召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
ラハニ・エランの結婚式 (最終幕)
午後5時になったところで、ロッジのロビーで待機していた最神玲、物部かすみ、そして神室霊華の3人と他の招待客は、スタッフに案内されてロッジの奥の廊下を進んで行った。そして式が催される広場に続く扉をスタッフが押し開けた瞬間、冷たい山の空気だろうか、3人に向かって一気に押し寄せて来た。そして扉の向こうを見ると、焚き火の煙が空へ細く昇り、レーニア山の大きな影が広場全体を見守るように聳えている光景が目に飛び込んできた。そのレーニア山は夕暮れの金色が雪面に反射し、目の前の広場は薄桃色と金色の光が混じる不思議な色合いに染まっている。
「何や、これ、絵画みたいな光景やんな~」
「本当ですね、ラハニさんにピッタリですね」
「うーん、ここで結婚式って......何か凄いね」
と3人は呟くが、その後は言葉を失い、山と焚き火と風が作り出す静かな聖域の風景に見入っていた。
バージンロード代わりの松葉と杉の葉が敷き詰められた道の先、儀式の場となる円形のストーンリングが、火の灯されたトーチに照らされて浮かび上がる。そしてその中心にはの役を受け持つ地元の部族の長老が立っている。やがて太鼓の低いリズムが、遠い山の鼓動のように響きはじめる。
ドン……ドン…… ド——ン
参列者の視線が自然と入口の方へ向かう。そこに現れたのは、新郎のロドニー・カヤンである。黒曜石のような瞳を真っ直ぐ前に向け、肩には部族の伝統模様が織り込まれたダークブルーのショール。胸元には、彼の祖母が作ったとされるターコイズのメディスンホイールが揺れている。足音はほとんどしない。まるで大地が彼を迎え入れているようだった。彼がストーンリングの中心に立つと、長老が静かに言葉を発し始める。
「今日、この山が見守る前で......
祖先の導きのもと、男はここに立つ。
風よ、彼に試練を与えた日々を思い出させよ。
火よ、彼の心に揺るぎなき誓いを灯せ」
ロドニーは深く息を吸い、空へ視線を向けた。その瞬間、鳥が一羽、上空を横切り、風鈴のような羽音を残した。その小さな自然の動きに、参列者の背筋がひやりと伸びる。
「ラハニ・エランを迎える準備が整った」
長老がそう告げた時、太鼓のテンポが少しだけ速くなる。
すると、森の奥から淡い花の香りを伴って、ネイティブアメリカンの伝統に則って鹿革で仕立てられたアイボリーのドレスを身に纏う新婦のラハニ・エランが現れた。彼女が歩く度に肩に付けられた白い羽根のショールが夕日を反射し、淡く金色に輝き出す。黒く艶やかな髪は三つ編みにされ、その先端にはコンドルの羽根が一つ揺れている。ラハニの姿を見たロドニーは初めて静かに笑った。まるで長い旅を終えた者が、ようやく故郷に辿り着いたような微笑みだった。そして玲とかすみと神室霊華は、息を呑んでその様子をじっと見守っていた。
「母なる大地、父なる空、風、火、水
今日ここに集いし我らは、
二つの魂がひとつとなる瞬間を見届ける」
ラハニとロドニーは、胸元のセージを一本取り、同時に火皿の炭に触れさせる。ほのかな煙が立ちのぼり、夕闇の中に溶け込んでいく。そして2人はそれぞれの部族の色を象徴する砂を持つ。ラハニは空と精神の自由を象徴する青い砂、ロドニーは大地と生命力を表す赤い砂である。2人はひとつのガラス瓶へ、交互に砂を流し込む。砂は完全には混ざらず、複雑な模様を描いていく。
「異なる道を歩んできた砂が混ざり、
もう分けられないように。
この先も二人の魂は、離れない」
参列者の間から静かな吐息が漏れる。そして指輪の交換が行われる。指輪は銀とターコイズを組み合わせたものである。ラハニが指輪をはめると、その瞬間、風がふわりと吹き、羽根と花が舞う。まるで、山そのものが祝福しているかのように。
長老が静かに頷く。
「……今、この山と空、そして我らの前で、
