魔王が滅ぶその日まで
次の瞬間。
世界が、変わった。
「……えっ……」
フィオナは思わず息を呑む。
何もなかった空間に、小さな光が無数に浮かんでいた。
白でもなく、青でもない。
透き通るような淡い輝きを放つ粒子。
それらは静止しているわけではなく、空気の流れに身を任せるように、ゆっくりと漂っていた。
「……きれい……」
手を伸ばす。
指先をすり抜けるように、粒子は形を崩し、また元へ戻る。
触れられそうで、触れられない。
そんな不思議な存在だった。
「これが……魔素だよ。」
隣でアレフが穏やかに微笑む。
「世界は、常に魔素で満たされている。」
フィオナは部屋を見渡す。
木の机にも。
椅子にも。
壁にも。
天井にも。
目には見えないはずだった魔素が、静かに世界を満たしていた。
「外も見てごらん。」
アレフに促され、窓へ近付く。
「……っ!」
思わず声を漏らした。
森全体が淡い光に包まれていた。
木々の葉の隙間を縫うように魔素が漂い、風が吹くたび、光の粒が波のように揺れる。
草花の周囲には、特に濃く魔素が集まっている。
まるで自然そのものが、静かに呼吸をしているようだった。
「すごい……。」
フィオナは窓に手を添えたまま、目を離せない。
今まで見えていた世界と、何一つ変わっていない。
それなのに、その全てがまるで別の世界だった。
「自然は、人よりも多くの魔素を蓄えている。
だから森や山は、魔法使いにとって特別な場所なんだ。」
フィオナは小さく頷く。
するとアレフが、自分の胸へ手を当てた。
「今度は、僕を見て。」
「え?」
「体の中を見てごらん。」
言われるまま視線を向ける。
その瞬間。
「……流れてる。」
アレフの身体の中を、光の筋がゆっくりと巡っていた。
血液のように。
川の流れのように。
淡い光が全身を絶え間なく循環している。
「魔素は漂うだけじゃない。」
アレフは静かに言う。
「生き物の体内では、こうして流れている。」
「これが……体の中の魔素……。」
「そう。」
そしてアレフは優しく微笑んだ。
「君自身も見てごらん。」
フィオナは恐る恐る、自分の腕へ視線を落とした。
「……あ。」
そこにも。
同じように。
細く、優しく。
光の流れが身体中を巡っていた。
胸から腕へ。
腕から指先へ。
足へ。
全身へ。
絶えることなく流れ続ける光。
自分もまた、この世界の一部なのだと、その光が教えてくれているようだった。
「アレフさん……。」
「どうした?」
「私の中にも……ちゃんとある。」
「もちろんだ。」
アレフは静かに頷く。
「漂う魔素は世界を満たす魔素。
流れる魔素は、生き物が体内で巡らせている魔素。」
そう言ってフィオナの胸元を指差す。
「魔法とは、その流れを操る技術なんだ。」