余、ダンジョンコアにつき侵入者には死んでもらう。 ~ゴブリン二十匹から始める最弱迷宮譚~
魔神覇王ゴブリン・ガルザヴェインの拳と、白い仮面の槍使いが放った細槍が、真正面から激突した。
「貫槍秘技――竜骨抜き!」
「覇王拳――砕城!」
白い槍と黒い拳。
二つの力がぶつかった瞬間、白灰薬果林の中央が爆発した。
赤金色の偽果実が枝から弾け飛ぶ。
甘い果汁が炎の中へ散り、眠りを誘う香りが濃く広がった。
白い仮面の槍使いは、両足を床へ食い込ませながら踏みとどまる。
「ぐ……!」
細槍が大きくしなった。
ただの金属ではない。
高位魔獣の骨と、魔力を通しやすい銀鋼を重ねた武器だ。
それでも、槍の中央に亀裂が走った。
「拳で……この槍を……!」
「ホソイ」
ガルザヴェインが低く言った。
「オレノ、コブシヨリ、ホソイ」
「太さで武器を語るな!」
槍使いは叫び、力比べを捨てた。
細槍をガルザヴェインの拳へ滑らせ、その脇を抜く。
狙いが変わる。
拳ではない。
脇腹。
鎧のない場所。
その奥を走る、覇王化したばかりの魔力の道。
「穿て!」
槍先が黒い皮膚へ食い込んだ。
「ガルザヴェイン!」
余は叫んだ。
ガルザヴェインは身をひねった。
心臓への直撃は避けた。
だが、槍は脇腹を貫き、背中から穂先を突き出した。
「グ……!」
黒い血が、白い床へ落ちる。
白い仮面の奥で、槍使いが笑った。
「入ったぞ!」
「ウン」
ガルザヴェインは、槍を見下ろした。
「ハイッタ」
そして、槍を握った。
「覇王掴み」
「なっ――」
掴んだのは柄だけではない。
槍の中を流れる魔力。
竜骨抜の技を形作る流れ。
それを、ガルザヴェインの爪が引っかけた。
逃げようとする魔力を捉え、握り込む。
細槍の内部から、鈍い音が鳴った。
ばきん。
魔力の道が砕けた。
白い仮面の槍使いが、武器を引こうとする。
「離せ!」
「イヤダ」
ガルザヴェインは、自分の脇腹に刺さった槍を、そのまま引いた。
槍使いの体が前へ崩れる。
「グズ!」
余が命じる。
「グズ!」
黒泥が槍使いの両足へ絡みついた。
「カゲヌイ!」
影糸が、細槍を握る両腕の影を縫う。
「湿骨王列!」
左右の地面から骨鎖が伸び、槍使いの肩と腰へ巻きついた。
槍使いは、魔力を爆発させる。
「舐めるな!」
黒泥が弾けた。
影糸が何本か切れる。
骨鎖も二本、砕かれる。
だが、その間にも霧喰い刃ゴブリンたちが走っていた。
三体一組。
一体が正面から視線を引く。
一体が槍使いの腰にある短剣を抜き取る。
最後の一体が、膝裏の鎧留めを切った。
「小物が!」
槍使いが蹴りを放つ。
ゴブリンの一体が、まともに受けた。
小さな体が宙へ浮く。
白い幹へ激突する。
「ギッ……!」
動かない。
「……オマエ」
ガルザヴェインの声が低くなる。
槍使いが顔を上げた。
「何だ」
「ナカマ、ケッタ」
「迷宮の魔物だろうが!」
「オレノ、ナカマ」
ガルザヴェインは槍を掴んだまま、拳を引いた。
「覇王拳――破軍!」
拳が、白い仮面の槍使いへ叩き込まれた。
個人だけを殴る拳ではない。
その背後に続く隊列ごと崩す拳圧。
白い仮面が砕ける。
槍使いの胸が陥没する。
さらに後方にいた護衛三人までまとめて吹き飛び、燃える果樹へ叩きつけられた。
槍使いは床を何度も跳ねた。
最後に背中から白灰の幹へ激突し、止まる。
口元から血が流れた。
「……こんな……ゴブリンに……」
「ゴブリン、ダ」
ガルザヴェインは答えた。
「デモ、オマエヨリ、ツヨイ」
白い仮面の槍使いは、もう返事をしなかった。
《Aランク上位相当個体、死亡》
《ソウル獲得:191,000》
濃いソウルが迷宮へ流れ込む。
だが、ガルザヴェインの脇腹には、折れた槍先が残っている。
黒い血も止まっていない。
