異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
さっさとライナイを逃がすべきだったとベッツィはあとから悔やむ。
ロアネスはひとあたりがよく、貴族だが偉ぶらないと、村の者から人気が高かった。魔法も、熱、風、大地の適性があり、魔力も高い。畑仕事を手伝ってくれることもあった。
兵士達はロアネスを尊敬し、云うことをきいたし、気性の荒い青年達に文字を教えて働き口を世話してやるなど、ベッツィから見ても立派だった。立派すぎた。
まったくすきがなく、悪い噂はひとかけらもない。地方へ派遣された官吏にありがちな、恋愛感情のも、ロアネスに限ってはかかわりがないように見えた。還元酒の一滴も呑まないし、食べものにも文句を付けず、国府の官吏の制服姿になるのはきちんとした会食に呼ばれた時のみ。
その潔白さはベッツィに、ライナイを思い起こさせた。なにかひとつですべてが露見するかもしれないライナイの危うい立場を。
うっすらとだが疑念はわいていた。ベッツィはそして、ロアネスがライナイの許を訪れているのを偶然目にした。肥料にするための落ち葉集め中に、たまたまライナイとロアネスを見付けたのだ。
ロアネスはいつも通り、にこにことして、なにかを喋っていた。ライナイは、ベッツィが見たこともない恐怖の表情でそれを見ていた。屈強な青年に追いまわされて怪我をしても、兵士に難癖をつけられて殴られても、子ども達にいたずらで水を浴びせられたって淡々としていたライナイが、ロアネスには怯えていた。
ロアネスがライナイを促して小屋へ這入ったから、ベッツィはそのあとなにが起こったかは知らない。知りたくない、と思って、必死で山を駈けおりた。逃げたのだ。
自分の立場は弱い。生まれもだが、官吏の階級としてもロアネスが上だ。
ベッツィはライナイがなにかおそろしい目にあっていると解ってはいた。いたが、助ける手立てがない。ロアネスは非の打ちどころがなく、完璧に仕事をこなしていた。不祥事をでっちあげて追っ払う? すぐに見破られるだろう。村の者らが幾らだってロアネスを庇うに違いない。
それに、帝都に返したら、ツァリアスを見付けたと騒ぐのでは?
それでも心配だったから、一度話を聴きに行こうと考えた。ロアネスが来てからというもの、肥料づくりにライナイは関わらず、そもそもほとんど山を下りてきても居ない。食糧や炭が足りていないだろうから、届けてあげたかった。
次の日、ライナイがベッツィ(というか、国府から派遣された農業監督官用)の家まで来た。
まだ陽がのぼる前だ。通いの家政婦も居ない。ベッツィは慌てて化粧着を羽織り、寝ぼけ眼でライナイに対した。
俺にはかかわらないで、と頼まれた。
それだけ云って、ライナイは帰った。ベッツィは狐につままれたような気分で、暫く茫然としていた。