召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、神室霊華の実家に招待される (後編)
夕方になり、物部かすみと神室霊華は、それぞれ正装して家の本宅に向かうことになった。かすみは最初、「あれ」で行こうかと考えた。勿論ドレスコードは問題ないだろうが、恐らく雰囲気と言うか色合いからすると神室霊華と被りそうなので、ここは敢えてタチアナから贈られた「あれ」を使って、自分でデザインしたドレスを身にうことにした。そのうち、部屋の外から「かすみさん、準備出来ましたか?」と神室霊華が声を掛けてきたので、かすみは今のドレスに合うハンドバッグとシルバーのパンプスを手元に召喚し、それを持って部屋を後にした。
「かすみさん......そのドレス凄くお似合いです!
それって、もしかしてロムリアですか?」
とお世辞にも褒められたかすみは、少しだけ鼻が高くなった。かすみが身に纏っているのは、淡いラベンダーグレーのシフォン素材のドレス。肩口は薄絹で優しく透け、スカートはふんわりと花びらのように揺れている。春の風に包まれたようなその姿は、まるでこの季節に咲く野の花のように清らかで、どこかさすら漂わせていた。
「実をいうとね、これは自分で
デザインしたドレスなんよ」
「えっ、ほ、本当ですか?」と神室霊華は大きく目を見開き、驚きで大きく開けた口を両手で隠すように覆いながらそう聞き返した。その余りにも驚く表情を目にしたかすみは、そんなに凄いんだと、自分のデザイン力に少し自信が持てたのだった。
一方の神室霊華はと言うと、何時もとはまったく異なる気配をっていた。腰まで伸びた黒髪を今はアップにまとめ上げて、深い紫のベルベットに身を包み、ドレスは身体のラインに寄り添うように流れ、裾には唐草模様の金糸が静かに輝いていた。そして背筋を伸ばして静かに佇むその姿は、気品と静けさを備えている。「あ~、私もあれくらい身長欲しいな~」とまたもや無理な相談に思いを寄せるかすみだが、玲なら「本当に身長伸ばしてあげるよ」とニヤニヤしながら、本気でかすみを引っ張るに違いない。そんなこと考えていると、くそ、何か段々腹が立ってきたが、残念ながらここには「しばく」相手が居ない。残念と悔しがるかすみだった。
2人で玄関まで向かい外に出ると、1台の黒塗りの外国製高級車が停まっていた。その傍には一人の年配の紳士が背筋を伸ばして立っていた。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
有難うと言って、後部座席にかすみと神室霊華は腰を落ち着けた。
「うわ~、ほんまに霊華さんって
お嬢様なんだ!」
改めて感動するかすみである。神室霊華は少し恥ずかしそうに、「あ、有難うございます」と呟いた。そして車は紀家の本館に向かって進んで行った。5分程進んだところで、到着したようだ。車で5分って結構距離あるよな、と思ったかすみだが、後で神室霊華の自宅と実家が実は隣同士であることを聞かされた時、「ま、じ、かー!」と絶句した。車で5分走るって、どんだけでかいねん!と思わず突っ込んでしまったのは言うまでもない。
さて、神室霊華が先に降り、その後かすみが車から降りると、彼女の足元に車のドアが静かに閉まる音が残った。そして顔を上げたとき、視界いっぱいに広がった光景に、思わず息をのんだ。それは「家」という言葉でくくるには、あまりにも桁外れの構えだった。眼前にえる建物は、全体が白く磨き抜かれた大理石で構成されていた。そこはまるで、ロシアのサンクトペテルブルクにある大理石宮殿を思わせる荘厳な気配を漂わせていた。特にこの時間、その白亜の壁面は、夕陽を受けて淡く桃色に染まり、彫刻の施された円柱や装飾的なアーチ、石造りのバルコニーがそれぞれ陰影をまといながら幻想的に浮かび上がっている。金箔の施された窓枠はかすかに光を返し、まるで邸宅そのものが光源となってあたりを照らしているかのようだった。
かすみは、今まで幾つかの豪邸と呼ばれる所に出入りした経験はある。一番多いのは、町の家であろう。あるいは都内に居を構えるワールド・クローズ社長の若林家も豪邸となるだろう。だが、目の前の紀家は、
「ねえ、霊華さん。ここってご実家だよね?」
「はい。今は父と母、そして父方の叔父と
伯母の家族が住んでいます」
「はぁ~」と思わず溜息を漏らすかすみである。かすみの目の前には豪邸、ではなく、