2人は夫婦となった」
2人がそっとキスを交わした瞬間、遠くで太鼓が鳴り始めた。
タン… タン… タン…
リズムが次第に強くなり、やがて参列者達の足が自然と揺れ始める。
「……こんな美しい誓い、初めて見ました」
と神室霊華は目元をそっと拭いながらそう呟いた。玲は照れたように微笑みながら
「うん。確かに言葉じゃないな。
世界が祝福してる」
と口にすると、かすみが胸に手を当てて
「......おめでとう、ラハニ」
と小さく呟いた。空に星が輝き始める頃、式は祝祭へと移っていく。静寂は喜びへ。儀式は、永遠へ。
ロッジに戻って来た3人は、披露宴が行われる会場に移動した。会場に足を踏み入れた瞬間、微かなセージとシダの香りが鼻をくすぐって来た。浄化と祝福を意味する香りだと、かすみは以前ラハニから聞かされていたことを思い出した。そして会場内には、ゆったりとした音楽が流れていた。最初はほとんど鼓動のように静かだった。ネイティブフルートの柔らかく低く、空気の隙間をすり抜けるような音色。そして遠くから太鼓がトン……トン…… と大地の心音のように響く。やがて音楽は少しずつ華やかさを帯び、ギターとチェロが加わると、場は穏やかな喜びの色を纏い始める。森の夕暮れが、星空へと移り変わる瞬間を音にしたかのように。
披露宴会場のテーブルには、白いクロスではなく、淡い砂色のリネンが敷かれ、その上に置かれた石や松ぼっくり、羽根の装飾が自然と調和している。中央には、野花と乾燥ハーブの素朴な花束。どれひとつとっても華美ではなく、しかし不思議なほど気品があった。やがて料理が運ばれてくると、テーブルの空気がふっと変わった。最初に出されたのは、スモークサーモンのタルタルに野生ベリーを添えた前菜。程よい酸味とスモークの香りが口の中で広がる。続いて、コーンのチャウダーにセージオイルを垂らしたスープ。一口ごとに、森と焚き火の夜を思わせる深い味わいが広がる。そしてメインは、二種類から選べる形式だった。
[野生鹿のロースト ハーブクラスト仕立て]
[トラウトのグリル レモンとハニーのソース]
どちらも、土地の恵みそのものだった。かすみは魚料理を選び、レモンと蜂蜜の柔らかな甘味に思わず目を細める。向かいの神室霊華もかすみと同じ魚料理をゆっくりと味わっていたが、ふと、
「何でしょうか......うっとりする味って
こういうことなんでしょうね」
と小さく呟いた。一方の玲は肉料理を選んだが、玲と言うよりも中身のカーンフェルトからすると、その味わいは故郷のケンタリアの肉料理を思い起こさせたようで、1人懐かしさに包まれながら野生鹿のローストを存分に味わった。そして最後のデザートは、メープルシロップのケーキに、ラベンダー香るクリーム。華やかな甘さなのに、どこか静かで懐かしさを感じさせた。
食事が進む頃には、音楽は軽やかなリズムに変わり、ゲストたちの笑い声とグラスの触れ合う音が会場を満たしていた。ラハニとロドニーはテーブルの中央近くで寄り添いながら楽しそうに話し、時折、ラハニの髪飾りについた羽根が揺れる。ロッジの外では、夜空に星がひとつ、またひとつと灯り始めている。そんな中、会場の端に置かれた焚き火台に火がともされ、儀式の時間が近いことを知らせるように、パチリ、と小さな火の粉が跳ねた。夕暮れの余韻と夜の始まり。祝いと祈り。文化と愛。それらすべてが静かに、美しく溶けあっていた。
披露宴が一段落し、参列者達は再び外の広場に向かった。ロッジの照明がゆっくりと落ちていき、その代わりに広場の中央へ据えられた聖火台へ、ランタンの列が導くように灯されていた。満天の星空の下、ラハニとロドニーが進み出る。二人の足元には羽根、樹皮、乾いたコーンフラワー、お守りの紐。ネイティブアメリカンの伝統を象徴する供物が散らされ、歩くたび小さく擦れる音がした。
「ここからが、私たちの“魂の契り”です」
