異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
還元しかできない、と、村の人間は侮っていた。
そうだ。瞬く間に地面を穴ぼこだらけにできるなら、寒村の傍の山の掘立小屋に暮らすことはない。帝都で幾らだって働き口を見付けられる。
ベッツィは混乱した。もともと、ライナイの言葉は綺麗な共通語だったし(口数が少ないから目立たないけれど!)、仕種やなんかが洗練されていた。まるで帝都の貴族のようだったのだ。
シアイルでは貴族とそれ以外に明確な線引きがなされてはいるが、まったく接触しない訳ではない。ベッツィのような官吏は貴族と接することも多い。そういえばあの眉の動かしかた、あの手振り、あの言葉遣い……と、ライナイがいかに貴族的だったかに漸くと気付いた。
ライナイは幾つかあけた穴を大きなひとつの穴にかえ、疲れたらしく掘り出した土を還元し、魔力を恢復して、穴の底や側面を整え、満足したのか穴から出てくると、大量の水を穴へ注ぎこんだ。
溜め池だ、とベッツィは気付いた。でもどうして?
ベッツィはその時、ライナイの顔に見覚えがあったのは何故か、理解した。
二十年ほど前に野盗に襲われ、火事で半分焼けた村。焼けたなかに、「開拓者」を出した家があった。
赴任先のことを詳しく知っておこうと過去の耕作記録を帝都の図書館で調べた時、開拓者の生家も焼けたと記録されていた。ベッツィは村の名前で資料を集めてもらったのだが、開拓者がディファーズへ亡命したことに就いての記録がそのなかに混ざりこんでいた。出身地に村の名前が書いてあったのだ。
帝都の画家の描いた、「開拓者」ツァリアス・テーライの、生きているみたいな絵姿付きのそれは、ベッツィの印象に残っていた。灰色の柔らかそうな長い髪、満腹の猫みたいに細い目、不敵に笑う口許。
豪華な装飾品を取り除き、体重を減らして、髪を惨めなくらいに乱暴に切り、十歳くらい老けさせて、自信と高慢さを取り除けばライナイになる。!釘は開拓者のアトリビュートだ。開拓者がこの世界で初めて、還元により入手したもの。お祈りの時の道具にもなっている!
開拓者ツァリアスは、信仰に目覚めてディファーズの廟で祈りにはいった。表向きはそうなっている。
だが、幾ら木っ端役人のベッツィでも知っていた。ディファーズでツァリアスは消息を絶っている。死んだ可能性はない。次の開拓者があらわれていないからだ。
その開拓者が、ここに居る。
帝都へ通報、と考えなかった訳ではない。でも、ベッツィはためらった。ライナイが逃げ出した理由はなんとなく察しがついたし、自分が同じ立場だったらやはり逃げているだろうからだ。
ためらった段階で、自分には通報する気はさらさらなかったのだ。