レン
ある夕暮れ。
レンは目をきらきらさせながら、ことはのもとへ駆けてきた。
「ことは! 今日ね、みんなで仏像を見に行ったんだ!」
「まあ。それはよかったね。どんな仏様だったの?」
「えっとね、薬の神様がいて、その周りに、すっごくカッコいい仏像がいっぱい立ってた! みんな鎧を着てて、今にも動きそうだった!」
ことはは嬉しそうにうなずいた。
「それはきっと薬師如来様だね。」
「やくしにょらい?」
「うん。病気やけがだけじゃなくて、人の心の苦しみも癒そうと願っている仏様なの。」
「へえ……!」
「そして、その周りにいた鎧の人たちは、『十二神将』という、薬師如来様をお守りする将軍たちなんだよ。」
レンは思わず身を乗り出した。
「将軍!? やっぱりそうなんだ!」
ことははふふっと笑う。
「今日は、その中の一人、『因陀羅神将』のお話をしようか。」
「聞きたい!」
昔々、とても大きな国に、一人の王様がいました。
王様は強く、誰よりも勇敢でした。
でも、ある日思いました。
「私一人で、この国を守っている。」
すると家来たちは少しずつ口を閉ざし、本当のことを言わなくなりました。
困っている人がいても、
「王様がお決めになるでしょう。」
悪い知らせがあっても、
「あとで伝えよう。」
そんなふうになってしまいました。
ある夜。
王様は城の上から町を見下ろします。
灯りはたくさんあります。
けれど、どこか元気がありません。
そのとき、一人の旅人が現れました。
「王様。」
「誰だ?」
「国とは、一人で支えるものではありません。」
王様は笑いました。
「私は誰より強い。」
旅人は空を指しました。
「星は一つでは夜空になりません。」
王様も見上げます。
たくさんの星が、それぞれ違う場所で光っています。
「一本の柱では屋根は支えられません。」
「一本の糸では布は織れません。」
「一人の力では国は栄えません。」
王様は黙って聞いていました。
旅人は最後に言いました。
「本当に良い王とは、皆が力を出せるようにする人です。」
翌日から王様は変わりました。
困っている人の話を聞き、
家来に仕事を任せ、
町の人にも知恵を借りました。
すると不思議なことに、
王様一人で頑張っていた頃よりも、
国はもっと豊かになったのです。
旅人の姿は、もうどこにもありませんでした。
人々は言いました。
「あれはきっと、因陀羅神将が姿を変えて来られたのだろう。」
「へえ……。」
レンはしばらく考えていた。
「因陀羅神将って、強いだけじゃないんだね。」
ことははうなずく。
「うん。因陀羅という名前は、昔から『良き王』の象徴として語られることがあるの。」
「良き王?」
「自分だけが頑張る人じゃなくて、みんなが安心して力を出せるようにする人。」
「だから将軍なんだ。」
「そう。十二神将は戦うためだけじゃない。人々が安心して暮らせるように守る役目もあるんだよ。」
レンは今日見た仏像を思い出した。
厳しい顔。
力強い鎧。
でも、その怖そうな姿は、誰かを脅かすためではなく、病や苦しみから人々を守るためだったのだ。
「なんだか、もっとよく見てみたくなったなあ。」
ことははにっこり笑った。
「仏像はね、顔だけじゃなく、その願いを見るものなんだよ。」
レンも笑顔になった。
「今度会ったら、『ありがとう、因陀羅神将!』って心の中で言ってみよう。」
「きっと、その気持ちは届くよ。」
夕風がふわりと吹く。
遠い昔から人々を守る願いは、今日も静かに、誰かの心を支えていた。