召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、神室霊華の実家に招待される (前編)
今年も大型連休がやって来た。最神玲と物部かすみは、連休中は社務所の仕事が休みになる。いや、正確には、玲とかすみは休み、と言うべきか。と言うのは、ここ数カ月間、彼らが勤める美土路神社は、連日大勢の参拝客で賑わっている。そんな状況で、連休だから神社は休みです、とは流石に無理な相談である。まず、差間見町の町長を始め主だった偉い人達は、美土路神社が連休中に休むことは絶対に認めたくない。理由は簡単で、連休中に全国から大勢の参拝客がやって来ることが見込めるからだ。ただし、毎日真面目に働いている玲とかすみをこのまま連休中に働かせることは、まず氏子総代である家当主のが難色を示した。宗座衛門としては、自分の可愛い姪を馬車馬のように働かせる訳にはいかないし、そんなことしようものなら、姉の怒りを買うのが分かっていた。それ故に、彼としては妥協策として、氏子を当番制で社務所に詰めてもらうことを提案し、了承された。勿論、自身も含めてである。そして、連休中は玲とかすみは、心置きなく休日を楽しめるのだった。
だが、玲もかすみもそれぞれの実家に帰省することは考えていない。玲は、まあある意味予想できるが、かすみに関しては実は実家から帰って来いとしつこく言われている。どうせ、訳の分からない見合いでもさせようという魂胆だろうとかすみは見抜いていたが、それはち間違いではなかった。だからと言ってかすみも、美土路神社に閉じ籠っている訳にはいかないのだが、そんな時に渡りに船と言うべき招待がかすみにもたらされた。それは、かすみの一番弟子である神室霊華からの招待である。どこに招待されたのかと言うと、神室霊華の実家の家である。実は、神室霊華の実家の紀家では、娘の麗華の目を見張るような降霊術をいったい誰が教えたのかに非常に興味を持っており、是非その方を我が家に呼んで欲しいと、娘の麗華に言い続けていたのだ。だが、神室霊華も美土路神社の状態をよく理解しており、簡単にかすみを呼ぶことには難色を示したのだが、今年の大型連休は日の並びがよく、連続して5連休になることから、このタイミングでかすみを招待することにしたのだ。そしてかすみも、実家から呼びつけられて辟易していたところに、まさに渡りに船とばかりに神室霊華から彼女の実家への招待があったので、そちらを受けることにした。ちなみに、かすみは実家には、神室霊華からの招待ではなく、東京の紀家からの招待と断りを入れていた。と言うのは、かすみの父の克敏も母の京子も、霊能力者に関心はなく、その為神室霊華の名前を全く知らない。それよりも、実業家としての紀家の方が彼らには馴染みがあるというか、名前だけは知っている存在なので、それを前面に押し出した。するとかすみの思惑通り、そんな凄いところから何でかすみが招待を受けたのかが気になり、母親の京子が態々美土路神社にまでやって来ることになったりした。尤も京子としてはそのために美土路神社に来たのではなく、実は別の目的で弟の宗座衛門に会いに来たついでだったのだが。
そしてかすみは、自分の実家(特に母親)からの妨害を受けることなく、その日の午後に神室霊華の実家のある東京近郊の都市に向かった。なお、事前に神室霊華はかすみが転移できる場所を確保してくれていた。そこは転移先候補No.1の場所であり、紀家からは少し遠くにある神社で、古くからこの地の氏神が祀られている所である。そこであれば誰にも見られずに転移出来、しかも迎えに来た神室霊華の運転する車に同乗することで、自然な形で実家に来ることが出来るというのだ。まさに至れり尽くせりというところか。そんな場所にかすみは安心して転移し、そこで神室霊華の出迎えを受けたのだ。
「師匠。ようこそお出で下さいました」
「霊華さん、そんな他人行儀な挨拶は抜きにしてね、
気楽にいきましょう」
とかすみはにっこり微笑んだ。そして神室霊華の運転する車で2人は紀家に向かった。
先ず紀家の本宅に向かう前にかすみは神室霊華の自宅に向かったが、かすみが車から降りた瞬間、世界の音が一段、遠のいたように感じられた。目の前に広がるのは、檜の香りが静かに満ちる、純和風の平屋建ての屋敷。どこまでも磨き抜かれた木肌は、陽の光を淡く返しながら柔らかく光っていた。柱も梁も、そして縁側も、すべてが厳選された檜で作られており、その白木の肌は、古びることなく時を抱いているようだった。屋根は端正なで、軒先から下がるが、風に小さく揺れている。その下を通ると、かすみの頬をなでる風がふっと涼しく、まるで家そのものが生きて呼吸しているようだった。
「なんか、ここって京都の御所みたいやね」
