召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
ラハニ・エランの結婚式 (第3幕)
ラハニ・エランの結婚式は今日の午後5時、日没前後の時間から行われる。日本では夕方の結婚式は余り馴染みがないが、どうやらラハニから聞く限り、夕刻と言うのは昼と夜の二つの世界が交わる境界の時刻とされ、祈りや儀式を行う神聖な時間と考えられるらしいのだ。しかも、夕暮れは新しい旅立ちへの象徴とも考えられ、新しい門出を祝う時刻としてまさに相応しい時間なのだった。新しい季節の到来を迎える春分の日の新しい旅立ちの時間の夕方に行われる結婚式は、何やら儀式めいて神秘的である。そして自然への崇拝を大切にするネイティブアメリカンとしては、そのような神聖さを大切にしたいらしい。そんな思いの籠ったラハニの結婚式に対し、物部かすみと神室霊華は少し緊張をしていた。当人であればさもありなんだが、何故参加者の彼女達が緊張しているかと言うと、やはり異国の地で全く馴染みのない儀式が行われるから、と言うことが大きいだろう。当然のことながら、の無いように注意する必要があるし、もし何か問題があると、日本人代表の様に捉えられて、日本人への心証を悪くしかねない。勿論そんな大ごとになることは無いと思うのだが、それでも注意するに越したことは無い。一応事前にラハニには、当日の装いとして相応しいドレスコードは聞いており、かすみも神室霊華もそれに合わせた準備は整えていた。だがドレスコードも大事だか、もう一つ注意すべきことがあった。それは
「しっかし、3月っちゅうても、ここは寒いなー」
「えぇ、やはり防寒着は必需品ですね」
と2人が口を揃えて言うように、もう一つの注意点はこの寒さである。と言っても儀式自体は屋外で行われるが、それ以外の披露宴に相当するパーティーは室内で行われるので、儀式中の防寒対策だけすれば問題ない。そして早速かすみは美土路神社の自宅に自分と神室霊華の衣装一式を取りに転移した。日本は丁度日付が月曜日に変わった午前10時頃である。一応最神玲の部屋に行くと、当然玲は起きており、何時でも出発できるようにネイビーのタイトなパンツスーツに身を包んでスタンバイしていた。後は寒さ対策から、スーツの中には白のニットのハイネックを着てそれなりに防寒対策は整えていた。何時もと同じ時間に起きたことで体調はバッチリ申し分ない。
「かすみ、これから着替えるのか?」
と玲が声を掛けたので、かすみは「そや。だからまだ来ちゃあかんで!」と釘をさすことは忘れない。そして
「向こうな、結構寒いから
防寒対策はしといた方がええで!」
とかすみからの忠告を受けて、玲は持っていこうかどうしようか迷っていたチャコールのロングコートを結局持っていくことにした。そしてかすみが戻ろうとした時、玲が
「それなら、先に僕が向こうに行くよ。
そしてそのままロビーで待ってるとかでどう?」
とかすみに提案した。かすみは暫し考えるが、それならむしろ自分達も急いで着替えなくても良いことが分かり、
「せやな、その方がうち等も
ゆっくりと着替えられるから、
そうしてもらおっか。それとな」
と言われて玲は神室霊華の荷物を持つことになった。そしてそのままかすみと一緒に転移して行った。
ホテルの客室でかすみの帰りを待っていた神室霊華は、まさか玲も一緒に来るとは思っておらず、一瞬ドキッとした。だがかすみから事情を聞いた神室霊華は、玲に
「すいません、玲さん、
急がせたりしてませんか?」
と声を掛けることは忘れなかった。玲も
「ええ、大丈夫ですよ。
じゃあ僕はこのままロビーで待ってますので、
好きな時間で結構ですから
準備ができたらそこで会いましょう」
と言って客室を出て行った。「ほな、うち等も準備しよか?」とのかすみの合図で、2人は持ってきた衣装に着替えることにした。
「霊華さんのそのディーププラム何かな、
その色合いのミディ丈のドレスって
よう似あってんなー」
「流石やわ~」とかすみは神室霊華の姿に見惚れていた。神室霊華は更に防寒対策として、濃紺のロングコートと淡いグレーのファーショールを用意していている。足元はワインレッドのレザーブーツを履くので、寒さ対策は完璧であった。
「師匠のそのロングスリーブワンピースですか、
色合いってどういう感じなのですか?」
と神室霊華はかすみに尋ねた。淡いグレーであるが、どことなく赤みが入っているのですごく不思議に感じたのだ。
「あっ、これな、ミストグレーっていう色やね」
「何でしょうか、控えめで清楚なんですが、
でもこれから行われる儀式の神聖さに
寄り添うような透明感があって、
凄く素敵ですね」
神室霊華からべた褒めされて少し照れているかすみである。ちなみに、かすみの着ているワンピースは自分でデザインから裁断と縫製を行った完全自作である。そして衣装にあわせて足元はグレーのショートブーツにしている(既製品)。あとは外での儀式のときは、この上にアイボリーのウールのカシミアコート(召喚術用衣装を使用)にシルバーの織り模様が入ったストール(既製品)を着用することで、こちらも完璧な防寒仕様となる。その後女性2人は化粧とヘアセットを済ませ、お互いに入念なチェックを終えてから、玲の待つロビーに向かった。そして、何やら熱心に読書をしていた玲と合流したかすみと神室霊華は、3人揃ってラハニの結婚式が行われるロッジに向かった。
神室霊華が運転するレンタカーで約10分程走った所に今日の結婚式の舞台となる「タホマ・スピリット・ロッジ」がある。車を駐車スペースに停めて、そこから林道をしばらく進んだ先にそのロッジは突然姿を現した。古いシダー材の香りが風に混じり、木造の外壁は長い年月で深い琥珀色に沈んでいる。ロッジの正面には、先住民のモチーフを刻んだ トーテム風の木柱が二本立ち、訪れる者を静かに迎えていた。派手な装飾はなく、ただ“ここは山の息づかいの中にある場所だ”と語りかけてくるような佇まいであった。
3人がロビーに入ると、暖炉の柔らかな火がぱちぱちと音を立て、周囲には ハーブのスモークとシダーウッドの残り香が漂うのを感じた。壁には地元部族が描いた山の精霊たちの絵が飾られており、重厚な木の梁が天井を支えている。窓辺の大きなガラスからは、夕陽に浮かぶレーニア山が見え、時折、風に揺られた木々の影が室内に揺れる。このロッジのスタッフは皆、落ち着いた物腰で、必要以上に干渉しない。
“ここでは、自然と話す時間を大切にしてください”
と言わんばかりだ。ここは、伝統と森の静けさ、そしてラハニとロドニーのルーツに流れる霊的な空気が混ざり合った、結婚式の舞台としては理想的な場所だった。