ラハニが長老に向け、柔らかく頭を下げる。長老は重々しく頷くと、胸元に下げた鹿革の袋から、セージの葉を取り出し火にくべた。白い煙がゆるりと立ち上り、甘く乾いた香りが風に溶ける。
長老は羽根扇で煙を送りながら、ネイティブアメリカンの古い言葉で祈りを歌った。言葉の意味は分からない。だが、それは祈りであると、誰もが直感で理解できる響きだった。かすみは胸の前で手をそっと組み、知らぬまま涙がにじんだ。神室霊華も表情を崩し、言葉ではなく呼吸で、目の前の祝福を受け止めていた。玲は静かに微笑みながら、目を逸らさず二人の姿を見届ける。やがて祈りが終わると、次は贈り物の儀へ移る。広場の中央に置かれた机には、部族の伝統に沿った贈り物――羽根飾り・翼を象る銀のペンダント・小さな木彫りの熊・薬草を詰めた革袋が並んでいる。長老が言う。
「結婚とは、ひとつになることではない。
二つの魂が共に歩むことだ。
これらの贈り物は、互いを尊び、守り、導き、
そして思い出すための象徴だ」
ラハニは熊の木彫りを手に取り、ロドニーへ渡した。
「熊は、忍耐と守護の象徴。
あなたが私を守ったように、
私もあなたを守ります」
ロドニーは革袋を手にし、ラハニへ捧げる。
「これは薬草の魂。
あなたがいつも周りの人の心を癒したように、
これからは、私があなたの痛みを癒したい」
二人が手を触れた瞬間、長老の合図で太鼓が鳴り始めた。低く、しかし鼓動と同じリズム。静かに、確かに体の奥へ響く音。そこに長いフルートが重なる。レーニアの夜風が音を運び、森そのものが祝福しているようだった。
そして太鼓とフルートの音に誘われるように親族から順に輪になり、ゆっくりとしたステップで踊り始める。ラハニのドレスに織り込まれたビーズが星の光を反射し、ひとつ、またひとつと瞬く。やがて輪は大きくなり、参列者全員がそれに加わった。かすみは隣の人の手を取り、慣れない動きに微笑みながら身を任せる。玲は最初躊躇したが、神室霊華に手を取られ、覚束ない足取りで踊りの輪へと入っていった。楽しげな笑いと、夜風と、太鼓の響き。そのすべてが、ひとつの祝福として混ざり合っていく。
最後にラハニとロドニーは、聖火台の前で向かい合う。長老が二人の手を取らせ、火の上へ掲げた。
「この火は、太陽の欠片。
二人の誓いが冷えることなく、
燃え続けることを象徴する」
二人の声が重なる。
「私たちは、共に歩む」
「喜びの日も、嵐の日も」
「この火が消えぬ限り、心を離さない」
火が大きくふっと揺れた。それはまるでレーニアの山と空と森が、二人の未来に応えたかのようだった。
静かな拍手が夜の空気に溶け、ラハニの目には涙が光っていた。だがその涙は哀しみではなく、長い旅路の終着点であり、始まりを告げるものだった。その瞬間、月が完全に昇り、結婚の夜は静かに、確かに幕を開けた。
再びロッジに戻って来た3人は、そこでラハニに挨拶すべく待つことにした。宴はまだまだ続くが、玲がこのまま美土路神社に戻るため、かすみと神室霊華も一緒にホテルに戻ることにした。そして暫く待つと、ラハニとロドニーが3人の元にやって来た。玲はロドニーと初対面なので早速自己紹介をした。そしてかすみから驚きの言葉が伝えたられた。
「玲、ラハニさんのお腹ん中に
赤ちゃんがおんねんて!」
しかも6カ月だと聞かされた時、これには玲は目を丸くして驚いた。よく見ると確かに少しお腹が膨らんでいる感じはするが、この暗がりの中ではなかなか気づき難い。だがその時の玲は、もう一つの重大な事に気づいて独り驚愕した。
“もしかしてお腹の中の子は、
生まれながらの召喚術師に
なるのではないか”
と言うことを。もしそうであれば、その子には生まれながらの召喚術師に特徴的なあれが出現する筈である――オッドアイ。
その後、ラハニとロドニーに別れを告げて、3人は宿泊するロッジに戻って行った。なお途中で玲は車から降りて、そのまま美土路神社の自宅に転移して行った。こうしてラハニの結婚式は幕を閉じた。