異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
お茶の時間が終わって一息ついていると、お隣からお遣いのひとが来た。中庭側の出入り口傍に立ったそのひとを見て、啞然としてしまった。
リエナさんそっくり。なんだけど、体重はだいぶ軽そう。身長は同じくらいで、マッシュルームカットの、がらす片みたいなゆらゆらするピアスをつけた、男性。リエナさんを男にしたらこんな感じかな、と云う顔をしている。
セロベルさんが何故か後退った。「よう、ヴァート」
「どうも」
リエナさんのそっくりさんは、ぺこっと頭を下げ、きょろきょろして、俺に目をとめる。「えっとー、マオさんですか」
「はい」
流石に声は違うなあ。でも、高さが違うだけで、似ている。
ヴァートさんはほっと息を吐いて、まくった袖にはさんだ紙をとり、開く。
「えーと。明日の食事のことで、リエナがつくるので手伝ってほしいそうなんです」
「あー、はい、そうでしたね」
きょとん顔のセロベルさんを振り返る。「リエナさんから相談されてたんですよ。式のお食事のこと」
「ああ……そっか」
うん?セロベルさんやグロッシェさんは、食事を誰が用意するのかに関わらなくていいのか?
ヴァートさんとグロッシェさんで普通に話が進んでいるので、問題ないのかな。この世界の常識がないもので、解らない。
ヴァートさんとグロッシェさんが紙を見ながらあれやこれやと相談して、とりまとめてくた。俺の出張費用は銀貨20枚だ。材料費はすべてあちら持ち。
じゃあそういうことで、とヴァートさんが会釈してから帰って行く。セロベルさんがほっとした様子で壁から離れた。
「どうしたんですか、セロベルさん」
サッディレくんが尋ねる。セロベルさんは渋面をつくったが、グロッシェさんがころころ笑った。
「セロベルは、あの子の匂いが好きなのよね」
「母さん」
「入山が決まったばっかりの頃に、あの子に嚙み付いて」
「かあさん!」
グロッシェさんがころころ笑う。セロベルさんは顔が真っ赤だ。サッディレくんが目をきらきらさせた。「えー、面白そうな話っすね」
「面白くねえ。かあさん、その話はもうやめてくれよ」
「あら……昨日、あの子が云っていたじゃないの?吃驚したけど、あなたが平謝りに謝るものだから、とっても面白かったって」
「それは、あいつがいいやつだから、庇ってくれただけで……」
セロベルさんは相当弱った感じで、耳をへたらせた。
グロッシェさんが話してくれた。入山試験にうかってすぐの頃、うかれたセロベルさんはリエナさんのお家にもその報告へ行き、当時から働いていたヴァートさんに嚙み付いてしまった、のだそう。前々からいい匂いだと感じていて、我慢していたのが、試験にうかった喜びでたががゆるんだ。しかも、鼻に嚙み付いたのだとか。
セロベルさんは項垂れて顔を覆っている。「へえー、セロベルさんもそんなことするんっすね」
「うるせえ」
「セロベルは自分のやったことに狼狽してしまって。泣きながら謝ったんですよ」
「ええー!」
サッディレくんとアーレンセさんが口許を押さえて笑っている。明日は結婚式だし、みんなちょっとのことで笑いが停まらなくなっている。俺にしたって、なんだかふわふわした、落ち着かない気分だった。