召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
美少女降霊術師の心霊事件簿6: カスミ・イン・ワンダーランド (第1幕)
著名な霊能力者であり物部かすみの一番弟子であるが東京の自宅に戻ってから10日程が経った1月のある日。ここ数日間快晴が続いており、社務所の受付の窓ガラスから差し込む陽光が暖か味を持ち、お陰で凄く穏やかな気分になる。そのためなのか物部かすみは、まあある意味お約束の如く、穏やかになり過ぎて舟を漕ぎだした。しかも口を開けてが垂れそうになる状況で。ここで鼻提灯でも出来たらギャグ漫画だよな、と隣に座ってパソコンにデータを打ち込む玲は笑いを抑えながらそんな感想を抱いた。そんなだらしない恰好で寝ているかすみの鞄の中から、LINEのメッセージを受信した着信音が鳴り響いた。それを聞いたかすみは、何やら寝ぼけ眼で自分の鞄の中を手探りしてスマホを取り出した。そして半眼の状態でメッセージを読んだ所で、漸く起き出した。LINEは大学時代の親友であるからであった。
[かすみ ちょっと相談があるんだけど 今大丈夫?]
[うんいいよ どうしたん?]
とメッセージを送信した時、LINE電話が鳴った。
[もしもし、瑞希。
どうしたん急にLINEなんかして?]
[かすみ、実はねちょっと相談があるんだけど...]
と言って始まったのが、今年最初のかすみの心霊事件簿であった。
榎原瑞希はかすみと同じ総合大学を卒業したが、卒業後は実家のある北陸の富山県に今は住んでいる。彼女の実家は、明治の初めに創業した老舗の造り酒屋である。そして榎原瑞希は、将来は実家の造り酒屋の杜氏になるべく今は酒造りのいろはを学んでいるところである。そんな榎原瑞希の実家の蔵に、奇妙な部屋があるという。そこは昔から、恐らく創業間もない頃からなのか、誰も入ることを許されない[開かずの間]が存在している。榎原瑞希も幼少の頃から、蔵の中のあの部屋には近づくな、近づくと祟りが起きる、と教えられてきた。そのため、その部屋どころか蔵に近づくことすら怖くて出来なかったという。それは今も同じで、幼少のころに受けたトラウマが続いているようだ。そして榎原瑞希からの相談とは、かすみにその開かずの間の調査をお願いしたいということだった。ところで、榎原瑞希がなぜかすみに相談を持ち掛けたかと言うと、共通の友人である渡辺翼が呪いの動画の影響で悪霊に憑依されたとき、渡辺翼はかすみが除霊したお陰で無事回復したことを榎原瑞希に話したことが切っ掛けである。まさか、自分の親友に霊能力者がいるとは思いもしなかった榎原瑞希としては、長年の謎である実家の開かずの間、あそこが一体なぜそうなったかを知りたくなったのだという。
ただし、かすみとしてはなぜ今になってそんなことを聞いてきたのかが気になったので、榎原瑞希に尋ねた。すると、
[実はね、その蔵を壊して新しく酒蔵を
作ろうという計画があるの。
ただ、そのためには、開かずの間を開けないと
いけないけど、流石に両親も躊躇してしまって、
結局計画が進めない状態なんだ]
だから、開かずの間の原因を調査して欲しいというのが依頼内容であった。もし霊的な影響があれば除霊もお願いしたいということで、かすみはM Mの除霊に関する注意事項を説明した。料金はそれで全く問題なく交通費と旅費も問題ないと伝えられたので、とりあえず予定をどうするか確認してから折り返し電話すると言って一旦電話を切った。隣で仕事をするをして聞き耳を立てていた玲は、かすみから詳細を聞いた時に、
「かすみ、どうせ面白そうだからと
言うことで行く気満々だろう」
と心のうちを見透かされてしまった。全くその通りなのでぐうの音も出ないのだが、玲の言葉のニュアンスからすると、行ってもいいよ、と感じなくはないので、ここは素直に
「せやんな〜。玲、行ってきてええ?」
と少し甘える素振りで聞いた。玲は即答せず考えるをしてかすみを焦らしながら、
「仕方ない、行って来ていいよ。ただし...」
「無理はするなよ、だよね」、とかすみは玲の先を越してそう言った。玲は苦笑いを浮かべながら、「分かっているならそれでいいよ」と言ってくれたので、かすみは安心した。そして折り返し電話をしてスケジュールを調整した結果、今度の週末に行くことになった。
