異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
「あ」リッターくんへ目を戻す。「そういえば、さっき魔法つかったけど、……」
「ああ」
「どうして?」
リッターくんは小首を傾げる。人差し指で首をすいっと撫でるみたいにする、例のハンドサインをして、低く云う。「危ないと思って。つけられていたから」
「は? リッターくんが?」
「ああ。俺ひとりならともかく、お前をまきこむ訳にはいかない」
はあ。……はあ?
リッターくんの両頬をひっぱった。
「それ自分でなんとかしようとするんじゃなくて、警邏隊に云いなよ」
手をはなす。リッターくんは頬を撫でた。
「シアイル出身者同士のことだ。シアイルでのいざこざを裾野に持ちこめない」
「え」
「父に叱られる」
腹が立った。見たこともないリッターくんの父親に。体面を気にして子どもを危険にさらすとか。
いや、そうだった。「不倒」だからうなじのところを刺されても死なない、と云っていた。やったことがあると。そういう情況を看過しているんだから、リッターくんが多少の危険にさらされたところで痛くも痒くもないってことだ。ディファーズと云い、この世界の親は酷すぎないか?
ご飯を食べ損ねた理由も、尾行されてたことと関係があるのだろう。リッターくんが多くを語らないから解らないが、少々のことではご飯を忘れないだろうし。部下が賭場通いしていることも絡んでいるのかな。
腹は立ったものの、リッターくんが黙っているのなら、俺が警邏隊に云う訳にはいかない。この世界の常識に欠けているから、もしかしたらそれが普通なのかもしれないし。でも一応云った。
「無理はだめ」
「ああ。気を付ける」
リッターくんの言葉にはまったく感情がこもっていなかった。
ツァリアスさん達の話を思い出す。シアイルは、何年か前から情勢が不安らしいし、貴族同士のいさかいがあるのだろう。本国を離れた裾野でなにかしらの行動に出ようと考えるひともいる、ということだな。
大変だねと云うとリッターくんは黙って頷いた。それなりに感情がこもって見えた、
マシュマロを挟んだクッキー。でがらしのお茶っ葉を刻んでまぜこんだクッキー。ドールさんの配合でつくったスパイスクッキー。黒糖とおからのクッキー。パウンドケーキ。マドレーヌ。
形が崩れたもの、少し焦がしてしまったもの、割れたもの、切れはし。色々な理由で売りものにできないそれらを、紙に包んだ。リッターくんの前に置く。
リッターくんは包みを見、俺を見る。「あげる」
「……いいのか」
「リッターくん、いいこと教えてあげる」
耳打ちした。「ご飯だけじゃなくて、人間にはおやつの時間が要るんだよ。おやつは好きな時に食べるの。解った?」
にっこりする。リッターくんは何回か、ゆっくり瞬いて、そうだなと頷いた。