攻略組が帰った後から始まるVRMMO 〜イベントに遅れた俺だけが、誰にも拾われなかったユニークを見つける〜
「左前脚、やれ!」
振り上げられていた大槌が連続で落ちた。
斧と大剣も、赤砂へ伸びようとする左前脚へ目掛けて叩き込まれる。
「ぜってえ掘らせるなぁぁあ!」
盾職も正面から前脚を押し込み、止めようとする。
その隙にシグエルは外殻を蹴って背中へ跳び上がり、巨体の上を何度も蹴って反対側の肩まで抜けていた。
《灰冠竜の穿牙剣》が外殻の切れ目から黒い表皮へ突き刺さり、ドルガーレンの巨体が大きく揺れる。
HPが五割を切った。
それでも動きは止まらない。
ドルガーレンが左前脚の爪を赤砂へ突き立て、激しく砂を掻き始める。
先ほど見た動きと同じだ。
左前脚で赤砂を掻き分けると、そのまま頭から砂の中へ突っ込んでいく。
続いて肩、背中、胴と巨体が沈み、最後に太い尾まで赤砂の下へ消えていった。
「くそ! また潜られた!」
分かっていたし、止めようともした。
それでも砂を掻き始めてからでは間に合わなかった。
赤砂の盛り上がりが大きく蛇行しながら後方へ走る。
「散れぇぇええ!」
遠距離職の集団が左右へ分かれた直後、赤砂が内側から弾け飛んだ。
巨大な頭が地面を突き破り、その上にいた何十人ものプレイヤーが砂と一緒に空高く跳ね上げられる。
その瞬間、地上からいくつもの回復の光が飛んだ。
《Astra Regalia》のヒーラーたちだ。一度見た攻撃に、もう対応し始めている。
吹き飛ばされた何人かは落下する途中でHPを戻し、赤砂へ叩きつけられても倒れずに済んだ。
「あの高さと速さに合わせてヒール飛ばすのか……」
それでも助かったのは一部だけだった。
大半は突き上げで大きく削られ、そのまま落下する。着地と同時にHPが尽き、倒れた者たちが少し遅れて光の粒子になって消えていった。
その間にもドルガーレンの肩と背中が赤砂の下から現れてくる。
HPバーを見る。
やはり間違いない。潜る前より少し回復している。
「右肩も見ろ! また塞がってる!」
黒い表皮まで露出させた右肩も、再び色の薄い外殻に覆われていた。
背中や脇腹の傷ついていた場所にも、新しい薄灰色の外殻が増えている。
「待って、左も!」
今度は右肩だけじゃなく、左前脚から肩にかけても外殻が大きく張り出し、背中には薄い灰色の板が何枚も重なっていた。
さらに太い尾先にも新しい外殻が増え、左右へ大きく広がっている。
「……尾も変わってる」
銀ゴツネが太い尾先を見ていた。
『近接、一度離れて。尾にも注意して』
青蘭の指揮チャットが飛んだ直後、ドルガーレンが巨体を大きく捻った。
左肩から飛び出ている外殻が前線へ迫り、盾職たちが大盾を構える。
重い衝撃が走り、何人かが大盾ごと後ろへ押し飛ばされた。
そこへやや遅れて太い尾が横薙ぎに振り抜かれる。尾の左右へ張り出した外殻が盾の脇まで届き、近くにいたプレイヤーたちのHPを一気に削った。
「攻撃範囲、かなり広がってるぞ」
前線が押し広げられたところへ、ドルガーレンが左前脚を踏み出した。
そのまま向きを変え、数歩まっすぐ進んでいく。
太い尾が巨体の後ろを赤砂の上で引きずられ、一本の長い跡を残した。
その両脇も尾先の外殻に削られ、細い筋になってまっすぐと続いている。
「……あれ?」
その跡には見覚えがあった。
この共同討伐が始まる直前。
ここに飛ばされた後、同じ方向へ伸びる三筋の大きな移動の跡を見つけた。
一筋目は四肢と尾の跡だけ。
二筋目には右側に長い擦れ跡があり、三筋目には左右と尾の両脇にも砂の上に続く跡が残っていた。
今、目の前にできた跡はその三筋目とよく似ている。
「ロヴェルさん……」
ロヴェルも赤砂に残った跡を見ていた。
「あれって……ドルガーレンが移動した跡だったってことですか?」
「……その可能性は高そうだね」
目の前のドルガーレンは潜るたびに外殻の形を変えている。
最初はほとんどなかった張り出しが一度目には右側へ増え、今は左右と尾の先にも広がった。
「……あれって三筋ありましたよね」