「霊華さん、これ宮殿だよね?」
神室霊華はニッコリと微笑みながら、かすみを玄関へと案内して行く。神室霊華にとっては日常の風景なのだろう。だが、かすみには、まるで異国の王族に招かれたような、得体の知れない緊張と興奮が胸の奥に残っていた。そしてその途中で神室霊華はかすみに向かって、実は玄関側からは分からないが、建物の向こう側には広大な庭園が広がっていると教えて、「後で案内しますから楽しみにしていてください」と言われたとき、かすみの心は今度は胸躍る高揚感に満たされたのだった。
神室霊華に誘われてこの宮殿の大広間に案内されたかすみは、早速紀家による歓迎の宴に迎えられた。中世ヨーロッパの貴族の城にでもありそうな大きな長テーブルには、既にこの宮殿の当主以下全員が集まっていた。ただしテーブルの一番端の上座、かすみが言うところの「お誕生日席」は空席のままである。あれ、霊華さんのお父さん来てないの?と疑問を持ち出したかすみだが、お誕生日席の右側の席に座っている紳士が
「麗華、早く物部さんをお連れしなさい」
と神室霊華に指示を出したので、「え、あの方がお父さんなん?」と神室霊華に囁いた。神室霊華は首を縦に振りながら、かすみをお誕生日席に誘った。その時のかすみの心境は、「うわ~、まじか~、こんなんされたの初めてやし」とかなり動揺していたのは間違いない。だが、かすみも場数だけは踏んできており、そんな不安や動揺を一切顔には出さず、常に笑みを湛えていた。そしてかすみが着席したと同時に、大広間の扉が開き、料理が運ばれてきた。この日はフレンチのフルコースとなっており、食事の前にワインがグラスに注がれた。なお、かすみにはワインの良し悪しは全く分からないが、後で神室霊華に教えてもらったところでは、そのワインはロマネ・コンティという銘柄のワインで、しかも当たり年と呼ばれる1999年物だという。ちなみに、それ1本で数百万はするというから、「うわー、もっとちゃんと味わっときゃよかった〜」と後悔したのは言うまでもない。なお、料理に関しても、有名シェフを態々呼び寄せて、宮殿内の厨房にて作らせたというから、まさに至れり尽くせりの歓待であった。そして晩餐会も中盤に差し掛かる頃、神室霊華の従兄、つまり彼女の父親の弟の息子である、が少し酔い気味になってかすみに対し
「物部さんって誰かお付き合いされている方が
おられるんですか?」
とストレートに質問してきた。これにはかすみは動揺して、「え、えーと」と声を詰まらせそうになったが、そんな時、神室霊華が
「竜太郎さん、そんなことを聞くのは失礼ですよ」
とめた。そして
「ちなみに、残念ながらかすみさんには、
彼氏がいますよ」
と答えたため、かすみは「え、えー、霊華さん、そ、それは」と声を詰まらせてしまった。まあ、この場は神室霊華に任せた方が無難かなと思い直し、そのまま口をんだ。その後は神室霊華の上手い誘導やサポートのお陰で、世間話と言うか、かすみがこれまでに扱って来た降霊術や除霊に関する話題を提供したり、後はタチアナに誘われてフランスを旅行した話などをして、少しずつだが何時ものかすみに落ち着くことが出来た。そんな時に、神室霊華の母親であるが、かすみの今の衣装もロムリアブランド何ですか、と尋ねてきた。それに対し、「これは自分でデザインした衣装なんです」と答えたところ、娘の神室霊華と同じリアクションをしたので、少し楽しくなったりした。でも、自分のデザインって、もしかして高級ブランドに匹敵するのかな、などと考えると、益々自信がついてきたのだった。
そして宴もたけなわとなった頃、紀忠興からかすみにあるお願いをされた。それは、
「物部さん、もうご存じかと思いますが、
我が紀家は代々降霊術に基づいた
陰陽師の家系でした。
それにもかかわらず、最近までは
陰陽師の役割を十分に果たすことが出来ず、
かなり悔しい思いをしておりました。
ところが、物部さんの下で娘の麗華が修行し、
そして我が一族の念願である
紀家の陰陽道が復活したこと、
物部さんには感謝してもしきれません。
本当に有難うございました」
と言ってかすみを除く全員が立ち上がって、かすみに対し頭を下げたのだ。その光景を目にした途端、かすみも思わず立ち上がって、慌てふためいてしまった。そんな時も神室霊華は、
「かすみさん、いえ、師匠のお陰で、
私も自分に自信を取り戻せました。
