電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない
AGマギクラフト出張所、朝。
レナは、デスクの上に魔導映像盤を並べていた。
三十枚以上。木製の薄い盤に、JIS規格の認証印が押されている。MO-7、十二インチ、再生時間二時間。
その中から、十二枚を選んでいた。
「……これと、これと、これ」
ぴこ、とフェネクが視覚センサーを傾けた。
『資料の最終確認ですか、レナ』
「うん。お父さん、今日の午後来るから」
『構成は、AGマギクラフト本社のプレゼンテーション規定第七版に準拠していますね』
「うん、完璧だと思う」
レナは、表紙をもう一度見た。社章の下にこう印字されている。
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【迷宮都市第十七管区 自然遺産保護提案】
〜ダイナモンキー文化圏の保全可能性について〜
起案:AGマギクラフト・コーポレーション迷宮都市出張所 レナ・カーシュタイン
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「……起案、って、なんかこう、ちゃんとしてるよね」
『はい、レナ』
レナは、デスクの上で両手をぐっと握った。
(……お父さんは技術者だから)
(……感情論だけでは、動かない)
(……だから、事実と映像で押す)
フェネクが、ぴこ、と鳴いた。
『レナ』
「ん?」
『念のため、ご確認いたしますが……ダイナモンキーは、文化財保護院の管轄範囲に含まれているのでしょうか』
「……あ、それは」
『モンスターは、原則として文化財ではなく「自然生息資源」として別の所管に分類されています。レナがご提案される「自然遺産」枠は、現行制度では……』
「フェネク」
『はい、レナ』
「今、それ、聞きたくない」
『……』
『承知しました、レナ』
レナは、もう一度表紙を見た。
「大丈夫……ダイナモンキーと人間の文化、二つの境界は、とても曖昧になっているから……勢いで、押す」
『はい、レナ』
ぴこ、とフェネクはもう何も言わなかった。
***
午後。国営電力会社、第十七管区オフィス、応接室。
ノックの前に、ヘルマンがぽつりと言った。
「お嬢さん」
「はい」
「気張るな」
「……はい」
「すぐ終わる」
「……はい」
ヘルマンの声は、いつもより少しだけ低かった。革のジャケットの襟を整えてから、ノックを三回した。
「失礼します」
ドアの中で、椅子が軋んだ。
「入りなさい」
その声が、応接室の空気をざわりと撫でた。
レナはドアを押した。
応接室は、思っていたより簡素だった。
長机が一つ。革張りの椅子が四つ。窓の外には第十七管区の整然とした送電線が見える。コンビニの看板も見える。
電線天蓋の下、コロナ放電が紫色にちらちらと光っている。
机の向こうに、父が立っていた。
国営電力会社、世界システム事業部、対策本部長、カーシュタイン。
スーツの仕立ては、王都のいつもの店のもの。眼鏡のフレームが十年前と同じだった。
「久しぶりだな、レナ」
「……お久しぶりです、お父さん」
レナの声がわずかに上ずる。父の声は堅い。けれど優しい、敵意はない。
ヘルマンが無言でレナの隣の椅子に座った。父も机の向こうに座る。レナも座る。
机の上に、すでに茶が置かれていた。湯気がまだ立っている。
レナは、深呼吸を一つした。それから抱えてきた資料の束を机の上に広げた。
「お父さん」
「ああ」
「本日は、迷宮都市第十七管区・自然遺産保護提案について、ご提案させていただきたく、お時間をいただきました」
父がわずかに眉を上げた。
「……提案?」
「はい」
レナは、魔導映像盤を投影器に差し込んだ。応接室の壁に、最初の映像が映し出される。
投影器が低く唸る。MO-7規格のベルト駆動の音。カチ、とリレーが切り替わった。
