異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
なるほど。
エヴィさん一家は、ディファーズにあるラスターラ卿のお邸に住み込んでいたらしい。ファルさんはエヴィさんよりやっつ歳上だが、歳の差も身分の差もあまり気にしないタイプで、エヴィさんを弟のようにかわいがってくれていたのだとか。
「お酒を呑むとこうなので」エヴィさんは顔をしかめて、腰の辺りにしがみついているファルさんの頭をはたく。「ああ、大丈夫ですよ。旦那さまから、お酒がはいったファルさまを殴る許可は戴いています」
どう云う許可だよ。
ファルさんが呻いた。「エヴィイイイ、ちゃんと僕を見て僕の相手をしろ。お前まで僕を邪険にするのか」
「また始まった」
「父さんは僕をぶどう園から締め出したんだ。兄さんはじじいどもに頭を下げてまわって大変なのに、僕だけ裾野へ追いやって」
「ファルさまがお邸にあったお宝を売っぱらって呑んじゃったからでしょ。淋しくないように俺がついてきてあげたんですから、文句云わない」
そういいながら、エヴィさんはファルさんの頭を撫でた。「ほらほら、いい大人がぐずらないで下さい。こちらのかたがおいしいものを拵えてくれましたから、どうぞ召し上がって」
「エヴィのりょうりがいい……」
ファルさんが調理台のほうを見た。目が据わっている。「……でもいい匂いだな」
「旨いですよ。はいあーんして」
なんのかのといいつつも、エヴィさんもファルさんをおにいさんのように思っているのだろう。お匙ですくったビーフストロガノフをあーんしてあげている。ファルさんが歯の治療でもしてもらうみたいに大口を開けた。
「む」
「旨いでしょ」
「……旨い。酸っぱいのが爽やかだ。これはヨーグルトだな。けれど水っぽくない。水を切ったのか。ほのかにくだもののような香りもするけれど、甘みがくどくない。酒だな?ふむ、バターを随分ぜいたくにつかったみたいだ。よく火が通って蕩けたたまねぎも、さくさくした歯応えのきのこも旨い。一工夫したパンもいい仕事だ」
ええー。素人とは思えない評じゃん。何者だこのひと。
エヴィさんが唸った。「ファルさまの舌が俺にあれば、もっといい料理人になれてたんですけどねえ」
「エヴィ」
「自分で食べて下さいよ」
文句を云っても、結局エヴィさんはファルさんに食べさせ続けた。
「僕は魚は得意じゃない。どれだけ味がいいものでもなまぐささがあるからな。が、これは旨い。パセリがいい。爽やかだ。それにしても酒で煮るなんて方法は知らなかった。魚の臭みが気にならないし、りんごは甘く香り豊かになっている。シロップの艶もいい。料理は見た目も大切だからな。エヴィのは旨いけれど華やかさがないが、君の料理は旨いだけでなく華やかさと上品さがある。まるで枢機卿か公が召し上がっているもののお相伴にあずかったみたいな気分だ。なんだか位の高い人間になったような気がする」
「ファルさまは充分位が高いでしょ」
ファルさんの長広舌にエヴィさんは呆れ顔だ。俺は苦笑い。