召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
最神玲、物部かすみの誕生日を祝うPart3 (当日編)
翌朝、最神玲は何時もの時間に目覚めた。障子越しに仄かに透ける空の色が、昨夜とは明らかに違っている。まだ日が昇りきっていない、明け方の蒼さが、室内に淡く差し込んでいた。壁際の時計をそっと見やると、時刻は朝の六時を少し回ったところ。寝返りを打つ音もなく、物部かすみと神室霊華の寝息は穏やかだった。玲はゆっくりと布団から抜け出した。足音を殺しながら隣室へ向かい、部屋の障子をそっと開ける。朝の空気が、ひんやりと頬を撫でた。まだ旅館全体が眠っているかのような静けさだった。鳥のさえずりが遠くで一声、空気を裂くように鳴いて、また静寂が戻る。
“せっかくだし、ひとっ風呂……いただくか”
軽く伸びをしてから、玲は脱衣所に向かう。浴衣を脱ぎ、備え付けの麻の湯衣をまとった。戸を開けると、すぐそこには、部屋付きの露天風呂が朝の光に濡れて静かに湯気を立てていた。
玲は掛け湯をしてから、静かに湯に身を沈める。ひとたび湯の中に入ると、芯まで温かくなり、昨夜の疲れがすっと溶けていくようだった。目の前には、小さな庭がえられていた。竹垣の向こうには楓の若葉が風に揺れ、小川のせせらぎが微かに聞こえる。湯の表面には朝日が淡く映り、金色の波紋をゆらゆらと広げている。玲は肩まで湯に浸かりながら、静かに空を仰いだ。薄雲が東の空を薄く流れ、やがてその合間から太陽が顔を出しはじめている。山あいの朝はどこか幻想的で、日常の輪郭が一瞬ぼやける。
“……この時間だけは、すべてが止まってるみたいだ”
ふと、かすみの寝顔が頭に浮かんだ。安らかで、どこか幼さを残した表情。昨夜の賑やかな夕食や、露天風呂でのやりとりが、まるで夢のように遠く感じる。玲は湯に顎まで沈み、目を閉じた。朝の静寂の中で、自分の鼓動と湯の音だけが、確かにそこにあった。
「玲、いるんか?」
そんな朝の静寂を破るようなかすみの掛け声が、露天風呂で幻想的な世界に浸っていた玲を現実の世界に引き戻した。
「やっぱおるやんか。もう、居たら返事せえよ!」
となぜかかすみは朝からぼやいている。「かすみも入るかい?」と尋ねると、かすみは「はあ?何でここでもあんたと混浴せなあかんねんな!」と今度はクレームをし出した。その時、神室霊華も顔を出して、
「皆さん、おはようございます。
師匠、どうかされたんですか?」
とかすみの挙動を不審に思った神室霊華がかすみにそう尋ねた。
「いや、別にどうもせーへんけど、
うちらゆっくりしている時間ないからね、
ははは」
と何やら誤魔化し笑いをするのだ。そして玲はと言うと「神室さん、朝風呂はどうですか?」と今度は神室霊華を誘い出した。これには、かすみもプチンとキレたようで、手元にマキザッパを召喚して玲をシバキに掛かった。まず1発目を玲の頭に叩き込んだ。そして
「あんな、玲、8時までに神社に
帰らなあかんことは分かってるよな?」
「そりゃ、当然だろう」玲は答えた。すると、もう1発も玲の頭に叩き込んで、
「そして7時には朝食が
この部屋に運ばれてくんねんな」
「まあそう頼んだからね」と玲はまた答えた。そして、最後にもう1発を叩き込んだ。
「ほんで、ここから車で送ってもらうのに
何分かかったか覚えてるか?」
「えーと、20分位だった......あー!」と漸く事態を飲み込んだ玲である。そう前回はギリギリまで居て、後は車で少し進んだところで転移出来たのだが、今回はそうもいかない。そこで急ぎ玲は露天風呂から上がり、何時でも出れる準備を整えにかかったのだった。そして神室霊華はと言うと、
「かすみさん、私も移動のことを
すっかり忘れておりました。
危うく、玲さんの言葉に乗って
露天風呂に入るところでした」
と言ってかすみに謝ったのだが、かすみはと言うと、
「霊華さんは別に神社で仕事する必要ないから、
ゆっくりして行ってもええんですよ」
と言うのだが、1人ここに残されても、困るのは神室霊華であろう。そこで彼女も帰り支度を整えることにしたのだった。
そして7時になると、宿の仲居が朝食を運んできた。几帳面に並べられたお膳は、見た目にも美しく、思わず3人とも背筋が伸びる。それは、秋田の旬をふんだんに盛り込んだ、初夏の朝膳だった。やかな木の膳には、小鉢や陶器の器が整然と並び、彩りも涼やか。主菜は「きりたんぽの味噌焼き」。香ばしく焼かれたきりたんぽに、地元味噌との葉が添えられ、ふわりと立ち昇る湯気が食欲をそそる。
「朝からこれ、ホンマ贅沢すぎるんちゃう?」
と、かすみが目を輝かせると、
「やはり旅館の朝と言えば、
このくらいが正解だと思いますが」
