召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
美少女降霊術師の心霊事件簿6: カスミ・イン・ワンダーランド (最終幕)
一体どれ位経ったのだろうか。物部かすみは漸く目を覚ました。今いる場所はの蔵の中にある姿見の前だった。だが、先程まで見ていた光景とは全く違っていた。部屋の四隅に自分が召喚した電気スタンドがそのまま残されており、その明かりで部屋の様子は確認できる。かすみの目の前の光景は、最初に蔵に入った時の光景と言うべきか、姿見以外何もなく仕切られた部屋の中と言う、ただそれだけの光景である。かすみはとりあえず床に手をついて起き上がろうとするが、手に何かを握りしてめてる感覚があった。それを改めて見て見ると、これって、
「いねさんの髷にあった櫛ちゃうん?」
そう、かすみの手にはいねの丸髷に挿されていたの半月櫛が握られていた。改めてその櫛をよく見ると、金粉で何の花か分からないが蒔絵が描かれており、かなり高価な櫛であるように思われた。もしかしたら嫁入りするにあたり実家から贈られたのか、あるいは嫁ぎ先の若旦那から贈られたのか、今となっては分からないが、何れにしても榎原いねにとっては大事な品であることは間違いない。そしてかすみは、なぜこのような大切な代物を手にしているのかは全く覚えてない。だが、榎原いねがかすみに託した思いだけは、そこからでも十分に読み取ることが出来た。これを持って、家に向かい、きちんと榎原家の一員として迎え入れて祀ってもらう、それが榎原いねの思いだろうと理解した。そこでかすみは、覚束ない足取りで開かずの間を出て、苦労しながら蔵の観音開きの扉を押し開けて外に出た。空を見上げるとここに来た時に見た青空が広がっていた。あー、元の世界に戻れたんだ、という安心感からか、目が潤みだしてきた。そして酒蔵に入った時は、先程見た時と同じ、杜氏を始めとした職人たちが酒樽をかき回したりして忙しく働いていた。かすみはそのまま酒蔵を抜けて事務所に向かった。
かすみが事務所に入った時、榎原家の全員がそこに居て、一斉にかすみに注目した。かすみは一瞬ドキッとしたが、直ぐに瑞希が「か、かすみー、大丈夫だった?」と心配しながらかすみに抱き着いてきた。「み、瑞希、大丈夫だから離して」と何とか瑞希を離して、とりあえず手近の椅子に腰を下ろした。ところで今は何時かと事務所の時計を見ると、午後4時少し前だった。え、まだそれ位しか時間が経ってないの?それともまさか、1日経ってたりして、と思わずにはいられないが、念のため榎原瑞希に今日は何日か尋ねた。すると、キョトンとした表情で、
「かすみ、大丈夫?さっき来てから
何時間かしか経ってないけど」
と言われたときに、ああ、それ位しか経ってなかったのか、と安堵の表情を浮かべた。それから、改めて全員の前で自分が体験したことを話し始めた。榎原家の面々は、驚きの表情を浮かべながらもかすみの話を聞き漏らすまいと耳を傾けた。そして最後に、
「この櫛ですけど、
これが榎原いねさんの形見の品です」
と言って事務机の上にそっと差し出した。実は榎原家の面々は、かすみの話を聞くにつれ、かすみが眠って夢でも見ていたのではないかと考えていた。瑞希に至っては「まあ、かすみならね」であろう。ところが、目の前に一見古そうな、だが上質の櫛がかすみから差し出されると、皆瞬きを忘れてその櫛を凝視した。そして我に返った瑞希の父親のは、かすみにあることを尋ねた。
「も、物部さん、そ、そのいねさんは、
た、たしかに『えのはら』やのうて、
『えばら』って言われたがけ?」
「はい、その通りです」、とかすみはいねがかすみに伝えた自分の名前をそのまま伝えた。すると、
「うーん、そんがなると、やっぱりいねさんは、
この家のもんで間違いないがいね」
