リグ・ヴェーダ 詩訳 ― 火の神が歌う世界の始まり
1
【アガスティヤ】
今日は何もなく、
明日も何もない。
誰がこの神秘を理解できようか?
我らは他者の考えに応えねばならず、
その時、我らが抱いた希望は失われるのだ。
2
【アガスティヤ】
マルートたちは汝の兄弟なり。
インドラよ、なぜ汝は我らの命を奪おうとするのか?
友愛の情をもって彼らと合意し、
戦いにおいて我らを殺すことなからんことを。
3
【マルート群】
兄弟アガスティヤよ、
我らの友である汝は、なぜ我らを軽視するのか?
我らは汝の心の性質を知っている。
真実に、汝は我らに何も与えてはくれまい。
4
【アガスティヤ】
人々に祭壇を準備させよ、
正面に火を点じさせよ。
我ら二人はここで、汝のために祭品を広げよう、
不滅の者がそれを見届けることができるように。
5
【アガスティヤ】
富の主よ、汝はあらゆる宝の主なり、
友らの主よ、汝は己の友らの最良の支持者なり。
インドラよ、マルートたちと優しく語り合い、
適切な季節に(しかるべき時に)、奉納物を味わい給え。
解説
第170讃歌は、大聖仙アガスティヤ、主神インドラ、そして暴風神マルトたちの間で交わされる全5節の劇的な対話歌です。
アガスティヤがマルトたちに捧げようとした奉納品を、主神インドラが強奪しようとしたことから生じた緊張関係が描かれています。「今日は何もなく、明日も何もない。誰がこの神秘を理解できようか」という切実な冒頭から始まり、神々と人間、そして神々同士の対立と和解の模索が繰り広げられる、異彩を放つ緊迫の一曲です。
全5節というコンパクトな構成の中に、ヴェーダ神話屈指の劇的瞬間である「インドラとマルトたちの奉納品を巡る争い」と、それを仲裁する大聖仙アガスティヤの高度な駆け引きが凝縮されています。
* 1–3節:失われた希望と、神々・人間の緊迫した対峙
1〜3節では、アガスティヤがマルトたちに捧げるはずだった祭品を、最高神インドラが力づくで奪い取ろうとしたことによる絶望が語られます。アガスティヤは「マルトは汝の兄弟ではないか」とインドラの暴走を制止しようとし、一方でマルトたちからは「なぜ自分たちを後回しにするのか」と詰問されます。
* 4–5節:火を点じ、神々の和解を導く聖なる仲裁
4〜5節では、アガスティヤが直ちに祭壇を整えて火を点じ、インドラとマルトたちの双方が納得する形で奉納分を整えます。インドラに向かって「マルトたちと優しく語り合い、しかるべき順序で祭品を味わってほしい」と諭すことで、神々の間の致命的な対立を見事に回避させて締めくくられます。