「ガルザヴェイン、下がれ!」
「マダ」
「傷が深い!」
「マダ、イル」
その通りだった。
三十五人のうち、すでに六人は倒れている。
今の一撃でさらに四人。
それでも、まだ二十五人が生きていた。
◇
「全員、下がりながら戦え!」
私兵隊長が叫んだ。
片方の塔盾は砕けている。
残る一枚も、縁が大きく欠けていた。
「出口へ向かう! 果実は捨てろ!」
「せっかく採ったんだぞ!」
冒険者の一人が、赤金色の偽果実を詰めた袋を抱える。
薬師の女が怒鳴った。
「それは本物ではありません! 持っていても足が遅くなるだけです!」
「傷は治った!」
「軽い回復効果があるだけです! このままでは全員死にます!」
袋を抱えた冒険者は迷った。
その迷いの間に、ハイハネの霧が背後から回り込む。
距離感覚が狂う。
出口へ向かっているつもりで、男は果樹林の奥へ走った。
「こっちだ!」
仲間が呼ぶ。
マネが、その声を別方向から真似た。
「こっちだ!」
男は偽物の声へ向かう。
白い霧の奥。
そこには、湿骨王列が待っていた。
「え?」
骨槍が、男の腹から背中へ抜けた。
袋が落ちる。
偽の赤金果実が、血の中へ転がった。
《侵入者一名、死亡》
「持って帰ろうとするからだ」
余は冷たく言った。
だが、侵入者側も崩れきらない。
薬師の女が、残っている薬瓶を確認する。
「眠り対策はあと十二人分!」
「動ける者へ優先しろ!」
私兵隊長は、重傷者を見た。
四人。
自力では走れない。
「担げるか」
「無理です!」
部下が答える。
「敵が近すぎる!」
私兵隊長は、一瞬だけ目を閉じた。
そして命じる。
「置いていく」
重傷者の一人が顔を上げる。
「隊長……?」
「すまん」
「待ってくれ!」
「全滅するよりましだ!」
残る私兵たちが走り出す。
重傷者たちが、白い床に残された。
「戻れ!」
「置いていくな!」
「俺はまだ――」
ハイハネの灰霧が、彼らを包む。
叫び声が遠ざかる。
霧喰い刃ゴブリンたちが近づいた。
重傷者の一人が、震える手で剣を持ち上げる。
「来るな……!」
ゴブリンたちは、以前なら一斉に飛びかかっていただろう。
今は違う。
一体が剣を持つ腕へ刃を投げる。
一体が逃げ道を塞ぐ。
一体が喉を狙う。
短く。
確実に。
苦しませるためではない。
敵として殺すために。
四人の声が、順番に消えた。
《侵入者四名、死亡》
《ソウル獲得:82,000》
「前を追え!」
余が命じる。
マネが、余の声を林へ広げる。
「前を追え!」
霧喰い刃ゴブリンたちが走る。
黒冠に操られた時のような乱れはない。
自分たちの意思で。
同じ迷宮の仲間と共に。
◇
逃げる二十人の前に、グズの黒泥城が立ち上がった。
巨大な城ではない。
今は戦闘で消耗している。
それでも、出口へ続く通路を塞ぐには十分な泥門だった。
「正面突破する!」
私兵隊長が、残る塔盾を構えた。
「術師、門を焼け!」
残った火術師と風術師が並ぶ。
「炎よ!」
「風よ!」
炎と風が重なる。
「混成魔術――炎嵐破!」
巨大な炎の渦が、黒泥城へ叩き込まれた。
「グズ!」
黒泥が泡立つ。
表面が乾く。
城門に亀裂が走る。
その隙へ、私兵隊長が盾ごと突っ込んだ。
「重盾技――攻城走!」
盾が泥門へめり込む。
亀裂が広がった。
私兵たちが後ろから押す。
「開け!」
黒泥城が揺れる。
「グズ!」
グズの声が苦しそうに響く。
黒冠軍戦で削られた泥核は、まだ完全には戻っていない。
さらに今日の戦闘で、何度も泥を焼かれている。
「グズ、無理をするな!」
フィルエが言った。
だが、グズは門を開かない。
「グ……ズ……!」
侵入者たちが押す。
黒泥城が押し返す。
その背後から、大剣使いが走り込んだ。
「退け!」
大剣が上がる。