とかすみに言うのだった。どういうことか?実は、江戸時代末期まで、この辺一帯は[村]と呼ばれていたのだという。その後庶民も苗字を名乗る様に政府からの通達で、榎原家の先祖は最初と名乗った。ところが、造り酒屋をするにあたり、同じ名前の造り酒屋が別の所で既に創業していたため、混乱と無用な反発を避けるために後に読み仮名だけを変えたにしたのだという。流石に苗字の漢字は既に役場に届けてしまったため変更できないらしく、以後を名乗るようになったというのだ。ただし、創業時は元のだったらしい。それに関しては当時の資料が少ないながらも残っているということだった。だが、榎原剛章は2代目が清兵衛ではないとも断言したため、清兵衛と言う人が存在したかどうかは分からないということだ。もしかしたら、いねの恨みを買ってしまい、その後亡くなったのではと言う推測ができたりするが、恐らく真相は闇の中だろう。何れにしても、それで榎原いねの悲しみが少しでも和らいでくれるのであれば、本望だろうと思うのだが。そしてかすみは、この櫛を丁重に祀ってもらい、榎原いねを榎原家の一員として迎えるのであれば、開かずの間に固執することは無いだろうと付け足した。その時、開かずの間にあった姿見も一緒に祀ればベストではないかとも付け加えた。それからかすみは、あっと思い出したように口を開けて暫し固まった。そしてズボンのポケットからスマホを取り出して何やら確認し出した。そんなかすみの様子を榎原家の面々はじっと見つめていたが、時折かすみが驚きの表情をしたり、がっかりした表情をするのを見ると、何か不安になったりするのだが。やがてかすみから、とんでもない物を榎原家の人々は見せられた。かすみは、
「何かぼやけたりするのもあったりするけど、
私がそこに行ったときにスマホで写真を撮ったの。
正直言って、あれは全部夢だったのかと思ったけど
スマホに写る写真を確認したら、やっぱりあそこに
居たんだということが分かったの」
と言って見せられたのは、創業間もない頃の榎原酒蔵の写真である。「尤も写っていればラッキー位にしか思わなかったんだけどね」とお道化た調子で話すかすみだが、まさかこんなことが出来るのかと、榎原家の面々は度肝を抜かれていた。それよりも、そこに写る光景を見ると、確かに昔の写真に似た酒蔵があったことを思い出したり、店舗にしている建物も当時から変わらない姿であることを確認出来たりした。そして、それ以上に彼らが驚いて言葉に出来ない程の衝撃を受けたのが、榎原いねの写真である。実はかすみは、榎原いねに無理をお願いして写真を撮ったのだが、「写真は江戸で流行っているものなのよ」とか言って何とか騙し騙し撮影した物だった。残念ながら少しピントがずれていてはっきりとは分からないが、その姿や顔立ちは何となく分かる。そして榎原いねの髷のところには、彼らの目の前の櫛が挿されていた。その写真を見た瑞希は、「この方がいねさんなのね」と呟いた途端、何かを感じたのか、目から涙を流しながら泣き出した。その後かすみが撮った写真データは全て瑞希のスマホに転送した。これで遺影でもできれば、いねさんも浮かばれるよ、きっと。そうかすみは、瑞希に伝えた。
その後かすみは今回の依頼に関しては、特に除霊も降霊もしていないので、交通費だけで結構ですと榎原瑞希に伝えたが、榎原剛章からは、既に50万円を用意しており、是非これを受け取って欲しいと言われてしまった。流石にかすみも、これ程の額をもらう訳にはいかないため、除霊分の10万円と交通費だけにしてもらうことにした。榎原剛章は渋々納得した表情であったが、それならと言うことで、
「ほんなら物部さん、うちにある清酒、
持ってってくんないけ?」
と今度は現物支給に切り替わってしまった。流石に、玲もかすみもアルコールは嗜むが、日本酒はほとんど飲まない。故にこれも断ろうと思ったが、そう言えばと思い直し、ある提案をした。それは、
「すいません、榎原さん、私も相棒も
日本酒はほとんど飲まないのですが、
その代わりに私が今働いている神社に
寄進するということでどうでしょうか?
