召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
物部かすみ、親友の結婚式に参加する (前編)
6月の下旬の日曜日。例年であればこの時期は梅雨の真っ最中で、晴天よりも雨天の日が多いのだが、今年は早々に梅雨明けしてしまい、美土路神社だけでなく、今日は全国的に夏の天気となっているようだ。尤も、何かイベントをするのであれば雨天よりも晴天がベストな訳で、物部かすみは朝からあるイベントに向けての準備に忙しい。何のイベントか?それは親友の結婚式である。高校時代の親友の1人、が今日この日に晴れてゴールインを迎えるのだ。そしてかすみはと言うと、希美の結婚式と披露宴に呼ばれているのだが、さて何を着て行こうかを決めかねていたのだ。なお、既に着て行くドレスの候補は幾つかある。それらは、今年のかすみの誕生日にロムリアからプレゼントされたオートクチュールのパーティードレスである。そして今それらのドレスが、かすみが召喚したマネキンに着せて部屋に置かれていた。そしてそのマネキンの前には、各ドレスの名前が記されていた。ちなみにこの名前はかすみが勝手につけたのではなく、ロムリアからの手紙にそう記されていたものである。
“のヴェール(Evening Veil)”
がかったグレイッシュブルーのロングドレス。極細のチュールを幾重にも重ね、動くたびに薄暮の空のような淡い光が揺れる。胸元には繊細な銀糸で刺繍された月桂樹の葉。背中は大胆に開き、透明なベールのようなケープがふわりと肩を覆う。
“薔薇の記憶(Mémoire de Rose)”
くすみローズのオフショルダードレス。肩から腕を包むレースは、薔薇のを模した立体的な刺繍。ウエストには緻密なドレープが入り、柔らかくも洗練されたシルエットを作っている。背中には、極小のパールボタンが静かに並び、締めくくりに大輪の布花が一輪あしらわれていた。
“ノクターン・ブラック(Nocturne)”
深い黒のミニマルドレス。生地は絹を限界まで薄く織ったシャルムーズ。身体に沿うように落ちるラインは一切の無駄がなく、ただ静かに「美」を語る。左肩から伸びるケープが片腕を覆い、まるで闇夜に差し込む羽のよう。それは、かすみの弟子である神室霊華にもどこか通じるような、神秘と品格を併せ持つ一着だった。
“星屑の祝祭(Stardust Soirée)”
めくラベンダーシルバーのロングドレス。全体に星のようなスパンコール刺繍が施され、光に反射して柔らかな銀色のオーラを放っている。胸元は緩やかなカーブを描くハートシェイプ、スカートは後ろに長くトレーンを引き、まるで流星の尾のように揺れる。
かすみはこの4点の中から最適解を得なくてはならない。ちなみに神室霊華は、かすみの誕生日会の食事の後、この4体のマネキンを見て、「やはり、お友達の結婚式であれば、これしかないですね」とニコニコしながら選んでいた。勿論、どれを選んだかはかすみには分からない。ここはやはりデザイン勉強中の自分としては、神室霊華の挑戦を受けて立つしかないのだった。まず全身白とか黒が論外であることはかすみにも分かっている。従って、 ノクターン・ブラック はまず除外される。そして花嫁より目立つのもNGだ。そうなると、煌びやかな 星屑の祝祭 も外さざるを得ない。それと忘れてはいけないのは6月末であること。もう既に日本全国梅雨明けしており、しかも連日、真夏日が続いている。そうなると暑くて汗を搔き易いドレスも避けたい。だからと言って、肌を露出し過ぎるのは確か親族が出席するような結婚式では避けるべき、と言うことを最近どこかのホームページで見た記憶がある。そうなると、答えはこれ一択かな、とかすみはそのマネキンの前でそう呟いた。
” 薔薇の記憶”
