召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
美土路神社の災難
1月の終わりの神社は、ここ最近季節外れの暖かさに見舞われていた。日中の気温が例年だと10℃あるかないかだが、今年は15~16℃かそれ以上の日があったりした。そのため、この季節外れの陽気さのお陰で、物部かすみは社務所内で舟を漕いでしまった。そんなかすみを尻目に、最神玲は一人黙々と事務仕事を続けている。そして夕方近くになって、漸くと言うべきか、かすみが起き出して、いきなり寝ぼけた状況で
「玲、もう朝ご飯なん?」
と訳の分からないことを言い出した。流石に玲も呆れてしまい、
「かすみ、朝ご飯はもう終わったよ」
と返したのだが、何を勘違いしたかかすみは急に目が覚めたようで
「はぁ?私まだ朝ご飯食べてへんで!」
と怒り出した。いやいや、今何時か分かってるか、とかすみの頬を抓りながら玲はかすみに説教を始めた。この突然の玲の攻撃にもめげず、かすみは何とかやり返そうとするが、やはり寝起きであるからか力が入らず、結局「玲もう勘弁して」とギブアップしたのであった。そして、
「かすみ、ボケるにもほどほどにしろよな」
と玲にまた説教されてしまった。くそ、今日の所はこれくらいにしとくけど、今度はそうもいかんぞ、とかなり物騒な再起を誓うかすみだった。だが確かに今日の陽気は異常な程であろう。そしてこういう異常な時にはその後も続きがあるようで。
夜になると少し風が出てきたみたいで、リビングの窓から見える境内の楓の枝が心なしか揺れていた。そして 午後10時を少し回る頃、遠くの方で「ゴロゴロ」と言う音が鳴った。雷である。玲は雷の鳴った方向を確認しようと部屋の窓を開けた時、外からの冷気が一気に部屋の中に押し寄せたきたため、思わず「さむー!」と叫んで窓を閉めた。昼間の暖かさが嘘のように本来の冬の状態に戻ったようだ。だがそんな時も、遠くの方で「ゴロゴロ」と雷は鳴っていた。ここに落ちることはないだろうと楽観視している玲だが、境内に高い木とかはなく、それよりも落ちるとすれば美土路山だろうと思わずにはいられなかった。だが心配してもどうしようもないので、とりあえずにくたま軍団に何時もの哨戒任務を与えて、自分は休むことにした。そうして眠りに落ちて暫く経った真夜中の午前0時を過ぎた頃。突然「ドーン」という衝撃音と地響きで玲は、文字通り飛び起きた。そして危うくバランスを崩してベッドから転げ落ちる所を何とか踏ん張ったが、それでも何が起きたのかを理解するまでには、まだ十分に目覚めてはいない。それから数分程放心状態だった玲は何とか正常に判断できる状態にまで回復し、早速何が起きたのかを調べるためパジャマの上にダウンジャンバーを羽織って外に出ようとした。その時かすみの部屋の扉が開いて、目をこすりながらかすみが出てきて、
「なあ、玲、何かごっつい音と振動があってんけど、
まさかミサイルでも落っこちたんとちゃう?」
とどうもまだ夢の中に半分浸っているような、よく分からないことを尋ねてきた。玲は
「ちょっと、外を見てくるね」
とかすみに言いおいて、そのまま外に出て行った。玄関を出て直ぐに、足元に1匹のにくたまがやって来て、
「ご主人様、大変です。山が火事です」
と騒ぎ立てた。か、火事?と声が裏返る位にえた玲は、早速境内に向かった。すると美土路山の頂上付近の暗闇にほんの少しだが赤みが混ざっている様子を確認した。やばいな、直ぐに消さなくては、と急ぎ山に向かおうとした時、強い北風が境内にまで吹き込んできて、玲の顔も冷気で殴られたように赤く染まった。そのため少し俯き加減で美土路山に向かったのだが、本殿を過ぎた所で美土路山の頂上を見上げた時、
「うわー、まじかー!」