口にした瞬間、嫌なものが繋がった。
あの三筋は足跡の大きさも歩幅もかなり近かった。
でも、同じではなかった。
ロヴェルも目の前の巨体を見上げる。
一体のドルガーレンが残した跡とは考えにくい。
「……三体、いたってことかい?」
「嘘だろ、一体だけでもこれだぞ……?」
リックが暴れるドルガーレンを見ながら呟く。
銀ゴツネも大荒原の向こうへ視線を向けていた。
あの三つの軌跡がそれぞれ別の個体のものなら、この大荒原には少なくとも三体のドルガーレンがいたことになる。
ただ、別の三体のものだと仮定すると、逆に気になるところもあった。
あの三つの筋の中でも、同じように残っていた部分。
「……左後脚」
「ああ。三筋とも……そこだけは同じようになっていたね」
――左後脚の跡だけは内側の縁が深く崩れていた。
「別々の三体なのに、そこだけが同じなら個体の歩き癖とかではなさそうですね」
俺たちは目の前のドルガーレンの左後脚を見てみる。
この個体は右前脚を失っているから、あの三筋が残ったときの個体たちとまったく同じ条件ではないだろう。
それでも前へ進むたび、左後脚は外側より内側へ少し深く沈んでいるのがここからでも見えた。
「やっぱり……今も内側のほうが沈んでるように見えます」
「ああ。でも、それだけじゃ意味までは分からないよ」
なぜ三体とも左後脚へ同じように体重を乗せて歩いていたのか。
何か理由はありそうだが、まだ答えは出ない。
「左肩、今ならまだ色が薄いぞ!」
「できるだけ削ろう!」
槍と斧が新しい外殻へ入り、続けて槌が亀裂を広げる。
シグエルもその亀裂へ剣を突き込み、薄い外殻を一枚大きく剥がした。
下から黒い表皮が露出すると、そこへ一斉に攻撃が集まる。
「四割切った!」
俺も露出部を弓で狙いながら、左後脚の動きに注目する。
普通に動いている間は内側へやや強く体重を乗せているように見えるだけで、それ以上の変化はなかった。
その間にもHPは少しずつ削れていく。
三割を切る直前、ドルガーレンが攻撃を止めて巨体をわずかに引いた。
そのとき、左後脚がそれまでより深く体の内側へ入る。
大きな足裏へ一気に体重が乗り、赤砂が押し潰された。
ずっと左後脚を見ていたから、その変化にすぐ気づいた。
「……さっきまでと違う」
今までよりもはっきりと左後脚へ重心が集まっているのがわかった。
ドルガーレンはその姿勢のまま一度動きを止め、頭をわずかに動かした。
それから巨体を低くし、左前脚が赤砂へ向かって伸びる。
「ロヴェルさん、これ……潜る前の動きじゃないですか?」
「ああ。左後脚に重心を残したまま、一度周りを見てる。それから前脚の爪か……」
爪先が赤砂へ向いた。
「――潜ります。やっぱり左後脚の踏み込みが合図みたいです」
「ああ、分かった! すぐ伝えよう」
ロヴェルは即座に青蘭へチャットを送った。
『探索組で潜行前の動きを確認したとのことです。左後脚を深く踏み込むのが潜るモーションのトリガーの可能性あり』
間を置かず、青蘭の指揮チャットが飛ぶ。
『左側にいる攻撃隊は後脚を優先で。盾は左前脚を邪魔してください。右側はそのまま削って!』
ドルガーレンの左側にいた前衛たちがそのまま後方の左後脚へ攻撃を集める。
反対側のプレイヤーたちは無理に巨体の向こうへ回り込まず、右肩や脇腹への攻撃を続けた。
同時に、正面の盾職たちが残った左前脚へ詰める。まだぎりぎり爪が赤砂を掻き始めていない。
大盾が左前脚へぶつかった。
ドルガーレンが力任せに押し返そうとした瞬間、左後脚へ槍と槌が重なり、支えていた足がわずかに外へずれる。
「後脚ずれたぞ!」
一人の盾職が押し返されても、すぐ横から次の盾が入る。
さっきまでとは違う。
砂を掻き始める前からもう全員が動いていた。
「押し切れええ!」
大盾がもう一枚重なった。
ドルガーレンは左後脚へ力を戻そうとするが、崩された足ではうまく踏ん張れていない。
盾に押さえ込まれた左前脚も、爪先が赤砂へ届かない。
巨体だけが無理やり地面へ沈もうともがいている。
初めてドルガーレンは潜ることができなかった。