早速かすみは、薔薇の記憶と記されたドレスに袖を通すことにした。ただし一人で着るには少し大変だったので、玲を呼ぶことはせず、着付け手伝いを召喚して手伝ってもらった。こういう時、召喚術師であることが非常に心強いとかすみは感じた。後は靴やバッグ、アクセサリー、そしてメイクとヘアスタイルである。靴に関しては、実はよく分からない所があるため、早速ネットでこういうタイプのドレスに合いそうな靴を検索した。その結果、シャンパンゴールドの細ヒールパンプスがベストではないかという印象を持ち、実際にそれを召喚して履いたところ、「うんうん、ええやんか」と満足したのだった。アクセサリーについては、以前両親から入学祝か何かで貰ったローズゴールドの小粒ネックレスとピアスがあったのでそれを着けてみることにした。こちらも「おー、これもええやんか」と満足した。なお腕時計はと言うと、これは当然今年の誕生日に弟子の神室霊華から貰った時計を腕に巻いた。バッグはこれもよく分からないが、目立たないサイズのクラッチバッグを召喚することにした。後はメイクは特に何時もの感じで良いと思うが、ヘアスタイルはこのままだと少し野暮ったい。まあ、昔に比べると少し髪が長くなったので、シニヨンにして纏めてみることにした。そして姿見で自分の姿を見ると、
「うわぁ、うち、完璧ちゃう?」
と自画自賛し出した。念のため玲の部屋に行って玲に見てもらうことにした。
「玲、ちょいこれ、どう思う?」
玲は何時も通りのスタイルで召喚術の研究中であったが、かすみに声を掛けられたのでそちらに振り向くと、何時ものかすみとは違う女性がそこに立っていたので、一瞬誰が立っているのか分からず、目を瞬いてしまった。
「か、かすみか?」
そうか、うちのこと分からんかったんやな、うんうん、とかすみは心の中で満足気に頷いた。そして玲は、顎に手を当て、「へぇー」とか「ほぉー」とか呟きながら、机の上に置いてあったスマホを手に取り、早速かすみのドレス姿を写真に撮った。
「ちょっ、玲、何勝手に撮ってんねんな!」
とかすみは文句を言うが、
「ロムリアから贈られたドレスだからね、
一応エレナさんと、後は僕がロムリアに
召喚された時、タチアナさんに見せるんだよ」
これなら文句ないだろ?と玲は言いたそうだが、そう言うことならかすみも文句は言わない。と言うか言えない。「しゃあないな」と言うことで、一応矛を収めた。
「時間は大丈夫なの?」
と玲がかすみに尋ねるが、結婚式は正午からで、その30分前に到着すれば問題ないので、
「まだ少し時間あんねんけど、そやね、
予期せんトラブルが無いとも言われへんから、
ぼちぼち行くことにするわ」
と言って玲の部屋を出て行った。
村上希美の結婚式と披露宴が行われる場所は、名古屋駅から少し離れた所にある専用の結婚式場である。そこへは流石に直接転移出来ないので、かすみはそこから数km程離れた神社に目を付けた。そこからだとタクシーで10分から20分くらいで着くようだ。もしタクシーが捕まらなければ、自分で召喚するか、と考えたりした。まあ、少し早いが何が起きるか分からないのでその場所にかすみは転移して行った。
運よく本殿裏には誰もおらず、かすみは目立たないようにそっと神社を離れた。そして大通りに出てからタクシーを何とか捕まえることが出来、目的地である結婚式場に向かった。タクシーの車窓から眺める六月末の梅雨が明けたばかりの名古屋の空は、まるで何かを祝福するかのように清々しい青を湛えていた。湿度を帯びた空気がすっかり洗い流され、陽射しは明るく、しかしどこか柔らかい。親友の村上希美の日頃の行いなのかな、と思うと、何だか楽しく感じたりした。やがてタクシーは、結婚式専用のセレモニーホールに到着した。タクシーを降りたかすみの目の前には、まるでギリシア神殿を思わせる厳かな造りの建物が聳えていた。白い列柱がずらりと並び、エントランスには大理石の階段が広がっている。晴天の陽光を受けてその白がまばゆく輝き、まさに「人生の門出」にふさわしい荘厳さを放っていた。そんな神殿のような式場の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、そこにはまた別世界が広がっていた。ヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせるロビー。高い天井には重厚なクリスタルシャンデリアが下がり、床にはイタリア製のモザイクタイルが敷き詰められている。金箔が施された装飾壁、天井のフレスコ画、曲線を多用したバロック様式の調度品。まるで美術館か、王侯貴族の館に迷い込んだかのようだった。