と一人絶叫した。先程の強い北風に煽られて、山頂で発生した火炎が夜空をオレンジ色に染めながら燃え広がっていたのだ。確かに今年になってから雨が全く降っておらず、空気も山の木々も十分な位に乾燥していた。そのため、ちょっとした火炎でも簡単に樹木に引火して燃え広がってしまうのだった。そして、更に北風に煽られた火炎は、北風に乗って火の粉を撒き散らしながら神社の雑木林にまで達し、遂に雑木林からも火の手が上がった。このままだと、四方八方から火の粉が飛んできて、下手をすると自分達は丸焼けとなりかねない。いや、自分達は転移して幾らでも逃げられるが、この神社は火災で焼失してしまう。そうなると、折角馴染んできたこの神社、そしてご神体に会えなくなると、かすみが嘆き悲しむだろう。だが、どうやって火の手を止めるのか?玲の術式にも消火に関するアイテムは幾つかある。だがこの強い北風では、それらを展開して消火活動して果たして間に合うのか?いや、それ以上にこんな所に消防車を召喚して消火活動をすれば、やがてやって来るだろう地元の消防団や消防士に対し説明できない。そんなことを考えていた時、玲の後方からかすみの声が届いた。
「玲! 火事が燃え広がってやばい!」
と自宅の方を指差しながらかすみが大声で叫んだので、玲もその方向を見ると、自宅の裏手の雑木林からも火の手が上がりだした。もう躊躇する訳にもいかないか、と消防車を召喚しようとした時、消すよりも守れば良いんじゃないか、と言う考えがふと頭をった。ん、守る?あーそういうことか!と何やら思い至った途端、玲は天を見上げる状態で空中に降霊転移門を展開した。そしてもう一つ降霊転移門を展開し、それらの裏同士を接続させた。そしてピンチアウト操作で召喚した降霊転移門を目一杯広げてから内側の降霊転移門に隙間を設置した。すると、丁度近くまでやって来たかすみが、上を見上げながら
「玲、こんな時に何やってんねんな!!
はよ火を消さなあかんやろ!」
と騒ぎ立ててきた。だが玲はかすみの声を無視して、今やドーム状になった降霊転移門をそのまま地面に下ろした。ドーム状に展開された降霊転移門は、神社の建物を含む領域を全てカバーするように設置されたことを確認した玲は、次に外側の降霊転移門にある術式を追加した。すると、
「えー、何か夜空が揺らいでんねんけど、
玲、何かしたんか?もしかして、
神社ごとどこかに転移させるとかと
ちゃうやろな!」
と質問しているのか怒っているのかよく分からない表現で騒ぎ出すかすみであった。残念ながら、かすみは何が起きているのかを理解していないが、これは普通の人であれば当然かもしれない。玲が行っているのは、火災に対する結界を張ったようなものだからだ。火災に対する最も有効な手段は水で消すことである。そして玲は、ドーム型の降霊転移門の外側に水の膜を張ったのだった。そして玲がドーム型の結界を張り終わってから1分もしないうちに、美土路山から飛んできた沢山の火の粉が本殿や拝殿に落ちようとしたが、全て水の膜によって消失した。その後雑木林の火の手が玲とかすみの住宅に迫ろうとした時も、水の膜によって遮られ、住宅は全く火災の影響を受けることは無かった。
そのうち、消防車のサイレン音が美土路神社に近づいてきたが、玲は構わずそのまま降霊転移門を展開し続けた。実は玲の頭の中にはある目算があった。それはこの神社の神様を利用した奇跡の演出である。消防車の召喚は流石に神様が遣わしましたと言っても通じる訳がないことは、信仰心の全くない玲でもそれ位は分かる。それよりも目に見えない何かの力によって火災から逃れた方が、神による奇跡と言う点では理に叶っていると理解していた。そこで、人々の信仰心を利用した方法を玲は選択したのであった。
その後消防士がホースを持って境内にやって来た時、神社のどの建物も火災が発生していないことに驚いたことは言うまでもない。そして境内で美土路山の方向を見ていた玲は、やって来た消防士の方に振り返って、
