【本編20万字完結】カストラート 〜傾国の歌劇(オペラ)〜【幕間更新あり】
内乱を完璧に鎮圧し、呪われた血脈の全てを断絶させた僕は、王と国を破滅から救った偉大なる英雄として、王国全土の国民から熱狂的に支持されていた。
教皇庁からは、ついには『生きる聖人』への列聖を打診されるまでに至る。
だが、僕はその最高峰の名誉を、ただ冷徹に、そして頑なに固辞し続けた。
『聖人だなんて、最高の皮肉ね。実の父親をギロチンに送り、弟を地下牢で嬲り殺し、その息子である甥の首まで撥ねた男が、神の聖座に数えられるなんて……地獄の悪魔だってお腹を抱えて大爆笑するわよ』
脳内の『私』が、自嘲気味に、どこか寂しげに呟く。
((ああ、本当にその通りだ。僕の手は、もうこれ以上ないほどに身内の血でドロドロに汚れているんだ。聖人の光なんて、僕のこの暗い罪悪感を炙り出すだけの、不快な熱でしかないよ……))
僕は内乱の容赦なき戦後処理と、次世代へ国政を完全に引き継ぐための法整備のすべてを終えた。
これで本当に、僕のやるべき仕事はすべて終わった。
「カース、本当に行ってしまうのか……?朕には、まだまだそなたが必要なのだぞ……」
「我が王、貴方様はもう立派な名君です。これからは貴方様ご自身の足で、この新しい国を歩んでいってください」
立派に成人した王や、国中の国民から涙ながらに惜しまれつつも、僕はすべての役職を辞して政界を引退した。
これからは、僕から全てを奪った中央の権力闘争からも、教皇庁の歪んだ美の檻からも離れ、ただ一人の人間として生きていこう。
愛する妻アイシャと、僕たちの宝物である可愛い養女を連れて、誰も僕の血塗られた過去を知らない、遠い田舎へ引っ越すことを決めたのだ。
「カース様、本当に素敵なところですね。潮の香りがして、心が洗われるようです」
「お父さま、見て!お魚が跳ねたよ!」
アイシャが優しく微笑み、ジジが僕の手を引いて無邪気にはしゃぐ。
僕たちが終の棲家として選んだのは、王国の遙か辺境にある、トロペイアという名の小さな町だった。
そこは、荒々しい岩肌と白い波飛沫が交錯する、海沿いの崖の町。
王都のようなきらびやかな宮殿もなければ、豪華な馬車も、華やかなドレスの裾を引き摺る高貴な夫人たちもいない。
ただ、一日の終わりに世界を美しい黄金色に染め上げる夕日が、どこまでも続く水平線へと静かに沈んでいく。
それだけが息を呑むほどに美しい、平凡で、ただただ静かな田舎町だった。