うちの神社の氏子衆は皆日本酒が大好きなので」
と言う提案である。榎原剛章も神社への寄進であれば何も問題なく、しかもかすみもそれで喜んでくれるということで、丁度新酒が出始める時期でもあることから、早速美土路神社に寄進すると約束してくれた。かすみも、何時もお世話になっている氏子衆にこれで少しはお返しが出来たかな、と安堵の表情を浮かべた。そして榎原瑞希だが、折角遠い所親友が遊びに来たのに、このまま帰らせるわけにはいかない訳で、そのままかすみを家に泊めることにした。まあ、かすみも親友と積もる話があるので、瑞希の要請には二つ返事で答えた。そうなると、その日の晩は職人達も含めて榎原酒蔵挙げてのお祝いとなったのであった。
翌朝、かすみは榎原瑞希と共に、開かずの間がある蔵の前に来ていた。かすみは何時もの習慣から早起きしたのだが、榎原瑞希も杜氏見習いと言うことで早起きして酒の仕込みの準備をするのだという。だがその前に、かすみは榎原瑞希を蔵に連れてきたのだった。最初は嫌がっていた榎原瑞希だが、最早開かずの間がの間として機能することはないことと、このまま瑞希のトラウマが残ったままなのは気の毒と思ったので、敢えて心を鬼にして瑞希を無理やり連れてきたのだった。そんな榎原瑞希は、やはりと言うか、額に脂汗を浮かべていたが、かすみに強く手を握り締められているため逃げ出すことも出来ず、むしろかすみが力強く手を握ってくれているお陰か、少し安心するのであった。そして、昨日かすみが蔵から出てきたままの状態である観音開きの扉から一緒に中に入った。蔵の中は虫篭窓から差し込む朝の陽ざしのお陰で暗さはないが、前方に見える黒い壁と黒い扉がまだそこに開かずの間があることを物語っていた。それでも榎原瑞希は、かすみに手を握ってもらいながら、恐る恐る開かずの間に足を踏み入れた。流石に窓が無く部屋の中は真っ暗闇のため、かすみはスマホの懐中電灯をつけて内部を照らした。そして懐中電灯で照らされた先の彼女たちの目の前に、かすみが話していた姿見がそこにあることを確認した。
「あれが、いねさんの愛用した姿見なのね?」
「そうだよ。いねさんから聞いた話だと、
嫁入り道具として持って来たんだって」
当時の嫁入り道具として立派な姿見を娘に持参させるということは、いねの実家はかなり裕福だったのだろうと想像するのだった。そしてかすみは、
「どう、瑞希。怖くはなくなった?」
「うん、少しはね。尤もかすみと
一緒だから安心だけどね」
と榎原瑞希は今の自分の心境を正直に話した。まあ、少なくとも、開かずの間に入れただけでも良しとすべきだろうな、とかすみは思うのだった。その後かすみと榎原瑞希は母屋に戻り、朝食を頂いた後、そのまま差間見町の美土路神社に帰ることにした。そして榎原家の人達に見送られながら、かすみはタクシーに乗って榎原家を後にした。
自宅に転移して帰宅してから、早速玲の部屋に向かうが、玲はまだ就寝中のようだ。あいつ、休日だからと言って、ぐうたらしてんじゃねーよ、と悪態をつくが、いやいや、自分はどうなんだ、とかすみを知る人が見たらそう突っ込んだだろう。なぜなら、この家で日頃一番ぐうたらしているのは、当のかすみなのだから。尤も玲は、ぐうたらしている訳ではなく、昨晩はある出来事のために漸く寝付けたのが午前4時だったため、仕方ないというところであろう。そして昼近くになって漸く玲は起きてきてリビングのソファーでぐったりし出すと、かすみがその音を聞きつけて早速リビングにやって来た。そして、二言三言玲のぐうたらな生活態度に嫌味を言った後で、自分が体験した話を聞かせた。玲は黙ったままかすみの話に耳を傾けていたのか、単に寝ていたのか分からない態度でソファーに座ったまま俯いていたが、かすみが話し終えた時に顔を上げて、「それ、本当の話なの?」と疑いの目で尋ねた。かすみも少し切れかけたが、それよりもあれを見せた方が早いや、と言うことでスマホの写真を玲に見せた。だが、
