召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、謎の宗教団体に潜入する
謎の宗教団体サモネル教団を調査することになった最神玲と物部かすみ。玲は、東京にある被害者の会の代表の元を訪れていた一方、かすみはと言うと、玲が東京に転移した翌日にコンタクトを取って来た人物と会うべく、米野市内にあるファミレスに向かった。勿論、ファミレスの近くに神社があったので、先ずはそこへ転移して、その後は自分のチャリを召喚してファミレスに到着したのだ。今日かすみが合う人物は、と言う名前の女性である。目印に首元に赤いスカーフを巻いています、という連絡を事前にもらっていたので、かすみはファミレス内でその人物を探した。すると、窓際の一番奥のテーブルにそれに該当する人物を発見したが、同時にもう一人男性が同席しているのを目にした。事前に同席者が居ることは伝えられていなかったかすみは少し怪訝な表情になり、それでも意を決してそのテーブルに近づいた。
「田中瞳さんですか?」
とかすみは尚も不審者を見る目つきで男性を睨みつつ、奥に座る女性の方に尋ねた。すると
「近藤恵子さんですか?」
と問われたので「はい」と答えた。かすみも玲と同じく、偽名を使って相手に接触することにした。そして、
「初めまして、私はこういう者です」
と言って田中瞳の隣にいた男性が立ち上がって、かすみに名刺を渡した。そこには[心理カウンセラー ]と書かれていた。心理カウンセラー?てっきりサモネル教団の者かと警戒したかすみだが、尤も相手も心理カウンセラーを隠れ蓑にしている可能性は十分あるので、かすみは警戒しつつ彼女たちとテーブルを挟んで対面した。とりあえず、背負っていたお洒落リュックとコートをシートの上に置き、田中瞳の向かい側に座って飲み物とケーキを注文して、それらがテーブルの上に並べられてから、かすみは田中瞳になぜこの方が同席されているのかを尋ねた。
「近藤さんの話を聞くにつれて、
私だけではうまく相談にのれるか自信が無かったので、
知り合いの心理カウンセラーに同行をお願いしたの。
知らせずに勝手なことをして、御免なさいね」
と頭を下げてかすみに対し謝罪した。まあそういう理由なら仕方ありません、とかすみは一応謝罪を受け入れた。それからかすみは自分が抱えている架空の問題を相談した。すると、矢野がかすみに対しあるアドバイスをしてきた。
「近藤さん。もしご都合がよければ、
この後私共の施設にご案内しまして、
そこでより専門的なカウンセリングを
させて頂きたいのですが、如何でしょうか?」
と提案してきた。お、いよいよ潜入捜査か、と変な期待に胸が膨らみそうなかすみであった。ただし、場所が分からないので、「もし遠方であるとちょっと今直ぐには行けませんが」とやんわりと断る風を装ってみた。
「いいえ、私共の施設は各都道府県にございます。
こちらでも、ここ米野市内にもございますので、
その点はご安心頂けると思います」
と言うことで、分かりました、では伺います、とかすみは申し出た。その時ごく一瞬だが、目の前の田中瞳の唇の端が、ほんの僅かに上がったのをかすみは見逃さなかった。それは笑顔と呼ぶにはあまりにささやかで、けれどそこに滲んだ微かな愉悦が、彼女の思惑の成就を物語っていたように感じた。
それからかすみは、田中瞳と矢野明良と共に、矢野が運転する車で米野市内にあるカウンセリング施設に向かった。ファミレスから20分程車で走った所、丁度隣町の富岡町の境界付近の山の麓に建つ、今は閉鎖された学校の校庭に車は入って行った。校庭の隅にある低い鉄棒を見ると、ここがかつては小学校であったことが伺えた。そして校庭で車から降りたかすみ達は、今でも十分に使えそうな体育館に向かって歩き出した。そして、体育館に入ったかすみは、体育館の中で自分と同じような普段着姿の若者から中年までの男女10名程が集められているのを確認した。どことなく不安な表情が見え隠れしている状況から察して、恐らく自分と同じ今日集められた人達だろうことは推測された。そして、かすみがステージに目を向けるとそこには、
「あ、あれって、召喚門?」
と危うく大声で叫ぶところであったが、何とか口元を手で押さえた。だが、その挙動不審な行動が田中瞳の目に映ったようで、早速かすみに対し、
「近藤さん、どうされました?」
と聞かれたので、
「あ、すいません、私以外の人が
こんなにいるとは知らなかったものですから」