「雑木林と美土路山の裏側が
もしかしたらまだ燃えてるかもしれません」
と伝えた。消防士は玲に「危ないから避難してください」と言いおいて、とりあえず神社の境内の端に設置されている消火用散水栓にホースを差し込んで雑木林の消火活動を行った。それからかすみは玲に近づいて、一体何が起きたのかを問い詰めだした。仕方なく玲は事の真相をかすみに話すと、
「全く、あんたのやることは
メッチャ常識外れちゅうか、
やっぱ中身が宇宙人だからなんか?」
と褒めているのかしているのかよく分からない表現でかすみは話した。
「でも、これでかすみの仲良しの
ご神体さんも無事だったんだから、
良いんじゃないの」
と玲は呑気にかすみに向かって語った。「まあ、後でさんに聞いとくは」とかすみもをしながら呑気に答えた。その後玲はかすみと手分けして神社の敷地内で火の粉がないかどうかを確認してから、召喚を解除した。
消防隊の隊長が玲とかすみの所にやって来て、神社周囲の消火活動はほぼ終了したこと、そしてこれから消防団員達と手分けして美土路山裏手の消火と火種が残っていないかの見回りをすることを玲に伝えた。そして、一旦消えても内部に火種が残っている可能性は十分あるので、注意して欲しいとの忠告を受けた。玲は隊長に「分かりました。有難うございました」と言って、消防士達を見送った。火種がまだっている可能性があることを知った玲は内心、少し解除するの早かったかな、と不安に駆られたが、その時は普通に消火活動すればいいか、と思い直した。それから、警察官が神社にやって来て玲とかすみは事情聴取を受けたが、境内に残っていた消防士から山頂に落ちた落雷の影響で間違いないとの報告を受けたことで、落雷による山火事との結論を得た。一通り対応を終えた所で、玲とかすみは自宅に戻ることにした。時刻は午前3時を回っていた。
玲もかすみもその後は眠ることも出来ず、結局自室で好きなことをして過ごすことにした。そして何時もの起床時間の午前6時になった時、玲は今一度外の様子を確認すべく、一旦作務衣に着替えて、その上からダウンジャンバーに袖を通して出掛けることにした。玄関扉が開く音を耳にしたかすみは、自室から慌てて出てきて
「玲、何かあったん?」
と不安げな表情で聞いてきた。
「いや、特に何もないよ。
念のため、周辺を見回ろうと
思っただけだから、心配しないで」
そう、気を付けてね、とかすみに見送られて、玲は神社周辺を見回ることにした。残念ながら冬のこの時間はまだ夜明けには少し早く、辺りは暗い闇の中。それだけだと、普段の美土路神社と何も変わらないが、やはり木々が燃えた匂いが辺りに漂っており、その匂いを嗅ぐと先程の光景が目の前に現れるようで、少し身震いしたりした。念のため鳥居から先の住宅街に足を向けたが、消防車が1台停まっているだけで、特に住宅への延焼はなかったことに、玲はホッとした。と言うのは、神社のことばかり気にして、その周りがどうなったかまでの配慮に思いが行き渡らなかったからである。それから、神社の西側に向かうと、何時も春先になると咲き誇るソメイヨシノは火災から逃れて無事な姿が確認出来ことに、玲は一安心した。桜の咲く頃になると、満開のソメイヨシノを社務所から見て何時も心を和ませてくれる。そんな桜の木を火災で焼失させずに済んだことは、やはり自分がやったことは間違ってはいなかったのだと、確信した。だが、そこから数メートル先の雑木林は、完全に燃えて無くなっているのを見ると、少し複雑な心境でもあった。もう少し広い範囲をカバーすべきだったか、いや、もっと早い段階で展開していたら、美土路山の頂上だけで被害が食い止められてたのではないか、と後悔するときりがないが、そんな負の感情のスパイラルにどうしても陥りそうになってしまう。