召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
ラハニ・エランの結婚式 (第1幕)
総合大学心霊サークルの動画コンテストが何事もなく終わり、今週末にはいよいよ物部かすみが楽しみにしていたイベントがやって来る。それはお笑いのコンテストではなく、かすみの2番弟子のラハニ・エランの結婚式である。かすみは、昨年末からラハニの結婚式の時に着る衣装の制作に余念がなかった。そして何とか自分でも気に入った一着が完成した。ちなみに今回は、例のタチアナから貰った召喚術で変更できるドレスではなく、正真正銘、かすみが自分で手作りしたドレスである。遂にかすみも自分でドレスを作ることが出来るまで成長したかと思われるが、残念ながらまだ完全ではない。そのため、召喚術で助っ人を呼び出して手伝ってもらったのだった。それでも生地選びから裁断、そして縫製まで試行錯誤を含めて数カ月の期間を要して自らの手で作り上げた自信作を前にして、かすみは満面の笑みをえていた。実は途中で何度諦めそうになったかわからない。一層のこと、何時もの様に召喚術でデザインした物を着ようかと考えた。勿論、出来上がりをイメージするにはそうしないと分からないのだが、そこで諦めず只管手作りに拘って手を止めなかった自分が、今は少し誇らしい。そして今、完成した作品を前にすると、かすみの胸の中で風船がふくらむみたいに、喜びが、そして達成感がれそうなくらいに広がっていった。
今回の旅程は、丁度3月下旬の春分の日を含む土曜日から始まる3連休があるため、その3日間の旅行となった。何となく日本の連休に合わせて結婚式が催される印象を受けるが、勿論そんなことは一切ない。以前かすみがラハニに尋ねたところ、ネイティブアメリカンの文化において春分の日は非常に大きな意味を持つということを教えてもらった。例えば一部の部族ではその日を新年の始まりとみるところがあったり、あるいは収穫と自然への感謝を込めた祭りが行われるなど、とにかく春分の日は彼らにとって重要な意味を持つというのだ。そして今回の旅行だが、かすみと神室霊華だけが飛行機で現地に向かうことになった。残念ながら最神玲は、週明けの神社仕事の関係で結婚式が終了したら直ちに転移で美土路神社に戻る必要があるため、旅行と言うスタイルでの移動が出来ない。と言うことで、かすみからすると、気ままな女性二人旅と洒落込むつもりでいる。
“しっかしなぁ~、霊華さんに
奮発させたんちゃうやろな~”
とかすみは苦笑交じりにそう呟くが、短期間の女性だけの旅行なのに、神室霊華はファーストクラスを予約したのだった。かすみとしてはエコノミーでも、あるいは少し奮発してビジネスクラスでもと考えていたのだが、
「どうせ行くのでしたら、
疲れないようにしないとですね!」
と言ってファーストクラスを2人分用意したのだ。これだったら、確かにアメリカまでの12時間近いフライトは楽に過ごせるからかすみとしても嬉しいのだが、やはり神室霊華に無理をさせてないか気になってしまう。尤も、神室霊華からすると、今の自分の稼ぎは玲とかすみのお陰であり、その為に彼らに対して何かお返しをしたいと常々思っていた訳で、こんな形で少しでもお返しできるのであれば、神室霊華としては本望である。
ところで、かすみと神室霊華が向かうのはアメリカのワシントン州にある大都市であり、日本でも有名なコーヒーチェーンのス〇バやネットショッピングでお馴染のア〇ゾンの本社、あるいはマ〇クロソフトの本社もある都市、シアトルである。そしてラハニが結婚式を挙げる場所は、シアトルから車で2時間ちょっとで行ける標高4千メートルを越えるレーニア山ともタコマ山とも呼ばれる、あるいは地元の日系人からはタコマ富士とも呼ばれたりする、今は活動を休止している火山の麓に広がる雄大な自然公園の中である。勿論ここで式を挙げる理由は、ラハニ夫婦がワシントン州に転勤となったからであり、またレーニア山は、ネイティブアメリカンにとっては聖地とまではいかないものの、一部の部族にとっては祖先から受け継いだ土地と見なされており、狩猟や薬草の採集などの伝統的な生活が営まれた歴史を持つ。このように、ネイティブアメリカンにとって大事な場所において、ラハニは生涯を共にするパートナーと誓いの儀式を挙げるのであった。
そしてM Mの3人が訪れるこの時期のワシントン州は、まだまだ肌寒い日が続き雨がぱらつく日があったりするという。そのため、かすみは防寒着を用意することになるのだが、日本ではもう必要ないため、それを持っていくのが面倒に感じていた。そのため、かすみとしては必要最低限の荷物で行くことにし、必要な物は美土路神社の自宅に置いておき転移して取りに来ることにした。あるいは玲にLINEして持って来てもらっても良いと考えている。そして神室霊華にも、大きくる荷物はここに置いておくように伝えており、神室霊華も遠慮がちにだが、ドレス一式と結婚式用のコートをかすみの部屋に置いておくことにした。そうなると、後は手荷物用のキャリーケースだけで十分なので、かすみと神室霊華は気軽な格好で行くことが出来るのだった。
