運営だ」
魔神練兵窟の奥で、ガルザヴェインがまた銅鐘を鳴らした。
ごん。
その音は、前より少しだけ迷宮に馴染んでいた。