そしてそんな感傷に浸った玲に、さらに追い打ちをかける光景が目に飛び込んでくる。丁度その頃になると、東の空が薄っすらと赤みを増してきた。てっきりまだ火災が鎮火されていないのではと勘違いしそうな朝焼けである。だが、昨日までの美土路神社であれば、東の雑木林のために、このようなはっきりとした朝焼けをこの時間に目にすることは出来なかった。そう、雑木林がほぼ消失したためだからこそ、目にする光景なのであった。玲はただ東の空に映し出された朝焼けをじっと見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。
やがて、太陽が東の空に顔を出した頃になると、美土路山の目を背けたくなるような惨状が嫌でも目に飛び込んできた。真黒に焼けた山肌は、暫く秋の紅葉が見られないことを物語っていた。いや、もしかしたら永遠なのかも知れないとすら感じた。そして神社周囲の雑木林も同じように黒く焼け焦げた跡をそこに残していた。一方、その悲惨な状況とは対照的に、朝日に照らされた神社の建物は昨日見た光景のまま、静かにそこに佇んでいる。まあ、この神社を守れただけでも良しとしよう、と気持ちを切り替えて玲はかすみの待つ自宅に戻った。
さて、玲とかすみは、その日は朝から大忙しである。まず、美土路神社の管理者であるかすみの叔父のが、早速玲とかすみの所に駆け付けて来た。そして2人の無事な姿を見て安堵し、更に神社の建物が全て燃えずに以前の状態のままそこにあることに心底驚いたようだ。その後、山火事があったことを聞きつけた地元差間見町の住人達が、神社が燃えたのではと心配になり駆け付けたが、火災の影響を全く受けていない本殿と拝殿を眺めた途端、皆拝殿にてお参りし出した。その光景は、年始の初詣かという感じで、普段の美土路神社には見られない光景でもあった。そして午後になると、米野市にある地元のテレビ局のヘリが上空を旋回し、地上ではテレビ局のスタッフが取材に訪れて、神社周辺の惨状と対照的な神社の様子をカメラに収め、更に玲とかすみにもインタビューをしたが、彼らは一応顔出しはNGで対応した。そしてこの模様は全国ニュースにもなったりしたことで、更に大きな注目を浴びることになった。ネット上では、
[あの山火事で神社の周囲は真黒なのに、
神社の敷地内は無傷って、凄すぎない]
[あの神社の神様の結界が作用したんじゃない]
などと様々な意見が交わされたが、共通するのは神社の御利益が半端ないのでは、ということだった。そのため、この日以降、全国からや火災除けのお守りを売って欲しいという要望が引っ切り無しに来たことは想像に難くない。だが、残念ながら美土路神社にはそもそも火除札の類が置かれてないので、どうしようと途方に暮れたのは、玲とかすみであった。これに関しては彼らの一存で決められない訳で、結局田所宮司と氏子衆がどうするかを決めることになった。
その後、漸くその日の業務が終了した午後5時になった時、かすみのスマホに電話が入った。発信者を見たかすみは、嬉しそうに微笑んで電話に出た。
[もしもし、霊華さん。どうしたの?]
[もしもし、師匠無事でしたか?
テレビで火事のことを見てびっくりしました]
[心配かけて御免ね。こっちは大丈夫だけど、
えらい騒ぎになっちゃったよ。全く]
と電話の相手に愚痴りだしたかすみである。
[何か手伝えることがありましたら
直ぐにそちらに向かいますので
仰ってください]
[お気遣い有難うね、霊華さん。
まあ何とか大丈夫だから]
そう言って電話を終えた。ちゃんと仕事の邪魔にならない時間を選んで電話をする、そんな気を遣ってくれる神室霊華にかすみは感謝するのだった。
その後、美土路神社は火災除けだけでなく、何やら厄除けも凄いのではとの噂まで飛び出し、その結果、全国から参拝客が訪れるような神社になったのだった。