その日は「大安吉日」、さらに日曜日ということもあり、館内ではいくつもの結婚式が同時進行していた。姿の花嫁、タキシードに身を包んだ新郎、親族やゲストたちがそれぞれのチャペルや披露宴会場へと向かっている。廊下には微かに花の香りが漂い、館内スタッフたちはしなくも洗練された動きで行き交っていた。天井の高い披露宴フロアからはグランドピアノの演奏がかすかに響き、カーテン越しのテラスからは、初夏の陽射しと風が優しく差し込んでいる。そんな華やかで祝福に満ちた空気の中、かすみは自分でも見惚れてしまうようなドレスに身を包み、まるでこの日を象徴する存在のように、静かに歩みを進めていた。
かすみは「藤堂家・村上家」と書かれた案内板を見つけてそちらの方に歩いて行く。その時何となくだが、自分が見られているというか注目されている感じを受けたりするが、自意識過剰なのだろうか、と少し心配になったりした。それでも村上家の受付を見つけた時は安堵の表情を浮かべてしまい、急ぎそちらに歩み寄った。村上家の受付で「本日はおめでとうございます」と挨拶をし、記帳を済ませ、祝儀袋を渡して、式次第を受け取った。結婚式は式場にあるチャペルで行うようだ。まだ時間まで30分近くあるため、近くの休憩場所に向かうことにした。その時、
「おーい、かすみ、こっちやでー」
と懐かしい関西弁で呼ぶ声がかすみの耳に届いた。声のする方に振り向くと、そこにはあの時のメンバーが全員そろっていた。
「みんな、あん時以来やね、元気にしとった?」
とかすみが言うあの時とは、昨年のお盆に行われた交霊会のことである。そして今その時のメンバーが全員ここに集まっていた。勿論今日の主役である希美を除いてだが。
「元気やったけど......てか、かすみ、
その恰好なんなん?
何やどっかのお姫様かと思うやんか」
と早速かすみの衣装に目をつけてが、かすみをまじまじと観察し出した。「京香の衣装も凄い素敵やけど」とかすみは心からそう思のだが、すると、
「何やろう、えらく高そうなんちゃう。
その衣装」
と今度はが腕組みをしながらじーっとかすみの衣装を値踏みしていた。そう言えば明日香の職場は、お金を扱う所だったもんな、と思い出すと何やら楽しくなった。だが、「明日香、これは税金で買ったんちゃうで」、と一応明日香にはボケを踏まえた忠告をしておいた。「アホか、そんなん税金で買われたら堪らんし、そんなんするのは政治家くらいやっちゅうの」と、もしこの発言がマスコミに漏れたらえらいことになりそうなんだが、とかすみは心配し出した。
「ねえねえ、かすみ~、
それどこで買うたんか、後で教えて~」
と、何だろうもう出来上がってんのか、と疑いたくなるような甘ったるい声ではかすみにそう尋ねた。よく見ると、決して飲んで出来上がっている訳ではなく、何やらかすみをうっとりした表情で見つめていただけのようだ。
「ゴメン、美鈴、これはこの間の
うちの誕生日プレゼントで貰ったもんなんよ」
かすみ、一体どんな金持ちのパトロンを見つけたんや!!と、京香と明日香が同時に叫んだ。一番そういうことに縁が無さそうなかすみが、意外とちゃっかりしてたんやね~、と今度は美鈴が追い打ちをかけてきた。
「もう、変な想像せんといてー。
これは、ロムリアのタチアナさんからの
プレゼントなんよ」
「やっぱ、パトロンやんか、しかも、超のつくパトロンやで!」と京香と明日香は納得してしまった。すると、なぜか3人は黙り込んでしまった。「どないしたん、みんな?」とかすみは不思議に思いそう尋ねた。すると、3人は顔を見合わせてヒソヒソと話し始めた。「あれ、オートクチュールやな」「そうやね、しかもロムリアやろ」「てことは~...」
「数百万か!!」
と一斉に叫び出した。その声はロビーにいる人たちにも聞こえたようで、全員が彼女達に注目した。
「もう、みんな、声でかいで!!
注目されとるやんか」
とかすみは顔を赤くしながら、3人に抗議した。
「かすみ様、どうか我々にも、
そのかすみ様の友人と言うことを
お伝えいただきたく......」
と3人は揉み手をしながら、かすみに何とかあやかろうとペコペコし出した。あー、もう分かった、分かった、何かの機会にでも言うとくわ、と言うことでかすみはこの話を強引に打ち切った。尤も、注目されることが最近では決して嫌ではなくなってきたので、悪い気はしなかったのだった。