――一枚目。
魔石市場の通りの上空。屋台のおじさんが地面に落ちた野菜くずを、ぽいっと投げる。電線からするすると降りてきた毛むくじゃらの小さな手が、それをひょいと拾う。尻尾の先で、ぽわっと青いLEDが灯る。屋台のおじさんは振り返らない。
「これは、市場の風景です。ダイナモンキーは迷宮都市の市民から愛されています。共存関係が二百年以上続いています」
父は、頷きもせず画面を見ていた。
――二枚目。
ゴミ捨て場。一頭のダイナモンキーが壊れた扇風機を引きずり出している。
手慣れた様子で外装を外す。中の銅線を巻き直して、自分の尻尾に絡めていく。
「彼らは人間が捨てた家電を再利用しています。リサイクル文化です」
父は、まだ何も言わない。
――三枚目。
電線天蓋の上。一頭のダイナモンキーが、抜け落ちた仲間の尻尾を一本ずつ繋ぎ合わせている。その横で、別の一頭が銅線の被覆を歯で剥いている。
レナの撮影時の声が、映像にかぶる。
『見てください! ちゃんと、黄色の圧着レンチで、スリーブを圧着接続し、エフコ一号の上から絶縁ビニルテープを、ハーフラップで巻いています! えらい!』
レナの現在の声が、それを追いかけた。
「えっと……黄色の圧着レンチでスリーブを圧着接続し、エフコ一号の上から絶縁ビニルテープをハーフラップで巻いています。絶縁処理としては、完璧です」
父がゆっくりとヘルマンの方を見た。
「……ヴァイス棟梁」
「ん?」
「これは王都の正規の工法ではありませんか」
「……そうだな」
「これをダイナモンキーが自然に覚えた、と?」
ヘルマンは、しばらく黙っていた。
「自然と人為の境目は、難しいな」
父はふっと息を吐いた。それからレナの方を向き直した。
「レナ」
「はい」
「お前が撮影のために芸を仕込んだんじゃないよな?」
「ち、違います! 私がここに来たのは半年前です! この映像のダイナモンキーたちは、もう何年も前から、こうやって配線をしているんです!」
「……ヴァイス棟梁」
「……」
「あなたではないですよね」
「……」
ヘルマンは答えなかった。
ヘルマンの革のジャケットの肩が、ほんの少しだけ強張ったように見えた。レナはそれを視界の端で捉えた。捉えたけれど、意味はわからなかった。
――四枚目。
森の奥。電柱の端子に、ダイナモンキーが電線を接続している。バチッ、と火花が散る。けれど電気属性モンスターの彼らは慣れた様子で作業を続ける。彼らの引いた電線は、森の奥へと伸びていく。
――五枚目。
ケーブルの先には、森の開けた空間がある。古い扇風機が一台回っていて、三頭のダイナモンキーがその風の前でぐでーんと寝そべっている。一頭が尻尾の先のLEDをふわふわと揺らしている。
「夏は、こうやって扇風機を回しています。時にテレビを見て、時にレンジで食べ物を温めて、冬はイルミネーションを灯します。彼らは紛れもなく、文化を持っています!」
ちなみに、彼ら雷野人系モンスターは、体内の電気を使用することによって発熱しているので、暖房はいらないのだった。
父は、しばらく画面を見ていた。それから静かに言った。
「レナ」
「はい」
「これは見事な観察記録だ」
「ありがとうございます!」
「だが、提案の結論を聞かせてくれ」
レナは息を整えた。それから勇気を振り絞った。
「ダイナモンキーを、自然遺産として保護してください!」
「……自然遺産」
「はい! 国営電力会社の権限で、ダイナモンキーの生息域と、彼らが利用している電線網を、文化財として指定するんです! そうすれば撤去対象から外せます!」
父はしばらく黙っていた。
「……それから?」
「『盗電』という扱いも見直してください! 文化財として保護されている動物が、文化的活動の一環で電力を使っているのなら、それはもう盗電ではありません!」
「……」
「このままでは、ダイナモンキーたちが『盗電の正当性』を失います!」