と何とか言い逃れようとした。そして一応「すいません、慌てふためいてしまって」と田中瞳に謝罪した。これでとりあえず気を良くした田中瞳は、「そうでしたか、勝手に連れてきて驚かせてしまって、こちらこそ御免なさいね」と一応かすみには謝罪したのだった。ふー、やばかった、と冷や汗をかくかすみであったが、一応囁き声で玲には召喚門があることを伝えておいた。ところで、どうやって玲に伝えたのか?実は今のかすみは、耳にはカフリングが装着されている。そう、玲がタチアナからプレゼントされた通信機能付きカフリングである。だが、カフリングの送受信範囲は、タチアナ曰く数キロ程と言っていた。ところが、今かすみが居る場所と美土路神社の間は、2、30kmは離れているので普通であれば送受信は出来ない。筈だが、かすみは微かな声で美土路神社にいる玲と会話している。なぜそんなことが出来るのか?実は、玲は試しにカフリングに自分の召喚エネルギーを少し余分に注入したことがあり、その結果かなりの距離でも送受信できることを発見した。なお、この使い方が正しいかどうかは、今となってはタチアナが居ないので確認できないが、恐らく術者の召喚エネルギーを使っての通信機であるから、多分召喚エネルギーを大量に注入しても大丈夫だろうとは思っていた。ただし、玲ことカーンフェルトの持つ膨大な召喚エネルギーを注入すると流石に壊れることは目に見えるのだった。
そして、かすみが玲に報告してから、果たして玲に伝わったかどうか分からない位、かすみには長い沈黙を感じたが、その後「わかった。気を付けてね」と聞こえたので、かすみは一安心した。しかし、この召喚門が瞬間移動のタネだったとすると、やはり召喚術師が関わっているとみて間違いないだろう。なお、かすみの所からは、ステージ上に設置された召喚門がどういう物なのかの確認が出来ないが、何となく普段自分達が使っている召喚門とは違う気がするのだった。何れあそこに連れていかれて、そこから何処かに転移するのだろうから、その時に確認すれば良いのだが。
そんなことを考えいる時、誰もいないステージ上にキリスト教のカトリックの神父が着るカソックような黒服に身を包んだ人物が急に現れた。それを見たかすみ以外の者達は皆一様に驚きつつ、中には悲鳴を上げた。かすみもばれないように驚いた表情をしておいたが、何とか誤魔化せたかどうか少し不安になった。その後、ステージ上に現れた人物はこれからかすみ達を東京の本部に連れて行き、そこで本格的なカウンセリングを行うと告げた。勿論その場所から東京までは数百キロ離れているため、ある者は「冗談もいい加減にしてくれ」と騒いだり、ある者は目の前で起きた事が理解できず茫然としていたり、ある者は現実的に「すいません、東京に行くだけのお金がありませんが」と訴えたりした。かすみは一応理解に苦しむ風を装って、目を見開いたまま固まる演技を続けていた。やがて、ステージ上の人物から驚くべき言葉が発せられた。
「皆さんには、このステージから
瞬間移動で東京に向かってもらいます」
この言葉を聞いた時、誰一人何も喋らなかった。恐らく、瞬間移動=瞬間湯沸かし器程度と勘違いしたのか、それとも想像の斜め上以上の言葉が耳に届いたことで思考停止したか、何れか判断は出来ないが、やがてかすみが意を決してその人物に質問した。
「あ、あ、あのー、しゅ、瞬間移動って、
な、何ですか?」
この時のかすみは「私って演技上手ない?」と思ったことだろう。だが、相手にはかすみの不安が十分伝わったようで、
「お嬢さん、ご安心ください。
この場で死ぬとかは一切ありませんから。
何でしたら、まずはそこにいるスタッフが
見本をお見せしますよ」
と言って、かすみを連れてきたカウンセラーの矢野をステージ上に招いた。そして、何やら呪文を唱えたその時、矢野の体はステージから消えた。そして、30秒程経過した時、再びステージ上に矢野が姿を現した。これを見たかすみ以外の者達は、顔を引き攣らせたまま恐怖なのか何かで固まってしまったり、あるいは「これって手品か何かでしょう」と訳知り顔に解説する者まで現れたりした。かすみは質問した手前、目を大きく見開いて、驚きで手を口に当てたまま固まる演技をした。そしてステージ上からは
「このように、うちのスタッフは無事
ここに戻ってきました。
これで信用して頂けましたでしょうか?」