「はぁ?いねさんの写真が消えてるやん!」
かすみの撮った写真の中で、いねを撮った写真だけ何も写っていないのだった。昨日、榎原家の事務所で見た時はピントがボケ気味であったがちゃんと写っていた。ところが今日になって確認すると、いねの写真だけが何も写されていないのだ。ちなみに、建物を映した写真はそのまま残っているが、何故いねの写真からいねが消えたのか?不思議に思ったかすみは、逆に玲に問い掛けた。
「うーん、かすみが寝ぼけて
夢を見ていたのなら分からなくないけど...」
とかすみを挑発するような言い方をする玲である。人が真面目に尋ねているのに何なんこいつ、とかすみは玲の言葉にはカチンと来たが、ただ玲の言葉にはまだ続きがあるようなので、暫く耳を傾けることにした。
「そうでなければ、そのいねさんだっけ、
その人の未練と言うか怨念と言うかそれが解消して、
その成仏したからじゃないかな」
そんことってあるのかな、と思わずにはいられないかすみだが、強ち玲の説も分からなくないのだった。もしかしたらあの後すぐに榎原家で早速いねさんを丁重にお迎えしたとか、それで榎原家に認められたから未練なく成仏したのかも。まあ、後で瑞希に聞いてみようと、かすみは心に留めた。
その時玲が不思議そうな顔でかすみを見つめながら、
「なあ、かすみ、何で動画で撮らなかったの?」
そう、写真ではなく動画ならもしかして残っていたのでは、と考えたのだ。ところが、
「勿論最初は動画で撮ろうとしたんよ。ただね...」
全く機能しなかったのだ。録画ボタンを押しても[REC]が表示されず、全く駄目だった。写真機能は問題なかったので、仕方なく写真だけにしたということである。ちなみに、今は動画も正常に機能しているので、決して壊れたとかでないことだけは確かだった。もしかして時間の進み方が影響しているのか?確かに写真であれば、「一瞬」を切り取るだけであり、時間の進み方がどうであれ、一瞬は変わら無い筈であろう。尤もそれを確認する手立ては今ここにはないのだが。
あ、それとあれも聞いとかないと、と言う訳で玲にあのことを聞いてみた。
「うーん、その何、よ、だっけ。
そもそも霊界に食べ物とかないからね。
もしかすみが何か食べて
味や香りを確かめたのであれば、
それは霊界の食べ物ではない気がするな。
むしろ、召喚した食べ物です、
の方が僕としては理解できるよ。
ただし、もしそうなら、それを消化せず
吐き出したのは正解だろうけどね」
自分も玲も霊界にそこそこ詳しくなったが、完全に理解しているかと言うとそれには程遠い気がする。なので、もしかしたら、霊界にも食べ物とかある可能性は否定できないが、今の状況であれこれ考えても埒が明かない。それよりも、確かに全て吐き出したと思った方が気が楽か、と言うことのようだ。
その後、今度は玲が昨晩体験したことをかすみは聞いた。それを聞き終えた時、かすみの背筋に強烈な戦慄が走るのを感じた。もしその場に自分が居たら、自分も何かしらの被害を被っていたかもしれないと思うと、自分のこの体験が吹っ飛ぶ勢いさえ感じた。そしてかすみは、何とか自分の考えを口にしようとするも何も出てくることは無く、一言
「玲もめっちゃ大変やったんやな」
であった。そう、お互い大変な週末を送っていたのであった。