さて、出発当日の朝を迎えた。本来、榎原瑞希の実家の造り酒屋[榎原酒蔵]へは、鉄道よりも車の方が早く到着することは分かっていた。だが、かすみ自身車で現地に行くことは考えておらず、最寄り駅に近い所に転移して、そこからタクシーで向かう算段を立てていた。そこで鉄道を使った場合の最寄り駅到着時間とそこから榎原酒蔵までの距離を考えて、大体正午前に着きそうだと言うことを榎原瑞希には伝えた。そうすると、ここから転移する時間は電車の到着時間が午前11時半少し前なのでそれ位になったら転移すれば問題ない。そこで簡単な支度をした後は、残り時間を大好きなデザインの時間に充てることにした。そして転移時間になったところで、かすみはM Mの制服に着替え、その上にコートを羽織って、玲には「行ってきます」と言って、そのまま転移していった。
今回かすみが転移した場所は、残念ながら駅構内ではなく、線路高架下の目立たない場所である。流石に駅構内は人が多いため適切な転移場所が見つけられず、駅の出口から50m程離れた高架下になってしまった。とりあえず周りに誰もいないことを確認してから、かすみは駅前ロータリーに向かって歩くも、流石は雪国。美土路神社と比べても気温はかなり低く、時折吹く北風で顔の筋肉が強張ってしまう。だがそれよりもかすみが苦労したのは、除雪されたとはいえ滑りやすい道を歩くこと。かすみが育った関西地方は、雪が降ること自体珍しいため、雪国での生活ノウハウは全くない。こういう道は歩幅を小さくして足の裏全体で雪を踏み固めるようにして歩くのが鉄則だが、そんな知識のないかすみは、関西人のせっかち歩きをしてしまい、危うく滑って転倒しかけることが何度かあった。幸い、地面に尻もちをつくことなく何とかタクシー乗り場までやって来ることが出来た。そして停車中のタクシーに早速乗り込んだかすみは、車内の暖かさで漸く一心地ついた。
タクシーに乗って20分程すると、目的地である榎原酒蔵に到着した。かすみはタクシーから降りた途端、気温の急激な変化からか、鼻がムズムズし出し、その場で「クシュン」とくしゃみをしてしまった。全く何なんだ、雪国は!と突っ込まずにいられないかすみであった。それから気を取り直して榎原酒蔵を眺めると、明治の創業当初そのままの佇まいを残す古びた店舗が目に飛び込んでくる。そして入口に向かうと、褪せた藍色で、白抜きの屋号[榎原酒蔵]がかろうじて読める暖簾が目に入った。時折吹く風に暖簾が揺れると、そこから何やら甘い香りがふわりと鼻先をかすめる。恐らく店内に漂う米麹の香りだろうか。そしてところどころ木目が浮く黒々と煤けた格子戸に手を触れようとした時、幾度も手で開け閉めされた跡がうっすらと手のひらの形に光っているのを見て、歴史を感じながら自分もそこに加わるのか、と思うと何だか楽しくなってきた。そして中に入ると、奥行きのある土間に大きな木のカウンターがあり、その向こうには古い硝子戸棚に並ぶ酒瓶や、時代を経た酒器の数々が陳列されていた。薄曇りの硝子越しに射し込む光が、静かな空間をやさしく照らしているようだ。そんな歴史を感じながら、かすみはカウンターにいる店員に、榎原瑞希からの要請でこちらに来たことを告げた。そして店員が店の奥に入り暫く待つと、榎原瑞希を伴って戻って来た。
「かすみー、久しぶり。元気にしてた?」
と陽気な掛け声で挨拶をしてきた榎原瑞希は大学時代と変わらず、爽やかな印象をかすみに与えた。かすみも挨拶を返し、とりあえず2人で店舗奥の事務所に向かうことにした。
事務所には榎原瑞希の父親で榎原酒蔵の社長のと、母親で榎原酒蔵の専務のがかすみを出迎えた。何か家族総出で出迎えられて、かすみは恐縮してしまった。かすみへの期待の表れというところか。それよりも、やはりどうしても開かずの間のことが気になるので、挨拶もそこそこに、早速本題に入ることにした。まず、開かずの間と呼ばれるようになった切っ掛けについて尋ねたが、社長の榎原剛章の曾祖父の代には既に開かずの間と呼ばれるようになっていたという。ちなみに、その曾祖父の更に数代前に創業されたらしい。と言うことは、創業間もない頃からあったのかもしれない、と言うことになるのか。では開かずの間のある蔵はどうかとかすみは尋ねたが、やはり曾祖父の代以降使われた形跡はないという。