なぜかかすみは、中学の遠足で訪れた京都御所を思い出してそう呟いた。決して神室霊華の自宅と御所が似ているとかではなく、何となくかすみにはそこに厳かで神秘的な雰囲気を感じたようで、その雰囲気に圧倒されてついそう呟いたのだった。神室霊華もかすみの呟きにニコリと微笑みを返して、「お褒め頂き有難うございます」と会釈した。そして神室霊華の案内で玄関を入ると、踏みしめる檜の床板が静かにきしむ。廊下には季節の草花が活けられ、照明は抑えられた行燈のような明かりが柔らかく辺りを照らしていた。どこか懐かしく、それでいて他人の空間のはずなのに、なぜか安心できる。それからどこをどう来たか分からなくなりながらも神室霊華の後をついて歩くと、目の前に渡り廊下が見えてきた。そしてそのまま更に奥に進むと、そこはちょっとした玄関になっていた。どうやらそこは離れのようだ。そして更に奥の座敷に通されると、床の間に掛け軸と香炉があり、左手の障子越しには、手入れの行き届いた庭が広がり、苔むした灯籠と水音の静けさが、空気全体を柔らかく包み込んでいる。
「こちらがかすみさんの
お泊りになられる部屋になりますので、
どうぞご自由にお使いください」
え、こんな所に泊まるの、何か超高級旅館に来た気分なんですが、と驚きの表情で神室霊華にそう感想を漏らした。
「申し訳ありません、
ここには温泉がありませんので、
その点ご容赦ください」
と神室霊華も微笑みながらかすみの感想に乗る形でそう返した。とりあえず、かすみは部屋の隅にキャリーケースを置き、それから神室霊華に他の場所を案内してもらった。
「こちらが、私が召喚術を行う際に
使用する部屋になります」
と説明された部屋は、広さ16畳ほどで、椅子が数客壁際に並べられている以外、窓もなく、掛け軸や調度品の類が一切何もない部屋である。今は間接照明の仄かな明かりが室内を照らしているが、恐らく降霊術を必要とする顧客がここに座り、前方で降霊召喚門を設置して霊を呼び出す時には真っ暗にするのか、の灯りだけにするのだろうと思われた。ちなみに、降霊術を取得する以前、神室霊華が除霊する場合は別の部屋を使っており、そこにはちょっとした祭壇があるようだが、今はそこは使うことなく、全てここで済ませているそうだ。確かに、降霊も除霊もスイッチ一つで切り替え可能だもんな、とはかすみの最近思いついたフレーズである。そして最後に神室霊華の私室に案内されたが、
「へぇ~、てっきり純和風かと思っててんけど...」
とかすみが呟くように、そこは30畳程の広さの畳敷きの部屋の中程にキングサイズのベッドか置かれていた。そしてその向かいの壁には、80インチの液晶テレビが掛けられている。ベッドの隣には書き物机と椅子があり、ベッドの向こうに縁側に通じるガラス扉がある。そして入口横の扉の先はウォークインクローゼットになっている。
「だって、布団になると出し入れが面倒ですから」
と少しはにかむように項垂れてかすみに弁解していた。かすみも、
「うんうん、それ、わかるわ~」
と同意したので、神室霊華はかすみの両手を自分の両手で包み込んで「ですよね~」と笑顔になって答えた。
「でも、霊華さん、
こんな大きな家に一人で住んでるの?」
「いいえ、住み込みのお手伝いさんが2人と、
運転手兼執事が1人おります」
「えー、執事、まじ!」とラッパーの様に韻を踏んで少し心の中でガッツポーズをするかすみだが、それよりもマジでここ日本なの、と考え込んでしまいそうになった。こんな世界もあるんだな。
その後、かすみは神室霊華の案内で外の庭を散策するとこにしたが、その庭は広く、だが決して贅沢を誇るような派手さはない日本庭園である。ただ、息を呑むほどに美しい均衡だけがあった。白砂が静かに敷かれた枯山水の庭には、石組がいくつか点在し、石の間には細く苔が生え、その深い緑が白砂の上に、まるで絹のような影を落としている。庭の奥には、小さな池がある。水面には、午後の陽光がきらきらと反射し、緩やかな風が波紋を起こしていた。池の縁にはが群れて咲き、涼しげな青が緑のなかにひっそりと浮かんでいる。そのかたわら、手入れの行き届いたの若葉が水面にその姿を映していた。そしてその池には石橋が架かっており、その先には僅かに傾いた灯籠があり、傍らには一輪だけ遅咲きの八重桜が花を残していた。すでにその多くは散り、苔むした地面の上に、淡い花びらがところどころ舞い落ちている。
“あ〜、ほんま最高やわ〜、
こんな落ち着く庭ある?”
とかすみは一度目を閉じての鳴き声に耳を傾け、そして再び目を開けて目の前の光景を眺めながら、全身でその感動を味わっていた。
「あかん、ここに居ると、
もう美土路神社に帰りたくなくなりそうやわ」
ハハハと笑いながら神室霊華にそんな感想を呟いた。
「師匠さえよければ、何時までもここに
お泊り頂いても構いませんよ」
と社交辞令であったとしても嬉しい提案であることは間違いないが、そうすると一人残される玲が気の毒になるので、
「まあ、玲が寂しがるし、うちがおらんと
あの家滅茶苦茶になりそうなんで...」
帰ってあいつを監視せんとあかんのよ、と神室霊華にそう伝えた。それを聞いた神室霊華は、「そうですね、かすみさんあっての玲さんですもんね」と心なしか少し寂しそうな表情になりながらかすみに同意した。