と神室霊華が静かに微笑んだ。他には、「の出汁巻き卵」。ふわふわで出汁がじゅわっと染みる。昨晩も出されたじゅんさいは、「じゅんさいのお浸し」となり、ぷるりとした喉越しで、すだちの香りがしい。香の物には「いぶりがっこ」、香ばしいりと歯応えがアクセントになっている。椀物は「山菜と舞茸の味噌汁」。春から初夏へ向かう山の息吹が、そのまま湯気になって立ち上るようだった。炊きたての「あきたこまち」はつやつやで、箸を入れるたびにほかほかと湯気が立った。
「こんなにお米って甘かった?」
と、かすみが素朴に呟くと、玲も
「僕らが食べている普段の朝とは別世界だな」
と感慨深げに箸を進めた。最後に供されたのは、「の砂糖煮」と「の寒天寄せ」。冷たい緑茶とともに、涼を感じさせる締めくくりだった。縁側には初夏の光が差し込み、青々とした木々の葉が風に揺れている。静かな山の朝、ゆるやかな時間の流れの中、3人は言葉少なに、それぞれの想いで朝のひとときを味わっていた。
7時半になって、3人は手荷物を持って母屋に向かった。そして無事チェックアウトを済ませ、送迎車の待機場所に向かいつつ、玲は次の慰安旅行には、もう少しゆっくり出来そうなところにしようと心に決めた。そして無事車に乗って麓の待合場所まで送ってもらった時、時刻は午前7時55分を指していた。その後本当は急ぎたいところ、変に急ぐとかえって目立ってしまう恐れがあるため、気持ちとは裏腹にゆっくりした足取りで転移して来た場所に移動した。そして周りに誰もいないことを確認した途端、3人は無事美土路神社の自宅に転移して行ったのだった。
自宅に戻って来た玲は、直ぐに何時もの作務衣に着替えて神社に直行した。かすみも作務衣に着替えたが、神室霊華はと言うと、今日は何も予定を入れてないらしく、そのため神社の仕事を手伝います、とかすみに申し出た。かすみとしては人手があるのは嬉しいので、以前神室霊華が使っていた作務衣を取り出し、それを彼女に渡した。そして着替えを済ませてから、かすみと神室霊華も社務所に向かうのだった。
さて午後5時になり、無事今日の仕事を終えた3人は、社務所の戸締りをしてから自宅に戻った。玲は、直ぐに着替えて、「ちょっとケーキを取りに行ってくるね」と言って転移でどこかに向かった。玲が転移でかすみのバースデーケーキを取りに行くところはあそこ、そう総合大学近くのあの店「エスタシア」と思われるだろうが、実は今回はそこではない。玲が向かったのは米野市内に最近オープンした洋菓子店である。実は最近テレビ番組で紹介されたところで、行列のできる人気店何だという。そこで今年のかすみの誕生日には、その店の人気商品であるチョコレアチーズケーキのホールを注文したのだった。なお、ネームプレートは、毎年悩むのだが、やはり何時もの[かすみちゃん誕生日おめでとう]とした。後は駅前のデパ地下でおかずを調達し、来るときに利用した場所から自宅に転移した。
一方のかすみの方だが、玲が買い出ししている間に、自宅に宅配便が届けられた。そう、これは毎年かすみ宛に届けられるロムリアからの誕生日プレゼントであった。早速ルンルン気分で受け取ってリビングに持ち込み、神室霊華と共に箱を開けて中身を見て見ると、今年はパーティードレスが4着入っていた。しかも、どれも色やデザインが全く異なるドレスである。神室霊華もブランド物のパーティードレスを何着か持っており、どれも神室霊華に合わせてデザインされたオートクチュールである。だがそんな神室霊華でさえも、目の前にあるかすみのパーティードレスの余りの豪華さに目を丸くしてそのドレスを見つめていた。
「か、かすみさん、これ本物の
ロムリアのドレスですよね?」
「え、ええ、そ、そう思うけど...」
流石のかすみも度肝を抜かれたようだ。多分これ1着で百万は下らないと思われる。その色合いもさることながら、このデザインは、今自分がデザインの勉強をしているからよく分かるのだが、絶対思いつかないものである。そんな2人の元に、「ただいま」と言って玲は帰って来た。そして買った品物をダイニングテーブルに並べたのだが、かすみと神室霊華の2人が電池が切れたおもちゃの人形のようにその場に固まってピクリとも動かないことに不信を感じ、そっとかすみの目の前で手を振ってみた。すると、漸く我に返ったかすみが玲に向かい、
「あ、あー、玲、お、お帰り」
と言うも、まだ半分ほど別の世界に居るようだ。同様に神室霊華にも目の前で手を振ると、
「あ、あら、れ、玲さん、お帰りなさい」
とこちらも同じだった。一体何があったのかを聞こうとしたが、テーブルに置かれたドレスを見た途端、そういうことね、と納得した。何時もかすみの誕生日になると、こうして高価な品物を贈ってくれていたタチアナ、そして今はエレナ・ニールバウムには心から感謝していた。後でエレナにお礼を伝えておこう。それよりも、