「大剣奥義――山割り!」
巨大な刃が、泥門の亀裂へ叩き込まれた。
黒泥城が裂けた。
「グズ!」
余の叫びと同時に、泥門が崩れる。
出口への道が開いた。
「進め!」
侵入者たちが、一斉に駆け出した。
グズの泥が追おうとする。
だが、動きが鈍い。
ハイハネの霧も、炎嵐に焼かれて薄くなっている。
カゲヌイの影糸は、光術師が撒いた光石に照らされ、隠れられない。
湿骨王列も、多くの骨を失っている。
霧喰い刃ゴブリンたちは傷だらけ。
そして、ガルザヴェインの脇腹からは血が流れ続けている。
余の迷宮軍も限界に近い。
「ロード」
ガルザヴェインが、折れた槍先を脇腹から引き抜いた。
黒い血がさらに噴く。
「馬鹿! 抜くな!」
「オエナイ」
「今のお前では――」
「オエル」
ガルザヴェインは、エリラの実を一つ口へ放り込んだ。
フィルエが戦場の後方へ用意していた治療分。
赤金の光が脇腹へ集まる。
出血が弱まる。
裂けた肉が少しずつ閉じる。
だが、槍に傷つけられた魔力の流れまでは戻らない。
覇王化したばかりの力も、連戦で大きく消耗している。
「傷は塞がっただけだ!」
「ワカル」
「なら休め!」
「ニガシタラ、マタクル」
ガルザヴェインは走った。
「ガルザヴェイン!」
止まらない。
魔神覇王は、逃げる二十人の背中を追った。
◇
先頭の侵入者たちが、浅層へ続く白い通路へ入る。
「出口は近い!」
「走れ!」
「後ろを見るな!」
その声を、マネが真似た。
「止まれ! 罠だ!」
先頭の三人が反射で足を止める。
後ろの者がぶつかる。
「偽物だ!」
「走れ!」
だが、今度は本当に罠だった。
止まった三人の足元から、湿骨王列の最後の骨鎖が伸びる。
足首へ絡む。
転倒する。
後続がまた詰まる。
そこへガルザヴェインが追いついた。
「覇王踏――砕陣!」
白い床が揺れた。
侵入者たちの足元に描かれていた退避用の魔術陣が砕ける。
薬師の女が振り返った。
「転移札が!」
「もう走るしかない!」
私兵隊長が盾を構え、最後尾へ回る。
大剣使いも並ぶ。
「また俺たちか」
「文句があるか」
「ない。死ぬのは嫌だがな」
白い仮面の槍使いは、もう死んでいる。
残る高位戦力は、この二人。
私兵隊長。
大剣使い。
そして、戦闘力は低くても全員を生かし続けている薬師。
「薬師を先に行かせろ!」
私兵隊長が叫ぶ。
「残る者は道を開け!」
ガルザヴェインが止まる。
その背後から、配下たちが追いついてくる。
傷ついた霧喰い刃ゴブリン。
薄くなったハイハネの霧。
床の上を這うグズの泥。
光を避けながら伸びるカゲヌイの影。
砕けた骨を組み直しながら進む湿骨王列。
皆、限界だ。
それでも来た。
「ミンナ」
ガルザヴェインが低く言う。
「サイゴ」
ゴブリンたちが刃を構える。
「ギギッ!」
グズの泥が、最後の力で盛り上がる。
「グズ!」
ハイハネの羽が一度、大きく開く。
カゲヌイの影糸が、白い床を黒く走る。
「覇王号令――進軍」
魔神覇王の声が、疲れ切った配下たちを立たせた。
最後の激突が始まった。
◇
私兵隊長が、塔盾を前へ突き出した。
「全員、俺の後ろへ!」
盾の後ろへ、生き残った者たちの魔力が集まる。
十数人分。
大剣使いも、盾の横で剣を構える。
「これで最後だ!」
「覇王拳――砕城!」
ガルザヴェインの拳が塔盾へぶつかる。
衝撃で通路全体が揺れる。
私兵隊長の両足が床へ沈む。
盾の表面に亀裂が走る。
だが、砕けない。
後ろにいる者たちが、魔力を送り続けている。
「耐えろ!」
「出口まで、あと少しだ!」
大剣使いが横から斬りかかる。
ガルザヴェインの肩へ刃が入る。
戦傷覇装が光る。
だが、消耗している。
大剣が肩の肉を裂いた。
「グ……!」
私兵隊長が盾を押し返す。
