【本編20万字完結】カストラート 〜傾国の歌劇(オペラ)〜【幕間更新あり】
((僕たちと同じ轍は踏ませない。僕たちを狂わせ、狂気に狂気を重ねさせたあの血の地獄には、この子だけは絶対に近づけさせないんだ))
僕たちの可愛い養女、ジョヴァンナ・スピリトは、僕とアイシャから「ジジ」や「ニーナ」という愛称で呼ばれ、両親の過保護なほどの愛情をその小さな身体に一身に受けて、このトロペイアの美しい自然の中で健やかに育っていった。
だが、彼女は成長するにつれ、僕と脳内の『私』の想定を遥かに超える、異様なほどの輝きを放ち始める。
「ねえ、お父さま。この楽譜のここ、少し退屈だわ。私ならもっと劇的な転調を入れるけれど、どう思う?」
「……ジジ、君はまだ七歳だよ?そんな複雑な和声をどこで覚えたんだい?」
彼女には、僕にも劣らない天才的な音楽の才能が眠っていたのだ。
だが、それだけならまだ良かった。
本当に恐ろしいのは、かつてジュリアスを破滅へと追いやったブルネッタ夫人を思わせる、大人たちの顔色を完璧に読み切る狡猾なまでの高い知性が、その若さで備わっていたことだった。
さらに、僕の豊富な資産を惜しみなく注ぎ込んで王都から雇い入れた一流の家庭教師たちがつき、最高峰の教養を完全に吸収したことで、彼女の内に眠る恐るべき才能は瞬く間に開花していった。
やがて、小さな崖の田舎町には持て余すほど、息を呑むほどに美しく成長したジョヴァンナ。
彼女は、いつしかこの平穏で退屈な海を『狭い』と感じるようになっていた。
「——お父様、お母様……。私、いつまでもこの小さな町で、お魚の数を数えて一生を終えるつもりはないわ——」
ある日の夕暮れ、水平線を見つめる彼女の瞳には、かつて僕が王都の頂点へ駆け上がろうとした時と全く同じ、ギラギラとした剥き出しの野心が宿っていた。
『……デジャヴね、カース。あの子のあの目、あの才能、あの賢さ……。まるで、かつてのあなたを見ているようだわ。運命の神様って、本当に悪趣味な脚本を書くのね』
脳内の『私』が、戦慄を隠しきれないといった様子で冷や汗を流す。
((ダメだ、それだけは絶対に駄目だ……! あそこには、トラッドの呪いが、僕たちの流した血の匂いがまだ染み付いているんだ……!))
僕の胸に去来する激しい不安を他所に、美しい愛娘は、すべての栄華が優雅に渦巻く約束の地――王都での成功を夢見て、その大いなる翼を静かに広げようとしていた。