魔王が滅ぶその日まで
共同生活棟で迎える最後の朝。
いつもと同じように鐘が鳴り、朝食が並べられる。
パンと温かいスープ。
見慣れた食堂。
見慣れた顔ぶれ。
それでも今日は、誰もがどこか落ち着かない様子だった。
食事を終えると、管理人が静かに前へ出る。
一枚の紙を広げ、名前を読み上げ始めた。
「本日出発する者を伝える。」
共同生活棟は静まり返る。
「競売番号三十二、フィオナ。」
「はい!」
元気よく返事をする。
「行き先――ジャイラング王国。」
フィオナは少しだけ首を傾げた。
「王国……。」
名前は知っている。
けれど、どんな国なのかは知らない。
「競売番号三十三、ララ。」
「はい。」
「行き先――ジャイラング王国。」
一瞬、フィオナとララは顔を見合わせる。
「ララ!」
フィオナは嬉しそうに笑った。
「一緒だ!」
ララもほっとしたように微笑む。
「うん。」
「よかった。」
管理人は二人の様子を見届けると、再び紙へ目を落とした。
残る者たちの名前と行き先を、淡々と読み上げていく。
共同生活棟には、喜ぶ声もあれば、不安そうな表情もあった。
それぞれが、それぞれの新しい人生へ向かう。
⸻
荷物と呼べるものはほとんどない。
支給された着替えが一組。
生活用品が少し。
それだけを小さな袋へ詰める。
「忘れ物はないな。」
管理人が一人ずつ確認していく。
「ありません!」
フィオナは元気よく答えた。
⸻
共同生活棟の前には、何台もの馬車が並んでいた。
行き先ごとに分けられた馬車へ、順番に乗り込んでいく。
フィオナとララは同じ馬車だった。
乗り込む前、フィオナは振り返る。
毎日寝起きした共同生活棟。
みんなで食事をした食堂。
洗濯や炊事をしていた建物。
ずっと見慣れてきた景色だった。
老人たちや管理人、そして今日もこの場所へ残る人たちが静かに見送っている。
「元気でね。」
年配の女性が優しく声をかける。
「はい!」
フィオナは大きく手を振った。
「行ってきます!」
ララも深く頭を下げる。
「今までありがとうございました。」
馬車の扉が閉まる。
ゆっくりと車輪が動き始めた。
窓から見える共同生活棟が、少しずつ遠ざかっていく。
フィオナはその姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
やがて馬車は、アダー・ブロの高い柵を抜ける。
フィオナは思わず窓の外へ身を乗り出した。
どこまでも続く草原。
遠く連なる山々。
そして、自分が今まで見たことのないほど広い空。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
ララも窓の外を見つめ、小さく息をのんだ。
「世界って、こんなに広かったんだね。」
フィオナは静かに頷く。
「うん。」
その瞳は、期待と希望で輝いていた。
二人はまだ知らない。
この旅の途中で、小さな出会いが待っていることを。