異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
リューのお誘いは笑って断った。行きたいお店あるのうふふ、と。まああれだ。化粧品とかエステとかそれ系であることは匂わせておいた。ほんとは食料品ですけどねー!
あ、でも、サローちゃんの薬工房は行こうかな。新装開店な訳だし、ご祝儀でなにか買おう。嘔吐剤とか。
リューは大通りの結構北まで送ってくれて、じゃあまた明日の晩、と俺の頬に口付けて帰っていった。うー寒気がする。
こばしりで四月の雨亭へ戻る。厨房は真っ暗で、だあれも居ない。セロベルさんも、サッディレくん達も、まだ戻っていないのだ。すぐに全部の魔物の死骸を還元できるわけではないのだろうし、となると、セロベルさんは暫く戻ってこないかもしれないな。
翌11月5日。試験の日だ。
俺は朝はやくに目が覚めてしまって、身繕いをして厨房へ向かった。昨夜遅くに戻って、多分三時間も寝てない。日も昇っていないし、空気はひんやり冷たかった。
厨房には先客がいた。ジーナちゃんと、グロッシェさんだ。
ふたりは席について、低声で喋っていた。俺は一瞬ためらったものの、厨房へ這入る。「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
ふたりは湯気のたつマグを、両手で包んで、寒そうだった。かまどにもオーブンにも火ははいっていないし、ふたりとも寝間着に化粧着姿だ。
「お茶?」
「ええ。マオに教わった、香辛料を沢山いれるやつよ。牛乳はないけれど、試してみたの」
「いいね」
「マオも飲む?」
もらおうかな、というと、ジーナちゃんはティーポットにお茶の葉やスパイス類をいれ、魔法でお水を出して注ぎ、魔法であたためている。これができたらなあ。
俺はオーブンへ火をいれ、かまどでお湯をわかす。手をよく洗ってから、ボウルに小麦粉とお水、元種、お塩をいれて混ぜる。ぬるま湯ができているお鍋を火から外して、ボウルの底をつけ、発酵を促す作戦に出た。寒さがきついので、なかなか発酵しにくいだろうという判断。
手を洗っていると、甘くてスパイシーな香りが漂いはじめた。ジーナちゃんがマグを用意し、黒砂糖の塊をころころといれる。そこで、煮出されたお茶を注いでいた。おいしそう。
「マオ、できたわ」
「ありがとう」
席に着いた。マグを両手で包み込む。「あったかいね」
「ええ」
「朝ご飯、なにがいい?」
「そうね……なんだか胸が詰まって。なにを食べたいか、よく解らないの」
ジーナちゃんは小首を傾げ、お茶をすすった。
「グロッシェさんのおかげで、不安なのは多少、なんとかなったの。でも、すごく、……落ち着かない」
緊張しているらしい。例年と比べて、試験はとても長引いているみたいだし、つまり今回が最終試験かもしれないのだ。緊張しても当然なのだろう。