と言うのだが、その言葉の裏には「信用しなければどうなるか分かりませんよ」というニュアンスが込められているのをかすみは感じ取った。恐らく、転移先を全く違うところにするのだろうと、容易に推測されたからである。尤も、かすみの場合は流石に地球の裏側から直接戻ってくることは出来ないが、何回か行えば日本に戻ってこれるだろう。だが、転移先が地上であればの話。もしかしたら、不信感を漂わせている人物にはもっと別の所に飛ばすことも考えられたのだが。そしてかすみは、一応不安で震える風を装いながら、少しは信じましたと言うニュアンスを込めて
「あ、あのー、わ、私、そこに行きます!」
と言って、自らステージに上がって行った。それを見たステージ上の人物は笑顔で頷きながらかすみの手を取って案内した。そしてかすみの行動に刺激されたのか、「私も行きます」「俺も行きます」と続々とステージ上に上がって来た。ただし、まだ数名はステージ下で躊躇っているようだったが、召喚門の中には既に希望者で一杯になったので、
「では、先ずはこの方たちを
東京の本部に瞬間移動させます。
皆さん準備は宜しいですか?」
準備と言われても何かすることはなく、ただ頷くのみであった。そしてかすみはと言うと、その召喚門を見た衝撃から言葉をなくしていたのだが、その様子が緊張の現れと誤解されたようで、「大丈夫ですよ」と言ってからその人物が何やら呪文を唱えだした。かすみは我に返ったと同時に、「これって召喚術言語やんかー」と呟いた。勿論その声は玲にも届いたのだが、玲は何も答えなかった。そのため、かすみはまたもや不安に駆られたのだが、唱え終わった瞬間にかすみは転移していった。
かすみは何時も主体的に転移するか、玲と一緒に転移するので、転移自体に不安を感じることは無くなった。だが、今回はどこに飛ばされるか予測が出来ない点、かなり不安と言うか、それ以上に恐怖を一瞬だが感じていた。だが、目の前に同じような体育館を見た時、あー、無事転移したんだ、という安心感に全身が覆われた。それから、そこのスタッフに連れられて外に出た時、目線の遥か先に東京のシンボルである東京タワーと、さらにその先にスカイツリーが見えた時、かすみ以外の者からは、大きなどよめきが起きたのは当然であろうか。だがまだ信じられない人達がいるのは分かっていたのか、案内するスタッフは、
「多分皆さん信じられないでしょうが、
後程1時間程ですが、自由時間がありますので、
その時にでも東京の街を散策してください」
と自信たっぷりに言われたので、最早誰も疑う素振りを見せることは無くなった。それよりもかすみはどうしても確認したいことがあり、そのスタッフに尋ねた。
「すいません、この後
米野市に戻れるんでしょうか?」
そのスタッフはにこやかに、
「ええ、ここでカウンセリングを行った後で、
一度皆さんを元の場所に瞬間移動してもらいます」
と答えたので、とりあえず向こうに戻れることは分かった。尤も、かすみの場合は転移出来るので、自由時間の時にでも一度玲の所に転移する心算ではあるのだが。
その後、カウンセリングと言う名のグループ対話が行われたが、かすみの印象ではどうも余り真剣に行われていない感じを受けた。やはりカウンセリングは口実で、サモネル教団へ入会させることが本当の目的なのだろうことは容易に推察されたのだ。そして、1時間の自由時間が与えられたので、各自早速ここが本当に東京なのかどうかを確認すべく行動した。なお、一応各自スマホの類を持つことは認められていたので、その時点で地図アプリを立ち上げればそこがどこかは確認できるのだが、やはり自分の目で見て触れてみないことには信じられないのだろう。そしてかすみはと言うと、一人駅前に向かい、そこの商業施設のトイレに向かった。そして個室に入るや急ぎ美土路神社に転移した。
「玲、大変や! あそこに転移門あったで!!」
と「ただいま」の挨拶もなく、かすみはいきなり本題に入った。そして玲は、自分の部屋で、腕組みをしながら何事か考え中であった。そしてかすみの声を聞いて、
「あ、かすみ、お帰り。大丈夫だった?」
と声を掛けたが、それよりもかすみの方は自分が目撃したことを早く玲に伝えたくてうずうずしていた。
「それよりも、あそこにあった転移門やけど、
あれバレル型やった!」
その言葉を聞いた玲は、一瞬思考が停止したように目を見開いたまま瞬きせずに固まった。それから少し経ってから、
「バ、バレル型?降霊転移門ではなかったの?」
「ちゃう。バレル型の転移門やった!!」
