異世界に飛ばされたら適職が「魔王」しかない
菓子パンとクロワッサンをかごに盛って、テーブルへ持っていった。
「これもどうぞ」
「わあ」ミューくんがぱっと表情を明るくする。「旨そう」
「さっき、治療してくれたお礼だよ。好きなだけどうぞ。みんなも食べてね」
「マオ」
クロワッサンをもぐもぐしながら、ユラちゃんとヤーヌさんがやってきた。「わたしじゃ覚えられないから、サーパルティルク夫人にくわしく教えなさい。紙に書いてもいいから」
「うん。ユラちゃん、ご飯食べないの?」
「そんな田舎の食べものは要らないわ」
ぷいっと顔を背け、ユラちゃんは席について、ゼリーとクッキーだけは確保した。お握りのお皿をリッターくんのトレイへ移して、食べものを無駄にしないところが可愛い。リッターくんは軽く会釈して、お握りをぱくつく。むむ、シアイルコンビは偏食傾向にある。ま、食べないよりずっとましなんだけどね。
「あ、これなかにクリームがはいってるよ、ジーナ」
「こっちはジャムだ」
「あら、この紫色のはなにかしら?」
楽しそうな声を聴きながら、ヤーヌさんと調理台のほうへ移動する。隅っこに羊皮紙を出して、鉛筆をとりだす。ついでに銀貨を複数枚とりだして、ヤーヌさんにこっそり渡した。ユラちゃんを示すと、ヤーヌさんはくすっとして銀貨を懐へ仕舞う。「ユラさまはとても羽振りがようございますでしょ」
「ええ、本当に」
俺もくすっとした。
「元種……というのは、なんですの?」
「えっと。シアイルでは、パンは発酵させますか?」
「さあ。わたくし、料理のことはさっぱりですから」
ヤーヌさんは頬に片手をあてて、小首を傾げる。ツァリアスさんがオーブンの灰を掻い出す。「シアイルでは、パンは発酵させるのとさせないのの半々ですよ」
「ああ、そうなんですね。じゃあ、種はある筈です。料理人に云えば解りますよ」
いいかたが違う場合も考え、材料リストに書き加える。元種の横に、パン生地を発酵させるもと、と。
ヤーヌさんにレシピを見せる。「ほかに、解らないものはありますか」
「……発酵バターとは、なんでしょう?」
香りがよくて日持ちしないバター、と付け加えた。ツァリアスさんがオーブンに薪をセットし、火をつけた。これからお茶の時間へ向けて、お菓子をつくる。
「ツァリアスさん、ありがとうございます。お昼ご飯どうぞ」
「はい」
ツァリアスさんはいそいそと、菓子パンを複数抱えて、食堂へ行った。シアイル人に菓子パンうける説。
「マオさん、かわったお菓子もつくれて、凄いですわあ」
「いえいえ」
「ご職業は、菓子職人でらっしゃるのかしら?」
ヤーヌさんにのんびりと訊かれると、つい魔王ですと口走りそうになる。危ない危ない。俺は笑顔で、口を噤んだ。