「押せるぞ!」
ガルザヴェインの足が半歩下がる。
その時、霧喰い刃ゴブリンたちが盾の左右へ散った。
正面からは行かない。
二体が右。
二体が左。
残る三体が、床へ滑り込む。
「下だ!」
私兵隊長が気づく。
だが、遅い。
小さな刃が、塔盾を固定する革帯へ入る。
一つ。
二つ。
三つ。
革帯が切れた。
盾の重さが、私兵隊長の片腕だけへかかる。
「ぬっ!」
カゲヌイの影糸が、その腕の影を縫う。
グズの泥が右足を沈める。
ハイハネの最後の濃霧が、左目を覆う。
湿骨王列の骨槍が、盾の下へ差し込まれる。
全員の力で、塔盾が傾いた。
「ガルザヴェイン!」
余が叫ぶ。
「ウン!」
「覇王拳――砕城!」
二度目の拳が入る。
塔盾が砕けた。
破片が私兵隊長の鎧へ食い込む。
拳はそのまま胸へ届く。
鎧が陥没する。
骨が折れる。
私兵隊長の巨体が後ろへ飛び、生き残った者たちを巻き込んだ。
《Aランク相当個体、死亡》
《ソウル獲得:164,000》
「隊長!」
薬師が叫ぶ。
大剣使いが怒鳴りながら、ガルザヴェインへ飛び込む。
「よくも!」
「オマエラ、キタ」
ガルザヴェインは、大剣を拳で受ける。
「オマエラ、ホシガッタ」
「黙れ!」
「オマエラ、ミンナ、キズツケタ」
「迷宮に入れば殺し合いだろうが!」
「ソウダ」
ガルザヴェインの金色の目が、大剣使いを見た。
「ダカラ、コロス」
大剣使いの刃が、ガルザヴェインの拳を押す。
強い。
Aランク上位。
すでに傷つき、武器も欠けている。
それでも、ガルザヴェインと正面から数秒押し合う力がある。
「俺は……こんなところで死なねえ!」
「ミンナ、ソウイウ」
「俺は違う!」
「ミンナ、ソウイウ」
ガルザヴェインは、空いている左手を大剣の側面へ置いた。
「覇王掴み」
刃へ流れる魔力を掴む。
大剣使いの奥義を形作っていた力が止まる。
「また、それか!」
「ウン」
ガルザヴェインが握る。
魔力の流れが砕ける。
大剣が折れた。
大剣使いの目が見開かれる。
その胸へ、ガルザヴェインの拳が入った。
「覇王拳――破軍」
男の体が、後ろにいた侵入者たちごと吹き飛ぶ。
胸が潰れる。
折れた大剣が手を離れる。
大剣使いは床へ落ちた。
《Aランク上位相当個体、死亡》
《ソウル獲得:203,000》
残る者たちの心が折れた。
◇
「逃げろ!」
誰かが叫ぶ。
隊列はもうない。
薬師を守る者もいない。
それぞれが、出口だと思う方向へ走り出す。
マネが声を重ねる。
「こっちだ!」
「出口はこっちだ!」
「助けてくれ!」
誰の声が本物か分からない。
ハイハネの霧が、再び薄く広がる。
グズの泥が、狭い道を塞ぐ。
カゲヌイの糸が、逃げる影を一つずつ縫う。
湿骨王列が、砕けた骨を短い槍に組み直す。
霧喰い刃ゴブリンたちが、逃げ遅れた者から追いつく。
戦いではなく、狩りに変わった。
一人。
また一人。
悲鳴が消える。
《侵入者一名、死亡》
《侵入者二名、死亡》
《侵入者一名、死亡》
《侵入者三名、死亡》
最後まで走っていたのは、薬師の女だった。
戦闘力は低い。
だが、軽い。
薬で自分の疲労と眠気を抑え、白い通路を走る。
「あと少し……!」
入口の白い霧が見えた。
外の夜が、その向こうにある。
「出られる……!」
薬師は手を伸ばした。
その手首の影へ、カゲヌイの糸が刺さった。
体が止まる。
「いや……!」
グズの泥が足首へ絡む。
薬師は最後の瓶を投げた。
泥を固める青い粉。
だが、瓶が床へ落ちる前に、霧喰い刃ゴブリンが飛びついた。
瓶を抱えたまま横へ転がる。
青い粉が、誰もいない壁へ散った。
薬師は叫ぶ。
「待って!」
湿骨王列の骨槍が、背後から近づく。
「私は戦ってない!」
余は、白い部屋で彼女を見た。
戦っていない?
