異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
四滝伽羅子は疲弊していた。
森のなかである。
ツィーカラットの町を出て、五日から六日。キャラコはさまよっていた。ひたすらさまよっていた。
街道を行けば、別のまちへ着く。それは理解していた。だから、最初は街道を歩いたのだ。
ニッシェは用意周到で、鞄の底に、乾パンの甘いやつみたいなものや、革袋にはいった塩をいれてくれていた。水は魔法で出せたから、はじめの一日はそれでしのげた。
ああ、どうしてあんなへまをしたんじゃろう。
キャラコはしゃがみ込んで、痛む足に恢復魔法をかける。魔力が足りていないのがひしひしと感じられた。傷が癒えない。
この数日、キャラコは川の水と、魚で命をつないでいた。ダイエットフードは食べたくない。基礎代謝を上げるという今となってはまったく嬉しくない効果がうたわれているから。
「……ばあちゃんに釣りをおそえてもらわんかったら死んじょったな」
おなかがすいたので、キャラコは収納していた魚をとりだす。芭蕉っぽい葉っぱで包んで焼いたものだ。収納空間内は時間がゆっくり流れているらしい。昨日焼いたものだが、熱々だ。
魚にかぶりついた。おいしい。
キャラコのばあちゃんは釣りというし、キャラコもそう云うが、正確には獲りである。川にはいって手で獲るのだ。キャラコの地元は田舎だから、川には魚がうようよ泳いでいて、片手でつかみとるのくらい容易い。
異世界はどうやら自然豊かなようだった。川にはいって暫く頑張ったら、20cm近い魚が沢山獲れる。
キャラコはそれを全部焼いて、収納していた。猪が丸々はいっているから、それを食べるという手もある。しかし、キャラコは刃物を持っておらず、従って解体できない。
キャラコは立ち上がり、歩く。泣くことはない。これ以上塩分を失ったら動けなくなると理解しているからだ。
森はざわざわと、生きものの気配であふれていた、街道がどこなのかが解らないから、キャラコはとりあえず川添いを移動している。川添いになら、多分集落がある。もとの世界ならじっと救助を持つだろう。でも、ここでは誰も助けに来てはくれないのだ。
キャラコは少しづつだけれど、着実に進んでいた。瞬発力はないが、キャラコは粘り強い。何時間だって歩くし、何時間だって待っていられる。
ラタイの町を出て一日くらいがたった頃、どうしても眠たくて、街道の傍でローブにくるまって、鞄を枕に寝てしまった。案の定、追い剥ぎにあった。枕がなくなってはっと目が覚めたら、小学校高学年くらいの少年達に取り囲まれていたのだ。
少年達は、垢染みた服に顔、まともに梳かしていないらしい髪をしていた。そして、全員が大振りなナイフを持って、キャラコを威嚇していた。
人攫いをぼこぼこにした時は、必死だった。猪を倒した時もだ。
でも、少年達を殴れる程、キャラコは気が強くない。ついでに数が多すぎた。何人か殴り倒せても、すきを狙ってナイフで刺されたらおしまいだ。
だから、その仕種が合っているのか解らないけれど、両手を挙げて武器を持っていないことを示した。
そうしたら、リーダと覚しい中学生くらいの少年が、とんでもないことを要求してきたのだ。脱げ、と。
少年達は、ぎらぎらした目でキャラコを見ていた。訊かなくても意図は解る。キャラコは逃げた。街道脇の森へ逃げ込んだ。
キャラコはついていなかった。駈け込んだ先には地面がなかったのだ。落ち葉が積もって地面に見えていただけで、キャラコの足は空を踏んだ。
落ちたのは覚えている。でもその後は解らない。キャラコは気を失った。
目が覚めたら、河原に打ち上げられていた。時間も方角も解らない。おなかが空いているからかなりたっているのだろう、とは思った。
キャラコはとにかく、服を一旦脱いでしぼり、流木で焚き火をして体と服を乾かした。それから服を着込んで、魔法で出した水を飲み、たべもの、と考えてあおざめた。鞄は盗られてしまったのだ。食糧はない。
キャラコは涙をこらえて川へはいり、魚を獲った。それを焼いて食べ、川添いに歩き出した。
そして今に至る。キャラコは疲れていた。とても疲れていた。
森はくらく、時間がはっきりとは解らない。
眠くてあしが動かなくなったら、頑丈そうな木にのぼって、かづらで体を枝に固定し、眠った。生きものの気配で眠れないなんてことはない。キャラコの実家はもっとずっとにぎやかだった。
用足しはその辺で穴を掘って済ませたし、魔法で水を出すのが巧くいかないから川の水を掬って飲んだ。鍋が欲しい。たまに川にはいって体を洗った。あたたかいお湯に肩まで浸かりたかった。
魔物と交戦することも少なくはない。大体、キャラコが軽く一発殴ったら逃げていく。疲れ切って腹が減った状態で、まともに戦えはしない。逃げてくれるのはありがたかった。大きい猫みたいなのとか、顔がこわい兎だとか、ナイフがなければ食べられないようなのばかりだったし。
いつになったら町に着くのか、解らなくても歩くしかない。キャラコは髪振り乱し、足の裏をまめだらけにし、目を血走らせて歩き続けた。異世界で野垂れ死んでたまるか。わたしは、もとの世界に戻って、脚光を浴びるんじゃ。アイドルとして!!
だが、幾ら気合いがあっても、何日も魚だけしか食べずにひたすら歩き続けるのは無茶な話だ。つけはまわってくる。キャラコは坂道を巧く下れずに、あしがもつれて転がり落ちた。
死ぬる。
「だいじょうぶ?」
目を開けた。
キャラコは跳ね起きる。今……。
「よかった。生きてるね」
仰いだ。
白いローブ、と云うか、羽織?が、見えた。それに、幅のひろい刃物を佩いている。
若い男だ。
男は屈み込む。手を差し出された。
「おなかすいてない?食べものあるよ」
俺キョウスケって云うんだ、と男は笑った。