本当に有難うございました」
と言われると、もはやかすみには何か返す言葉が見つからず、どう対処して良いのか分からなくなり、思わず下を向いてしまった。そして、
「ところで、物部さん、
一つお願いがあるのですが...」
と紀忠興に言われたことで、少し落ち着きを取り戻したかすみは、徐に顔を上げて紀忠興を見つめた。そして彼は、かすみに対し本物の降霊術を見せて頂けないかと提案された。ただし、かすみとしては、本物も何も、玲もかすみも神室霊華も降霊術はそれ一つだけなので、神室霊華が行う降霊術と同じことになる。そこでかすみは、
「私も霊華さんも、
基本的な降霊術は全く同じなので、
霊華さんの降霊術もそれは本物です」
と、まず紀忠興にそのことを説明した。ただし
「ただし、まだ彼女には出来ない術はありますので、
それをお見せするということで宜しいでしょうか?」
と言ってそれを披露することにした。それは、降霊転移門により霊界を見ることである。そこでかすみは、近くの空いたスペースに降霊転移門を設置した。そして、ハンドバッグから霊視グラスを4個召喚して取り出し、それぞれを神室霊華の両親と伯母夫妻に手渡した。同じように神室霊華も、自分のハンドバッグから霊視グラスを3個召喚して取り出し、それぞれを叔父夫婦と紀竜太郎に渡した。
「この霊視グラスは、霊華さんもお使いですが、
霊体を肉眼で捉えることが出来る特殊な眼鏡です。
それをかけて頂くと、左目のレンズのある方だけ
霊体を見ることが出来ますが、同じように...」
ここに設置した特殊な門をご覧いただけます、と先ずかすみは説明した。そして、
「この門は、実はこの世とあの世を
隔てている門です。
どういう事かと言いますと...」
あの門の向こう側は霊界、つまり死者の世界になります、と伝えた。すると一同の間に緊張が走る様子が見て取れた。そして試しに、
「私がここから首を入れると...」
突然目の前のかすみの首が見えなくなったため、小さな悲鳴があちこちから起きた。
「つまり、この向こう側は、
この世界ではないことが
お判りいただけると思います」
そして一人ずつ近づいてもらい、同じように覗き込んでもらおうとしたが、なぜか皆し出した。そこで、
「一応、中でも呼吸は出来ますので
安心してください」
と伝えると安心したのか、先ずは紀忠興が首を入れて覗き込んだ。暫くして首を引っ込めたが、そこには驚きと興奮が入り混じった表情を湛えていた。
「も、も、物部さん、あ、あそこが、
れ、れ、霊界なんですね」
「ええ、そうです。霧がかかっていて
視界が悪い上に、音も聞こえません。
そんな不思議な世界なんですよ、霊界は」
その後一同は順番に霊界を覗き込み、その不思議な体験を共有した。そして、一通り見てもらった後で、霊華の母親の紀亜沙美が
「物部さん、もしここに人が
迷い込んだりしたら、
どうなるのでしょうか?」
と誰もが思う質問をかすみに投げかけた。かすみは、内心「お、良い質問だね」と思いながら、普通の人だと半日で亡くなること、今の霊華さんだと数日、私でも1週間から10日位で命を落とすということを、包み隠さずに話した。じゃあ、ここから覗いたら危ないじゃないか、と紀竜太郎が騒ぎ出したが、覗く程度であれば全く問題ないこと、問題があるのは、このようにすっぽりと入った場合です、と言ってかすみは降霊転移門の中に入って行った。流石に神室霊華を除く一同全員、かすみが消えたことに強い衝撃を受けたが、そのうちかすみがひっょこりと現れたことで、安堵の表情を浮かべた。すると紀竜太郎が「何だ簡単に出れんじゃん」と軽口を叩き出したが、かすみは冷静な表情で
「ええ、向こうからこちらに
戻ることはできますよ。ただし...」
それをするには、これと同じ門を霊界に作る必要かあること、そして、
「今の所この門は私と相棒しか作れません。
残念ながら霊華さんの力ではまだ難しいです」
と現状の神室霊華の状況を説明した。更に、無理にでも作ることは可能だが、恐らく何回か行うと命を落としかねないとも付け加えた。
「そ、そうすると、娘の麗華は、
この術を得ることは出来ないのですか?」
と紀忠興は少し不安げな表情でかすみに尋ねた。それに対しかすみは、
「今直ぐには無理ですが、
降霊術の修行を続ければ、
今年の秋位には楽に出来るように
なると思います」
と答えた。それを聞いた神室霊華は、自分でも予期しない答えだったので、思わず