ただ、蔵の床に幾らかシミのような痕跡が見えなくもないので、創業当時は使用されていたのではないかと、榎原剛章は推測した。ちなみに、その当時の資料とかは残ってないか、と言うことをかすみは尋ねたが、そこまで古い資料はどこを探しても見つかっていないという。そうなると、どういう経緯でそうなったかを確認することも出来なくなった。まあ、場合によっては降霊術で呼び出して聞いてみるのも一つの手かな、とかすみは考えたのだが。それと、誰も開かずの間には入ったことは無いのかと、念のために尋ねるも、榎原剛章を含め誰も入ったことは無いという。そうなると、自分の目で確かめるしかないか、と覚悟を決めたかすみであった。そして、かすみは
「じゃあ、これからその開かずの間に
向かいますので、案内してください」
と皆に向けて伝えた。その言葉を聞いた榎原瑞希は、ビクッと反応して強張った表情になった。
問題の蔵は、かすみが今居る事務所の奥の酒蔵の更に奥まったところに建っている。榎原瑞希が序だからということで、かすみを酒蔵の中に案内しつつ向かうことにした。丁度冬のこの時期は、酒造りで一番重要な工程である「寒造り」の最中であるという。冬の寒い時期に酒造りが行われるのは、気温が低く雑菌の繁殖が抑えられるからと、後は発酵温度を管理し易いことなどの好条件が揃うからだそうだ。丁度杜氏が酒樽の中をかき混ぜているのか、そんな光景をかすみは目にしたが、何れは瑞希もああやって自分の酒を造るのかな、と考えると何やら可笑しくなってきた。どう見ても、瑞希があそこに立つ姿を想像できないからであったが、決してこのことは本人には伝えないことにしていた。そんなことを考えていると、少しは心にゆとりが出てきたようだ。だが途中まで進んだ時、榎原瑞希がかすみに、「ゴメン、かすみ、私はここで待機しているわ」と怯えた表情でかすみに訴えた。そっか、まだトラウマの影響が強く残っているんだな、と瑞希を心配になるかすみであった。やはり、この問題を何とか解決してやろう、と心に誓ったのだった。
その後は、社長の榎原剛章の案内で奥に進んで行った。酒蔵から一旦外に出た時、かすみの目の前にその蔵があった。そこは、今まで目にしてきた酒蔵とは全く関係ない普通の蔵である。ただし、その蔵は創業当時に建てられたままの姿を残し、外壁は所々割れて漆喰が剥がれ落ち、下地の土壁が剥き出しになったりして、如何に長年手入れされず放置されてきたかを物語っていた。かすみは今、緊張の面持ちの榎原剛章と共に、問題の蔵の前に佇んでいた。そして、榎原剛章が懐から鍵を取り出して蔵の扉に掛かっている錠前に通して鍵をあけたが、その鍵も錠前も錆が目立つくらいに古さを感じさせる。だがかすみは、何となく創業当時の鍵にしては新しい印象を受けたので、恐らく榎原剛章の祖父か曾祖父の頃に交換されたものと推測した。そして、少しガタがきて扉の蝶番が外れかけている観音開きの扉を何とか開けて、かすみと榎原剛章は中に入って行った。
恐らく長い間、この蔵は誰も入っていなかったのだろう、床には埃の厚い層が出来ていた。榎原剛章自身も父親からこの酒造会社を受け継いでから一度もここには入ったことが無いという。そんな蔵の中には神薙家の蔵の中で見たような長持ちの類は一切なく、ただ、前方に真黒な引き戸があるだけであった。そう、そこが開かずの間である。そんな引き戸を何気なく眺めているかすみだが、実はここに入ってから何も霊的な存在を感知していなかった。そう、この蔵には悪霊や怨霊の類すらいないのだった。それなのに、なぜ開かずの間が存在するのか?これは霊的なことが関係ないのか?そんな疑問が次から次へと出てくるが、ここで考えてもどうしようもない。そこで、榎原剛章に頼んで、開かずの間の鍵を開けてもらうようにお願いした。だが、なぜか榎原剛章は躊躇ってしまった。まあ確かに、先祖代々開けるなと言われてきた扉を自分が開けることには躊躇いどころか、禁忌を破る行為に思えてしまったのだろう。そこでかすみが扉の鍵を受け取り、榎原剛章にはこの場から去ってもらうことにした。かすみからの提案を聞いた榎原剛章は、何やらホッとした表情を湛えるも、娘と同じ年齢の女性に一人任せることへの躊躇いと羞恥心が働いたようで、一瞬どうしようか迷った感じだが、結局かすみに鍵を渡すことにした。かすみはお礼を述べてから、早速その鍵で開かずの間の扉を開けたのだった。