異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
さて。
香辛料はある。ないのはバターだけだ。
座って待っているように云って、とりかかった。
オーブンを予熱。
ボウルにたまごとお砂糖、油を少しづついれてよくすりまぜる。バターがないから変則的なつくりかたをせざるを得ない。
バニラビーンズ(市場で入手済み)をひとさや分いれた。それに、小麦粉も。バターと違うから勝手は解らんが、まずくはなるまい。
戸棚から、パイ型をとりだす。大き目のやつ。ヤイルさんはお菓子もつくっていたようで、お菓子用の道具が沢山あるのだ。
それへパイ生地を敷く。敷いたらフォークで幾らか穴をあけ、そのなかにボウルの中身を流し込む。ペカンを沢山、めいっぱいぶちこんだ。
オーブンへいれる。焼きあがれば完成。ペカンパイっぽいかはともかく、材料だけなら普通においしそう。
お茶も淹れますか。ペカンパイは甘めにしたから、お茶はストレートでいいか。
お茶を淹れ、テーブルへ運んだ。
セロベルさんがサッディレくんを睨んでいる。サッディレくんはテーブルへ片肘をついていて、俺がお茶を運んでいくとにっこりする。「どうぞ」
「ありがとう」
「マオ、気を遣わなくていい」
同僚になるかもだし、礼儀は大切だと思うけどなあ。
セロベルさんはなんだか不機嫌で、サッディレくんはにこにこしている。「マオ、歳は?」
「二十四」
「ははは、そっか、そういう決まり? 二十一より上だっていう……」
??
セロベルさんがサッディレくんのみつあみを引っ掴む。ぐいと引っ張って、云う。
「ふざけたことぬかしてっと」
「いたい」
「セロベルさん!」
セロベルさんの手をはたいた。セロベルさんの手を離れ、三つ編みがゆれる。「だめでしょ、乱暴しちゃ」
「でも」
「だめ」
「……くそっ」
セロベルさんは腕を組み、不機嫌そうに口を噤んでしまった。サッディレくんはにやにや。
「マオは幾らで勤めてるの」
今度は給与の調査か。「月に貝貨1枚」
「へえ。稼いでるね」
「まかない食べ放題だから、いい職場だよ」
あ、今のだめだった? 厨房担当より安いのかよって思われたらどうしよう。
「マオー」
リエナさんだ。庭側から這入ってくる。「昨日はありがとうね! さっきふたりが来て、仲直りできたって」
「ああ、よかったですね」
「バターつかってたでしょ? それで二回しか食べたことなかったみたい。あ、これ、ふたりからのお礼ね」
そう云って木箱を置く。覗いてみると、たまごが沢山。
顔を上げた。「いいんですかね?」
「いいに決まってるでしょ。別れる別れないって話にまでなってたんですって」
そりゃ大変だ。仲直りの一助になれたならよかった。
リエナさんが鼻をひくつかせた。「いい香りね?」