「し、師匠、それは本当でしょうか?」
と興奮しながらかすみに尋ねた。かすみはにっこり微笑みながら、「うん、それは大丈夫よ。後で詳しく説明するから」と伝えたことで、神室霊華は嬉しくて小躍りしてしまった。
さて霊界にわる話を終えた所で、かすみは降霊転移門を召喚解除しようとした時、またもや紀竜太郎が質問を挟んできた。
「これって、単に霊界を見るためだけの物で、
他に何も出来ないんだろ?」
まあ、困ったお子様だ、とは思わないが、こういう輩が居るのは何時ものことなので、かすみは穏やかな表情を保ったまま
「いいえ、これはある意味除霊における
最終手段となります。
どういう事かと言いますと...」
と言って、かすみは風を感じる程度に降霊転移門を少し開けた。
「今、皆さんは風を感じてますよね。
これは霊界とこの世界を
直接繋げたからです。そして」
霊界はこの世界よりも気圧が凄く低いため、このように門を少し開けるとこの世界の物が霊界に吸い込まれること、そしてこれの何が最終手段かと言うと、
「除霊する場合、どうしても除霊できない
怨霊や悪霊が居ます。そう言った霊体でも」
と言って、かすみはここで一瞬だが全開にした。そして直ぐに元に戻したが、ほんの一瞬でもその場に居た全員、その門の中に吸い込まれる恐怖心を味わった。かすみは更に続けて、
「今体験して頂いたように、怨霊や悪霊は
この門を開けて強制的に霊界に
吸い込むことが出来ます」
今の所、100%確実ですね、と付け加えて説明を行った。これで漸く納得したのか紀竜太郎は黙って頷いたのだった。
さて、これで降霊転移門はお役御免となって召喚解除された。そして、紀家の人達は、かすみが行った特殊とも言うべき降霊や除霊術に対し、どう表現すべきか言葉を失ってしまった。そんな中、神室霊華は、紀家の人達に
「皆さん、私が無理なお願いをして
修行をさせてもらった師匠が如何に凄い方か、
これでお判りいただけたと思います」
いやいや、別に凄くないよ私は、と神室霊華に向かって囁くも、恐らくかすみの言葉は彼女の耳には届いてないだろう。それ位に神室霊華は興奮していた。そしてその後、紀忠興から、
「物部さん、失礼なことがあったことをお詫びします。
そして、これからも娘の麗華のこと、
宜しくお願いします」
と紀家全員が再びかすみに対し頭を下げた。もうこの光景にはなれたのか、麻痺したのか、かすみは特に動揺することもなく、「分かりました。霊華さんのことはお任せください」と伝えた。
その後、かすみは楽しみにしていた庭園散策をしようと思ったが、晩餐会終了と同時にライトアップされていた庭園の照明が消えたため、明日以降に持ち越しとなった。まあ、まだ時間はたっぷりあるから気長に行こうということで、神室霊華と共に、彼女の自宅に戻って行った。そして自室として宛がわれた離れの部屋に入った途端、そこにはふかふかの布団が敷かれていた。「ほんま、高級旅館やんか」とかすみは誰にともなく呟いた。そして着替えてから離れにある風呂に入り、その後暫く庭を眺めながら今日一日のことを思い出していた。特に晩餐会で降霊転移門を出したことが良かったのかどうか。もし玲がこの場に居たら、真っ先に反対するだろうことは明らかだ。だが、かすみも単にお遊びで召喚した訳ではない。実を言うと、あの場の雰囲気を感じるに、どうも神室霊華の能力に多少なりとも疑念と言うか、不安を感じていることが強く伝わって来た。そしてそれを払拭するには、霊界を直接見て知ってもらい、その上で神室霊華も今直ぐには出来ないが近いうちに同じことが出来ますと伝えれば、神室霊華の株が数段上がることは確実と判断したのだ。そして、かすみの読み通り、紀家の人達は皆一様に娘であり姪である麗華の存在をより強く認識したようだ。
「まあ、これも政治的な駆け引きっちゅう奴やろな」
などとかすみは誰にともなく呟くが、少なくともその目的は十分に達しただろう。後は明日以降に神室霊華と行動を共にして、最終的には玲に判断してもらって、上手くいけば恐らく玲がロムリアから帰還した後にあのエンペリアンでレベルアップとなるとみている。そんなことを考えると何だか楽しくなるかすみであった。さて、明日もあるからそろそろ寝るか、と言うことで、かすみは障子を閉めて、布団に潜り込んだ。そして誰にともなく
「なんや、よう分からん、長い一日やったわ~」
と呟きながら眠りについた。