そしていよいよ出発当日の週末土曜日を迎えた。なお、シアトルへの直行便は成田空港から毎日午後6時に1本飛んでいるので、その時間までに成田に行けば問題ない。尤もかすみとしては、それ以前に神室霊華の家に向かう予定で、そこから神室霊華の車で向かうことにしていた。そしてそれまでは時間があるということで、金曜日の晩から何時もの様に別荘に泊まりに来て、今は3人で朝の露天風呂を楽しんでいた。この後のかすみは、工房に籠って何時もの如く洋服のデザインを始めるかと思われたが、午前中は神室霊華に付きあってある物を一緒に探すことにしていた。神室霊華も、最近では玲やかすみに倣って、自分の趣味を持つようになったのだが、その材料をこの別荘のある山の中に見つけられないかと思い探し回っていたのだ。そして何とかお目当ての物が見つかったようで、神室霊華も嬉しそうにそれを一部持って帰って来た。ただし、作業は今日から始めても時間が足りないので、ラハニの結婚式から帰ったら早速取り掛かる心算にしていた。
さてこんな感じで各自思い思いの時間を過ごし、午後2時になったところで、
「じゃあ、霊華さん、そろそろ行く用意しよか!」
とのかすみの合図で出発の準備を整えた。そして、
「ほんじゃ、玲、うちら先に行くな。
それと、玲の転移先は
うちらの部屋でええけどな、
時間は守ってや!」
と玲に厳しい注文を付けることを忘れないかすみである。今回玲が転移するところは、かすみと神室霊華が宿泊するホテルの彼女達の部屋の中である。ただし、寝ている時や着替えをしている時に来られたら、当然大迷惑なので、時間を決めて来ることを強く要請したのだった。これには玲も苦笑いを浮かべながら、
「分かってるよ、かすみ。
そんな変な時間に行くことは
絶対しないからね」
と言うのであった。それでもかすみは玲が信用できないのか、横目で睨み付けながら、「ホンマに、守れや!」との捨て台詞は忘れない。全くどこまで信用されてないのか、と頭を搔きながら見送る玲であった。
そしてかすみは今、神室霊華と共に成田空港にあるファーストクラス専用ラウンジにいる。出発までまだ1時間以上あるため、神室霊華と共にここで時間を潰すことにしたのだが、相変わらず妙な緊張感が漂ってくる。
「何やろなー、こういう所に来ると、
ホンマ落ち着かへんねんけど、
何でやろ?」
と神室霊華に何となくそんなことを呟く。以前と言うかもう数年前になるのだが、玲とかすみがタチアナの誘いを受けてパリに向かった時もファーストクラスラウンジで待機していたことを思い出し、そのことを神室霊華に話すのだが、
「ホンマな、玲が堂々としていたのは
正直ビックリしてんけどな、
それでうちも少しずつやねんけど
安心したんを思い出すわー」
と懐かしそうにそんなことを口にした。神室霊華からすると、玲がそんなに堂々とするイメージを持たないのだが、やはり師匠を庇うというか守ろうとしたのかな、と勘繰ったりし、そしてちょっぴり羨ましく思ったりした。そんな神室霊華の元には、彼女の知り合いと言うか顧客が何人かそこに居たようで、神室霊華を見かけると直ぐに挨拶にやって来た。そしてかすみはと言うと、とりあえず笑顔を繕って対応するのだが、心の中では”誰やねん、こいつ?”であった。後で神室霊華に尋ねると、「あの方は○○と言う企業の社長です」とかすみが良く知る企業のトップだったり「以前財務大臣をされていた○○と言う代議士の方です」などと言われて、かすみは目が点になって固まっていた。流石は上流階級と繋がりのある神室霊華様だ、と感心していたかどうかは分からないが、神室霊華がファーストクラスで行く理由が何となくだが分かった気もしたのだった。やはりこのような上流階級の顧客を獲得し相手にするには、それ相応の努力が必要なんだということである。
“これで霊華さんがエコノミーで移動となったら、
流石にうちでもドン引きするわなー”
であった。そんなことをしているうちに、彼女達の出発が近づいてきた。早速案内に従って2人は搭乗手続きをしてシアトル行きのファーストクラスに向かった。
「師匠、前回飛行機に乗られた時、
玲さんと何をされていたんですか?」
と神室霊華は飛行機が太平洋上空を飛んでいる時、隣のブースのかすみにそんなことを尋ねた。2人とも丁度ディナーが終わって一息ついたところである。
「まあ、あん時は、
うちが玲をってたかなー。
で、玲は何やら本を読んでたわ」
と言いつつ、そのうち自分の座席の前にいたワールド・クローズの社長の若林成政が何やら怒り出した時のエピソードを思い出して神室霊華に話した。すると
「えっ?最近、ロムリアブランドを
大々的に扱い始めた、
あのワールド・クローズですか?」
と神室霊華は驚いてかすみに尋ねた。実はロムリアのカジュアルブランドを最初は扱っていたのだが、最近になって高級ブランドも扱うようになったという。ただ、かすみはその辺の事情を全く知らなかったようで、
「へぇー、そうなんや。知らんかったわー。
あのおっさん、どんだけ儲けてんねん、
て感じやけどなー」
と再び若林をおっさん呼ばわりし始めた。尤もかすみからすると、今も昔もおっさんであったのだが。その後かすみから、若林をシャルルドゴール空港でタチアナに紹介し、更にロムリアのファッションショーへの招待まで、結局玲とかすみがお膳立てして事が運んだことを神室霊華に語った。まさかそのような事情があったとは想像もしていなかった神室霊華は、改めて師匠であるかすみの強運と言うか人を引き付ける力を見直したのだった。そして、国内有数のアパレルメーカーの社長をおっさん呼ばわりできるのは、日本に於いてかすみただ一人だろうな、と感心していた。その後2人は睡眠をとることにし、何時も起きる時間より少し早く起床し、日本時間の土曜日午前6時、現地シアトルは前日の金曜日午後1時にシアトル・タコマ国際空港に到着した。