バレル型は降霊転移門しか受け付けないはずだが、転移だけに特化した召喚門が出来るのか?そして、かすみからその術式を聞いた時、玲は大きな衝撃を受けた。恐らく、降霊転移門を見た時以上であろう。かすみが見た光景は、降霊転移門の術式が書かれたバレル型の天辺のブロック。その文字が薄くなっており、その上に上書きするようにかすみもよく知る転移の術式がそのまま書かれていたのだ。正確には召喚文字を積み重ねて奥行きを持つようになったと見るべきだが。まさかそんなやり方があるとは、玲はこの時まで全く想像できなかったのだ。玲は、天辺に描かれた降霊転移門の術式はそのままに、底辺のブロックに創成召喚の術式を加える方法は編み出していた(正確には創成+転移の術式)。ところが、かすみの見たバレル型転移門を再現してみると、同じように転移が機能することが分かったのだ。ちなみに、転移の代わりに創成にしても問題なく機能した。そうか、本来バレル型はこうやって使うのか、と言うことを玲は初めて理解したのだった。
「玲、これって召喚エネルギーはどうなん?」
とかすみは少し心配そうに玲に尋ねたが、玲は、
「オリジナルの降霊転移門経由と比べると、
はるかに召喚エネルギーは少なくて済むね。
それと、僕が改良した降霊転移門ベースの
召喚法と比べても殆ど変わらない気がするね。
もう少し調べないと分からないけど、
これだったら、かすみも安心して
召喚に使えるかもしれないよ」
とかすみが喜ぶ回答を玲はした。それで気分的に楽になったかすみは、「ほな、私は戻るわ」と言って、東京に戻って行った。
その後かすみは、そのまま教団施設のある都心から少し離れた郊外に建つ廃校に戻って行った。それから、かすみは先程転移して来た他の人達と一緒に再び米野氏の廃校の体育館に転移で戻って来た。なお、かすみが戻った時には、体育館にはスタッフ以外誰もいなかった。そしてかすみが東京にいた時も、米野市の体育館に残っていた他のメンバーは見ていない。果たして彼らは一体どこに行ったのだろうか?
その後体育館に待機していたスタッフから、サモネル教団のことを聞かされ、もしここで修練を積めばあなた方も瞬間移動の力を身に着けられると伝えられ、結局その場にいたかすみを含む全員が入会した。それから簡単な入会手続きが行われ、入会金として10万円が要求されたが、持ち合わせのない者はスタッフが同行してATMから現金を引き出してもらい、その場で支払うことになった。かすみも持ち合わせがないため、カウンセラーの矢野と車に乗って米野市内に戻り、近くの銀行のATMから10万円を引き出して、それを彼に渡した。それからかすみは、車の中で矢野から今後のスケジュールを聞いた。それによると、1週間後に迎えに来るが、それまでに今の住居は引き払い、家財道具一式は売却するなり処分して、身一つで来るように言われた。またスマホなどの通信機器を持参しないことも伝えられた。まあ、スマホ以外はそのまま実行する気はないかすみは、とりあえず「分かりました」とだけ答えた。そして、矢野はかすみに少し厚手のIDカードを渡した。臨時の身分証明書のようだが、そもそも教団の中でこんなのが必要なのか?と疑問に思ったが、もしかしてGPSが入っていて、居場所が分かるようになっているとか、と想像したりする。だが、あながち間違いではない気がしたので、扱いには気を付けようと思った。そして、1週間後に米野市駅前のロータリーで待ち合わせる、と言うことでその日は解散となった。
かすみは、召喚したかすみチャリで米野市内のマンションの多いエリアに移動し、物陰からマンションの屋上に転移した。そこで、先程もらったIDカードを屋上にある送水管の陰に隠すことにした。これで転移して美土路神社に戻っても問題はないが、もしGPSが内蔵されていれば、じっとこの場にIDカードがあり続けることに対する違和感がでるだろうと気づき、急ぎある物を召喚した。それは1羽のカラス。そう、かすみは自分の相棒としてカラスを召喚したのだが、なぜカラスかと言うと、数が多く目立たないからである。そしてもう一つ小さな黒いカバンを召喚し、その中にIDカードを入れて、そのカバンをカラスに背負わせ、後は飛行ルートと時間を指定した。これでかすみがここに暮らしていて、時折外出するというカモフラージュが出来上がった。なお、この時のかすみの心の中は「うちって、スパイとか秘密諜報員とかにメッチャ向いてへん?」という、なんとも呑気な空想に捕らわれていたのだった。