【本編20万字完結】カストラート 〜傾国の歌劇(オペラ)〜【幕間更新あり】
「オーギュストの母親であるブルネッタ夫人が、突然反乱軍の本陣に現れたとのことです!夫人は、我が国の最高権力者――すなわちカース様の真の恐ろしさを身を以て知る者として、息子へ『これ以上の反抗は全軍の破滅を招く、今すぐ剣を収めなさい』と涙ながらに制止をかけた模様です!……しかし!」
伝令の兵士はそこで一瞬、言葉を詰まらせた。
そして、まるでその場にいることすら恐ろしいと言わんばかりに、ガタガタと細かく震えながら僕を見つめる。
「……それに激昂したオーギュストが、『大義の邪魔をするな』と、実の母親であるブルネッタ夫人を……その手で、容赦なく刺殺いたしました……!」
「――え……?」
声を発したのは、僕だっただろうか。
それとも傍らにいたミハイルだっただろうか。
作戦室内の空気が、一瞬にして完全に凍りついた。
『嘘……でしょ……?オーギュストが、ブルネッタを……?たった一人の、自分の母親を……!?』
脳内の『私』が、悲鳴のような、あるいは絶望のような衝撃の声を上げる。
視界が、ぐにゃりと一瞬にして歪んだ。
かつて、親の歪んだ愛を求めて狂い、最愛の母上を殺した僕の弟、ジュリアス。
そして今、そのジュリアスの血を引く息子オーギュストが、同じように、自らの野望と狂気のために、実の母親の命をその手で奪った。
これは一体、何だというのだ。
神が僕に与えた、最悪のあてつけか。
それとも、あの日、僕とジュリアスが始めた『親殺し』の呪いは、世代を超えて、この忌まわしき血脈が絶えるまで永遠に繰り返される、狂った輪舞曲だとでも言うのだろうか。
「オーギュスト……。君も、僕たちと同じ地獄へ来るんだね」
頭を抱えたまま、僕は小さく、乾いた絶望のため息を漏らした。
実の母親の血でその両手を染め、引き返せない完全な化け物へと覚醒した、僕の甥。
僕は、自らが始めた血塗られた歴史の因果が、最悪の、そして最も残酷な形で目の前に立ち塞がったことを深く悟り、暗い決意を秘めた瞳で、赤く染まりゆく戦況図を見つめ直すのだった。