異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
国府から還元士が派遣されてきた、と、村のなかではめずらしく、ツァリアスに優しい、年老いた女性から聴いた。
お役御免か。同じような寒村をさがして移住しなければなるまい。ツァリアスは落胆した。農業監督官のベッツィを、ツァリアスは憎からず思っていたし、あちらもそうだとうすうす勘付いていた。
だからと云ってなにか起こる訳ではない。ベッツィに迷惑をかけたくないから、なにもないうちに離れるのが正解なのだ。それは解っていた。でも、ぐずぐずと居座っていた。
丁度いい。諦めをつけるには。
ツァリアスは荷物をまとめ、出立準備を整えていた。そこへ、村で一番の年寄りが来て、申し訳なそうに退去するよう告げた。このひとも使いになぞたちたくなかったろうに、と同情が湧いた。
出ていく前に、溜め池のことだけ伝えておこう。ベッツィは収納空間があるから利用も簡単だ。農業に役立ててもらえたらいい。
が脳裏を過ぎって、ツァリアスは気分を悪くした。あの時はやりなおして助けた。彼女に死なれたくなかったから。
これからは困難を先んじて摘み取ってあげることは出来ない。散々呪った開拓者に祈っておくくらいしか、できないのだ。
収納空間へ荷物を詰め込んでいると訪いを告げる声がした。おばあさんだろうか、と扉を開けてツァリアスは気を失いそうになった。
貴族学校時代、成績の悪さを理由にツァリアスが怪我をさせた相手が居た。
ロアネス・“腰抜け”・バフィティ。ツァリアスに「決闘」を申し込まれて一方的になぶられたあと、卒業まで腰抜けと云えばロアネスのことだった。
ツァリアス自身はそう呼んだことはない。だが、蔑んではいた。無様に負けた後ものうのうとしているなんて、と。
でもその時はこわかった。露見した、もうだめだ、捕まる。そう思った。
ロアネスはにこにこしていた。覚えてるかいとも久し振りだねとも云わず、たった一言だけ云った。
お前が逃げたらあの女を殺す。
それで充分だった。ツァリアスは逃げなかったし、ロアネスに刃向かいもしなかった。憎悪を向けられるだけのことは、した。それは取り消せない。だから、せめてベッツィに迷惑だけはかけまいと、ロアネスに従った。
ロアネスは皇帝と同じことをした。ただ、ツァリアスは、皇帝に対してよりは冷静でいた。復讐されるだけのことはしたと自覚していたからだ。それで気が済むなら、ロアネスの心が楽になるなら、そしてベッツィが無事なら、自分がどうなってもよかった。
ツァリアスの態度はロアネスを苛立たせるだけだった。