「かすみ、丁度良かったじゃない、そのドレス。
今度の結婚式に着て行けるんじゃない?」
と玲はかすみにそう言った。
「あっ、そ、そうやった。
すっかり忘れるところやった」
と言うものの、実はずっと何を着て行こうか悩んでいたのだった。かすみであれば自分でデザインできるようになったものの、やはりドレスとかはまだまだ修行が足りないことを自覚していた。そんな時に、ロムリアからのこのプレゼントは、まさに渡りに船というところであった。
「これだけあると、また迷ってしまいそうですね。
でも、結婚式でしたら私だったら
あれにしますかしら」
と神室霊華は何だか楽しそうにかすみにそんな謎かけをしたのだった。かすみも、神室霊華からの挑戦と思って真剣に考え始めたが、横から玲が「まずは食事にしない、2人とも」と先ずはお腹を満たして、その後ゆっくり考えたらと言うことを提案した。これにはかすみも神室霊華も異存はない。そこでダイニングに移動して、
「では、今年のかすみの生誕祭を開催します」
と玲の挨拶で始まった。透かさずかすみから「わしは教祖様か!」と言う有難いツッコミを無事頂戴し、かすみの誕生日会が始まった。先ずはケーキを取り出しロウソクを立て火を灯した。そして部屋の電気を消して、玲と神室霊華がハッピーバースデーの歌を披露し、かすみがロウソクを吹き消した。その後玲が部屋の電気をつけてから、早速何時ものマイクパフォーマンスでかすみにインタビューを始めた。
「あのー、物部さん、
今年で何歳になられたんでしょうか?」
「物部かすみ、永遠の18歳です!」
と何時ものボケをかましたが、その途端お約束のように神室霊華が「プスッ」と吹き出してしまった。かすみは、「あ、そうやった、これ霊華さんのツボに嵌るやつやったわ、ははは」と笑って誤魔化したが、時すでに遅し。神室霊華はお腹を抱えて笑い出してしまった。一方の玲は、突っ込むタイミングを失ってしまい茫然としたものの、神室霊華が意外とこういうネタで笑い出すことに新鮮な驚きを持って彼女を見つめていた。そして神室霊華の笑いが収まったところで、玲は一度自分の部屋に戻り何やら封筒らしきものを手にして戻って来た。
「かすみ、誕生日おめでとう。
僕からのプレゼントです」
と言って、その封筒を渡した。かすみは怪訝な表情を浮かべながら中身を検めた。すると、
「えっ、こ、こ、これってー!」
とかすみも何時ぞやのニワトリ状態になりかけたが、かすみの驚いたのには無理もない。中に入っていたのはチケットであった。それも、
「新喜劇の奴やん。しかもこの席って...」
「残念ながら最前列ではないけど、
前から3列目の正面だよ」
と玲は補足した。かすみが手にしているのは、大阪ミナミにある劇場のチケットである。しかも前の方の席だ。そして、
「かすみの大好きなあの人たちの新喜劇のある日だよ」
と言った途端、かすみは喜びを爆発させた。そして、
「一応、3枚取ったんで、神室さんもどうですか?」
「えっ、私ですか?」と自分を指差して驚く神室霊華である。かすみも「ねえ、一緒に行かへん?」と誘うと、神室霊華も師匠に誘われたら断る訳にもいかず「分かりました。是非ご一緒させてください」と言ってしまった。実はまだ神室霊華は何を見に行くのかを把握しておらず、かすみからあの乳首ドリルを生で見ると聞かされた途端、あの日の悪夢が蘇ってしまったことは、かすみは知らない。さて、神室霊華も何とか気を取り直して、自分のハンドバッグの中から細長い包みを取り出してかすみに渡した。
「師匠、これは私からのプレゼントです。
玲さんのに比べるとインパクトが小さいですが」
と言うのでかすみは早速その包み紙を剥がして中身を確認した。すると
「えー!これって、あっこの時計やね?」
とかすみが驚いたのは、腕時計である。しかもスイス製の高級腕時計であり、少なく見積もっても数十万はする代物である。
「いやいや、霊華さん、
ここまでして貰わんでもええんよ」
とかすみは遠慮がちに言うが、神室霊華としては、日頃M Mに金銭面で貢献できない代わりに、せめてこういう時にでも還元できればと考えていたようで、その思いをかすみと玲に伝えた所、
「そっか、霊華さん、ごめんな、
変な気ぃ遣わせてしもうて」
とかすみは神室霊華に謝った。それに対し神室霊華はビックリして、
「し、師匠、そんな頭を上げてください。
折角の師匠のお目出度い誕生日なんですから、
もっと笑顔でいてください」
とお願いされてしまった。かすみも確かにその通りと反省して、「有難う、霊華さん、大事に使わせてもらうね」と言って受け取ったのだった。そして漸く、3人は食事をして楽しい時を過ごし、今年のかすみの誕生日は幕を閉じたのだった。