偽果実の眠りを破った。
泥を固めた。
骨を溶かした。
何人も立たせた。
この集団の生存率を上げ続けた。
十分に戦っている。
「殺せ」
余が命じた。
骨槍が、薬師の背中を貫いた。
胸から白い穂先が出る。
薬師の伸ばしていた手が、白い霧へ届く寸前で落ちた。
《侵入者一名、死亡》
《ソウル獲得:118,000》
白い通路が静かになった。
◇
《侵入者三十五名、全滅》
《今回戦闘総獲得ソウル:1,427,000》
余は、しばらく何も言わなかった。
勝った。
三十五人を全員殺した。
迷宮軍として戦い、誰一人外へ返さなかった。
だが、こちらも無傷ではない。
《霧喰い刃ゴブリン、死亡三体》
《重傷六体》
《湿骨王列、損耗率四十二パーセント》
《ハイハネ、霧核負荷大》
《グズ、泥核損傷》
《カゲヌイ、影糸損耗》
《ガルザヴェイン、重傷》
「……三体」
霧喰い刃ゴブリンが三体、死んだ。
フィルエが静かに目を伏せる。
ガルザヴェインは、その場で片膝をついた。
「ガルザヴェイン!」
余の声に、彼は拳を床へつく。
「ダイジョウブ」
「大丈夫な者は膝をつかん!」
「……ソウカ」
ガルザヴェインの脇腹が再び開いている。
肩も深く裂けている。
胸には盾撃の跡。
戦傷覇装を使い続けたことで、過去の傷まで熱を持っていた。
フィルエが、エリラの実を抱えて走ってくる。
一個ではない。
熟した実をいくつも。
「食べて」
「ウン」
ガルザヴェインは三つ続けて食べた。
さらに二つ。
赤金の光が、開いた傷を塞いでいく。
だが、立ち上がらない。
「管理音声」
《はい》
「なぜだ。傷は治っているだろう」
《表面損傷は回復中》
《竜骨抜による内部魔力経路損傷》
《覇王技の連続使用による精神核および魔神性流の消耗》
《即時戦闘復帰は非推奨》
「回復まで」
《安静状態で数時間》
「数時間……」
フィルエが、ガルザヴェインのそばへしゃがむ。
「休んで」
「マダ、テキ?」
「今はいない」
そう言いながら、余は外縁を確認した。
白い霧の外には、まだ複数の人影が残っている。
だが、三十五人の魔力反応が全て消えたことで、多くは怯えていた。
「戻らないぞ」
「全滅したのか?」
「帰るべきだ」
「あんなところへ入れるか!」
いくつもの集団が、森から離れ始める。
当然だ。
そうするべきだ。
「……終わった」
余は呟いた。
今日の戦いは、これで終わった。
そう思った。
◇
森の少し離れた場所。
五人だけは、動かなかった。
他の冒険者たちが撤退を始めても。
白い迷宮の中から戦闘音が消えても。
彼らは、最初からそこで待っていた。
五人の中央に立つ男が、白い霧を見た。
長い黒髪。
赤黒い長剣。
高価な外套。
左耳には、五つの小さな金輪。
男の名は、レオルド・ヴァンゼル。
Sランク冒険者パーティー、
《赫月の晩餐》
そのリーダーだった。
「静かになったな」
レオルドが言った。
隣にいる大柄な男、ガスト・ロウガが笑う。
「先に入った連中、全滅ですかね」
「そうだろう」
「三十五人もいたのに?」
「三十五人いたから使えた」
レオルドは、白い霧へ向けて顎を上げた。
「罠を踏ませた」
「魔物を疲れさせた」
「強い奴を表へ引っ張り出させた」
