異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
「セロベルさん!」
びくっと身を起こし、セロベルは声のほうを向いた。「ア?」
「これ食べて下さい。あ、材料かってにつかいましたからね」
たべる? ざいりょう?
頭が働いていない。なにしろ、昨夜は「第二の丘」で訳の解らない花を摘まされた後、一度も停まらずにレントまで戻ってきたのだ。強行軍にも程がある。
欠伸が出た。「なんだって?」
「お料理。いいから食べる」
よく喋るなあとセロベルは思う。マオ、だっけ。シアイルかディファーズふうの名前。
シアイル人に見えなくもない。柔らかそうな黒髪(混じりっ気なし、純正の黒髪)、ふっさりしたまつげに縁どられた目、滑らかな肌、あたたかくってやわらかそうな、微笑を湛えた唇……。
ふっといい匂いがした。あたたかい。湯気が顔にあたる。
目を落とす。皿が置いてあった。たまに、セロベルが取り出して、綺麗に磨いているものだ。父親が生きていた頃は、食器みがきと鍋を洗うのがセロベルの仕事だったから。
その皿の上に、なにか盛りつけられている。……芋。と、人参? にんにくの香りもする。
おいしそうだ。最近は食費を切り詰めていて、夜、仕事に出る前に、東門近くの店でサンドウィッチを買うくらいだった。体重は随分落ちてしまったが仕方ない。
傭兵等級が落ちたら警邏隊の仕事がなくなる。セロベルは今、レントから半日以上は離れられないのだ。うろうろできるやつらは警邏隊の仕事は金にならないと云うが、セロベルにしてみれば、レントに居て確実にはいってくる金があるのならありがたい。傭兵等級の維持には、上納金はこれ以上減らせない。
ごくんと生唾を嚥む。ざいりょうをかってにつかった……? 厨房になにか残っていたか?
「まお」
「あの、初日から悪いんですけど、お世話になったひと達にきちんと報告したいんです。ここで雇ってもらえたって。だから、ちょっと出てきます」
マオはお茶をマグへ注ぎ足し、ことんとセロベルの前へ置く。よく見ると皿にはフォークものっていた。
ぼーっと仰ぐ。マオはにっこり笑った。笑うと前歯がちらっと覗く。幼くって、愛らしい。
「どうぞ。あ、帰りに食材物色してきます。セロベルさんちゃんと食べてないみたいだし」
「しょくざい?」
「経費で落ちます?」
マオはくすくすすると、セロベルの肩口をぺたぺたして、食べてね、と云う。それから出て行った。
「……なにあいつ」
目を落とす。
フォークを掴んだ。これも、セロベルが磨いている。ルジュアットの磨き砂、まだたくさん残っているから……。
フォークで芋をさした。口へ運ぶ。
「あつ」
塩気。にんにくと、人参の香り。ほっくり火の通った芋は、甘い。
「……うまいじゃん」
ふっと、昔を思い出した。入山する前。父親の料理目当てに引きも切らなかったお客達。下山した時には、借用書の束と、すっかり痩せて喋れなくなった父、看病で面変わりしてしまった母しか残っていなかった。
皿はすぐに空になった。セロベルは、なんだか喉の奥が痛いような気がして、呻く。
マオは、「料理人」かもしれない。だったら……?
期待はすまい。料理人が、月に銀貨20枚で働く訳がないから。
とにかく、自分が傭兵として稼いで、借金を返せばいいのだ。せめて、なにかしらの決着はつけねば、リエナに申し訳が立たない。