異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
四滝伽羅子は煩悶していた。
ロッツの邸の一室である。
キャラコには上等な客室が宛がわれ、メイドが常にふたり控えていて、なんの不自由もない、お姫さまのような扱いをしてくれていた。服や靴も、必要かもしれないので、とニッシェが持ってきてくれている。下着のかえがないのには困っていたので、とても助かった。
それはいい。それはいいのだが……。
……失敗やったかなあ。
キャラコは室内をうろうろする。この二日程、おなかは満たされているしいきなり戦わされたりもしないし、化けものみたいな猪だの人攫いだのにも遭遇してはいない。だが、ひとつだけ不自由がある。外に出してもらえないのだ。
心当たりはないでもない。キャラコは、ロッツやニッシェと喋った時、職業を訊かれた。それで素直に、格闘姫です、と答えたのだ。ロッツもニッシェも驚いたようだったから、即座に後悔した。けれど、一度云ってしまったら取り消せない。その後、軟禁生活が始まった。キャラコは庭まではでてもいいが、それ以上はメイド達に阻まれていた。
もしかして、格闘姫って、なにかしら拙い職業なのだろうか。悪い意味があったり?
だからこそ、「偽装」がおすすめスキルだったのでは。今更気付いても遅い……。
キャラコはお昼ご飯を食べて、メイドに云ってみた。「あの」
「はい、キャラコさま」
「……外に出たいんですけれど。庭じゃなくて、外に」
「申し訳ございません、主のゆるしが出ておりませんので」
主というのはロッツだろう。ロッツは人攫いを尋問するのに忙しいらしく、あれ以来一度もキャラコの前にあらわれていない。ニッシェは、日に一度、キャラコの様子を見に来ていた。
「どうして外に出られないんですか……」
声が震えた。キャラコは生来、気が弱い。毒舌はキャラであって、キャラコではない。
メイドは微笑みを絶やさない。「キャラコさまご自身の身の安全のためと聴いております。人攫いに逆恨みされているでしょうから」
「……そうですか」
その可能性は、キャラコだって解ってはいる。だが、ここにずっと閉じ込められているのも、同じくらい危険な気がするのだ。単なる勘に過ぎないけれど。
しかし、騒ぎを起こして逃げたら、軟禁の理由を与えてしまう。キャラコは捕まりたくないし、もう戦いはこりごりだった。
かといってキャラコは策を思いつけないのだった。
午后遅くにニッシェが訪ねてきた。ニッシェは相変わらず、綿のドレスに麻のローブだ。ロッツはそれなりに位が高いようなのに、その婚約者のニッシェは田舎娘そのものな格好である。ロッツはニッシェの格好に口出しせず、ついでにニッシェは可愛いドレスやなんかに興味がない、ということのようだ。
ニッシェはメイド達をさがらせた。ロッツさまからの伝言なので、あなたたちには聴かせられません、と云って。
キャラコはびくびくして、ニッシェの言葉を待った。
ニッシェはメイド達がいなくなったことを確認して、突然キャラコの腕をとり、寝室へ連れて行く。「ニッシェさん?」
「荷物、まとめて下さい。キャラコさん、収納空間持ちでしたよね?」
「はい……」
ニッシェはクロゼットを開け、懐からとりだした布鞄に、キャラコのために用意された服を詰め始める。下着すべてと、ドレス二枚、ローブ二枚をいれてしまうと、キャラコへ渡す。ニッシェはにこっとした。
「お金はどこですか?」
「あ。持ってます」
「じゃあ心配ないですね。それを収納空間へいれておいて下さい。後必要なものは……」
ニッシェが寝室を出る。キャラコは、情況がよく解らないものの、鞄と、ニッシェが鞄に詰めなかった服と靴を、収納空間へいれる。
ニッシェの後を追う。ニッシェは困り顔で、メモらしい紙を眺めていた。
「にっしぇさん」
「キャラコさん、文字はまったく読めないんですか?」
頷く。ニッシェは、うーん、と首を傾げる。「困りましたね。これ、必要になりそうなものを、リストにまとめたんです」
ニッシェが手にした紙には、綺麗な模様が描いてある、とキャラコには見える。キャラコは、必要てなに、どうして服を隠れて持たないけんの、わたしどうなるん、と不安でいっぱいだったが、ニッシェへ云う。
「あの、わたし、記憶力はそれなりです」
「本当ですか?じゃあ、覚えて下さい」
ニッシェは一瞬の迷いもなく、リストを読み上げはじめた。それは、なんというか、キャンプへ持っていくものみたいだった。火打ち石、火口、油紙、ビスケット、干し肉、小刀、毛皮のローブ、など、など……。
キャラコは念のために、リストをもらった。ニッシェは噛んで含めるように云う「キャラコさん。あなたはとてもいいかたです。だから僕もロッツさまも、あなたに辛い思いはしてほしくないんです」
「……はあ」
「格闘姫というのはめずらしいです。誰かからそのことがもれてしまいました。このままだとキャラコさんは、神聖公に利用されます」
ニッシェはぺろっと舌を出す。「今の、誰にも云わないで下さいね」
「はい……」
解らないが、多分、キャラコの職業がめずらしいから、偉いひとのところへ連れて行かれるかも、ということだろう。そして、そうなれば飼い殺しだ。
ニッシェは小さく頷く。
「はやければ今夜にも、都からのつかいが来るでしょう。僕らはそのひとに、キャラコさんを会わせたくありません」
「……はあ」
「なので、キャラコさんは逃げて下さい。僕もロッツさまも気付かなかったことにします。メイド達は、多分すぐに眠ってくれるので……」
ねむる?
きょとん顔のキャラコに、ニッシェはくすっとした。
「おやつに眠り薬を振りかけてきたんです。僕、眠り薬づくりの腕は、ディファーズで一番なんですよ」
……こわ。
ニッシェはキャラコに、自分のローブを羽織らせる。
「ここをでて、向かって左へ行って下さい。西門なら、キャラコさんの顔を見た門衛はいませんから、気付かれずに町を出られます。さっき云ったものは、この町では揃えないほうがいいです」
「はい」キャラコは頷く。「解りました」
「それじゃあ……キャラコさん、あなたに修復者の加護がありますように。ロッツさまと僕は祈っています」
ニッシェはにっこりして、キャラコの手を両手でとった。
キャラコは低声で礼を云い、廊下へ出た。格闘姫、は、やっぱり云ったらいけんかった。もう、へまやなあ。
とりあえずラタイの町を離れるために、外へと走り出る。夕陽で真っ赤に染まる町を、慌てているとばれないよう、キャラコはゆっくり歩いた。魔物がいるかもしれない町の外でキャンプすることになる、と考えると胃が痛かった。