小柄な男が、細い眼鏡を直した。
斥候役のシアン・ヴェルク。
「魔力の波が大きく落ちました。特に、最後に出た高位個体。今はほとんど動いていません」
術師の女、ミレイア・ゾルドが笑う。
「なら、入り時ね」
最後の一人。
鎖と大きな空間収納具を持つドグル・ハインが、森の奥へ目を向けた。
「まだ、あそこに三人います」
撤退するか迷っていた、小さな冒険者パーティーだった。
三人のうち一人が、丸い魔導器を持っている。
迷宮内の方向を記録する方位盤。
レオルドがそれを見た。
「使えそうだな」
彼は三人へ歩み寄る。
相手の冒険者が緊張しながら武器を構えた。
「何だ」
「その方位盤を寄越せ」
「断る。高かったんだぞ」
「そうか」
レオルドは剣を抜いた。
男が反応するより早く、首が飛んだ。
残る二人が目を見開く。
「な――」
二人目の胸へ、ガストの拳がめり込む。
背骨が折れ、体が木へ叩きつけられる。
三人目は逃げようとした。
ミレイアが指を鳴らす。
足元から細い炎が伸び、両脚を焼いた。
男が倒れる。
「待って! やる! 方位盤はやる!」
レオルドは、地面に落ちた方位盤を拾った。
「もう受け取った」
男の喉へ剣を突き刺す。
血が森の土へ広がった。
シアンが方位盤を受け取り、軽く確認する。
「まだ使えます」
「なら持て」
ドグルが死体の荷物を漁る。
回復薬。
食料。
予備の短剣。
金貨。
使えそうな物だけを空間収納具へ入れた。
ガストが笑う。
「相変わらず、もったいないことしませんね」
「弱い者が持つ物は、強い者の物だ」
レオルドは剣の血を、死体の服で拭った。
「迷宮の中でも外でも変わらん」
そして、白い霧へ向き直る。
「行くぞ」
「今から?」
「今だからだ」
レオルドは笑った。
「中の連中は、もう疲れている」
◇
白い部屋に警告が響いた。
《外縁に新規高位反応》
「……何だ」
《五名》
「また五人?」
余は壁面を切り替えた。
白い霧の前に、五人が立っている。
先ほどまでの集団とは違う。
全員の魔力が濃い。
疲労がない。
恐怖もない。
そして、先ほど森に残っていた三人の反応が消えている。
「管理音声」
《はい》
「危険度を測れ」
《解析中》
レオルドたちが白い霧へ足を踏み入れる。
迷宮の警戒結界が、五人を捉えた。
《高位侵入者、五名》
《全員、推定Sランク域》
白い部屋が静まり返った。
「……全員?」
《はい》
「五人全員が?」
《推定です》
「よりにもよって、今か」
グズは傷ついている。
ハイハネも、カゲヌイも、湿骨王列も消耗している。
霧喰い刃ゴブリンたちも、多くが負傷。
ガルザヴェインは立てない。
フィルエが、彼のそばで顔を上げた。
「ロード」
「分かっている」
余の声が、乾いていた。
「次が来た」
白い霧の中で、レオルド・ヴァンゼルが笑う。
「死体と血の跡を探せ」
シアンが方位盤を開く。
ガストが拳を鳴らす。
ミレイアが炎を指先に灯す。
ドグルが空間収納具の口を広げる。
「先に入った雑魚どもが、道を作ってくれた」
Sランク冒険者パーティー《赫月の晩餐》。
迷宮側が、一つの軍として初めて大規模戦闘に勝った直後。
最悪の五人が、白い迷宮へ入ってきた。