未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――
翌日、最初の調査都市へ向かう途中で一行は軍用補給所へ立ち寄った。
石造りの倉庫群の一角に、前線から回収された有線魔力電話が山積みになっている。黒い受話筒、重い変換箱、泥まみれの線材。断線箇所には赤布が結ばれ、その数は一台につき一ヶ所では済んでいなかった。
「これが47件分もあるのか?」
レイルが聞く。
案内した通信兵が苦笑した。
「全部じゃありません。修理できた分はもう前線へ戻しています。ここにあるのは、線材ごと交換が必要なものです」
ロッテは箱の蓋を開けるなり、他の全員を押しのけた。
ぶっきらぼうな職人顔のまま、指先だけが忙しい。
「変換板は生きてる。受話部も問題なし。死んでるのは外線と、線が切れた時に逆流した保護抵抗だ。これなら線を捨てる方が早い」
「簡単に言いますね」
セレネが覗き込む。
「簡単じゃない。面倒だからやるんだよ」
ノアは別の箱から音声変換板を外して、光へ透かした。
「有線式は、魔力波を線材内へ閉じ込めることで減衰と混線を抑えています。空間へ放つなら、まず信号へ識別情報を付ける必要があります」
「番号?」
アルドが問う。
「近いです。誰宛てか、どの回線か、どこからの送信か。全部同じ波形で飛ばせば、周囲の受信器が一斉に鳴きます」
リィナが壊れた受話筒を耳へ当てた。
「それはちょっと想像すると面白いかも」
「戦場だと最悪ですよ」
フィアが即座に返す。
「敵の『突撃!』と味方の『撤退!』が仮に混線した場合、記録訂正では間に合いません」
レイルは机へ紙を広げた。
「役割を分けよう。俺は外部魔力槽と安全終了。通信が途切れた時に端末側で術式を閉じる。セレネは音声を魔力信号へ変換する部分と回線分離。ノアは圧縮と減衰、白環干渉の対策」
「私は筐体、回路、排熱、壊れた時にどこを先に切るか」
ロッテが言う。
「フィアは?」
「通信記録です。送信時刻、送信元、受信確認。後で『言った』『聞いていない』を減らします」
「ニアは照合と試験ログを取れ」
少女型ニアが腕を組む。
『また補助ですかあ』
「不満なのか」
『ナビ以外モ検討希望』
レイルは一度、ニアを見た。
以前なら「何をしたい?」と聞いて終わっていたかもしれない。今のニアは、王核大陸以来ずっと人の会話を記録し、形態を選び、猫型を捨てさせようとした白環杭を拒んだ。
「じゃあ、通信試験で異常を見つけた時、停止提案だけじゃなく、許可済みの範囲で回線切断まで任せる案を作ろう」
ニアの輪郭が一瞬だけ明るくなる。
『記録シマシタ』
ノアが横目で見る。
「レイル。今、かなり大きな権限変更を軽く言いましたね」
「まだ案だ。安全条件を作る」
「その前置きなら許します」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
問題は電源だった。
術者本人の魔力を使えば試作は早い。しかし、それでは魔力の少ない兵士や、魔法を扱えない一般人へ広げられない。
レイルは補給所の奥から、小型の【分圧蓄魔槽】を一つ借りた。
「これをさらに小さくする」
ロッテが鼻で笑った。
「言うだけなら簡単だけどねぇ」
「通信は高出力いらないだろ?」
「容量より問題は重量と交換口だ。現場で兵士が手袋したまま差し替えられないと意味がない」
リオンが即座に帳簿を開く。
「交換式にするなら規格を統一しましょう。大きさが部隊ごとに違えば補給が死にます。予算は――」
「まだ一台もできてません」
セレネが止める。
「だから今決めるのです!」
「リオンは意思決定が早いのか遅いのか分からないな」
レイルが言うと、リオンは胸を張った。
「資金だけは未来へ前借りできます!」
「できない時もあるだろ?」
「では契約でできるようにします!」
ノアが小さく笑った。
「この班、完成前に周辺設備だけどんどん増えますね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「主に共同研究者の皆さんです、共同責任でしょ」
セレネは有線電話の回路図へ新しい線を書き込んだ。
「まず、二台から試しましょう。距離20メートル。壁一枚を挟み、音声だけ通信。回線は一つ。暗号化なし。これ以上は増やしません」
レイルの口が動く。
「でも傍受されたら――」
「最初から全部入れたら永久に完成しません!」
セレネは彼の目を正面から見た。
「第1号は、声が届けば成功です。第2号で混線。第3号で距離。第4号で暗号。順番にやっつけていきましょう」
その言い方に、レイルは少しだけ黙った。
(順番にやっつける、か)
前なら完成品を一度で作りたかった。失敗しないだけの準備をしてから始めたかった。
だが、今は失敗を記録して次へ回せる仲間がいる。
「分かった。第1号は20メートル。声が届けば成功だな」
ロッテが工具箱を開いた。
「じゃあ手を動かしてよ。口だけ飛ばしても通信にはならないわよ」
一行が線のない魔法の電話を作る作業は、その日の夕方までずっと続いた。