召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
M Mの慰安旅行: 霧島編 (第1幕)
今年もこの季節がやって来た。それはM Mの代表である物部かすみの生誕祭である。ちなみに 生誕祭 とすることで、かすみから「うちはどこぞの教祖か!しかもまだ生きてるし!!」と言う有難いツッコミが頂けたりする。そして、かすみの誕生日に合わせてM Mの慰安旅行が毎年催されるのだが、最早こちらがメインになりつつある。そしてこの慰安旅行、昨年まではかすみの誕生日を挟んで行っていたが、昨年の教訓を踏まえて、今年から美土路神社の仕事が休みとなる土日に行うことにした。ただしそうなると、当然人気の宿は空きが無かったりする訳で、そのためにかなり早い段階、実際は3月に入ってからだが、最神玲は企画を練り始めていた。
さて今年はどこに向かうかだが、かすみと神室霊華に希望を聞いたところ、北は北海道から南は鹿児島まで色々と意見を出してきて、結局は収拾がつかなくなった。ちなみに、アメリカに住むラハニ・エラン改めラハニ・カヤンにも要望を聞いたところ、「オンセンガアルトコロナラ、ドコデモイイデス」との答えが返って来たので、結局日本にいる3人で決めることになった。なお、玲は有名な温泉地とかの情報を余り持たないが、その点神室霊華はセレブな付き合いがあるためか、結構穴場の高級温泉宿の情報を多く仕入れてくれた。そして最終的には神室霊華が出したある案でかすみは納得したため、今年はそこに行くことになった。
今年のM Mの慰安旅行の出発日である6月初旬の土曜日がやって来た。何時もの3人は、前日から別荘に滞在している。そしてこれから慰安旅行先に向かうのだが、かすみがリビングで寛ぎながら
「何かなー、こうやって別荘に泊まって
露天風呂入ってまったりしていると、
わざわざ慰安旅行する必要あるんかな―と
思うねんけど...」
と何やらブツブツと呟いている。かすみの呟きを耳にした玲は
「まあ、かすみの言うことも
分からなくないけどね、
でも旅館の雰囲気とか、
後その土地ならではの料理を堪能できるのは
魅力的だと思うけどなー」
と同じくソファーで寛ぎながらも、自分が感じたことを伝えた。そしてキッチンから3人分のお茶を手にして戻って来た神室霊華もソファーに腰を落ち着けて
「そうですね、師匠の仰ることも分かりますが、
やはり何と言っても玲さんの言うように、
その土地の雰囲気と料理は、
ここでは得られない魅力ですよね」
と自分の意見を伝えた。かすみも皆が言うことは理解しており、でもやはり、この別荘が一番だよな、と言いたかったのだろう。それよりも玲は「かすみ、ラハニさん迎えに行かなくていいのか?」とかすみに尋ねると、「あっ、忘れてた! アカンやんか、首長―くして待ってるで」と言いながらソファーから立ち上がるや直ぐに転移して行った。そして10分程してからかすみはラハニを伴って戻って来た。そしてラハニが「ミナサン、オヒサシブリデース!!」と元気に手を振りながら挨拶したその姿を見た玲と神室霊華は驚きで声を上げた。
「ラ、ラハニさん、
また一段とお腹が大きくなったね!」
「本当に、3月に会った時よりも、
更に大きくなりましたね」
そう、ラハニのお腹は臨月に近いからか、一段と大きくなっていたのだ。するとラハニは、
「オナカノベイビー、
デタクテヨクアバレマース!!」
と呑気な事を口にした。もしこの旅行中に産気づいたらどうしようか、と神室霊華は不安に駆られてしまう。尤も、ここには召喚術師が4人おり、うち2人は自分よりも遥かに優れた召喚術師であるため、直ぐに何か対応するだろうと楽観視してしまう。そして玲もかすみも、いざとなったら助産師を召喚するか、近くの病院に転移で向かうなどの措置をするつもりでいる。
さて、いきなり驚きの情報で幕を開けた今年のM Mの慰安旅行だが、これから彼らが向かう場所は、鹿児島県霧島連山の麓にある
”の宿・”
と呼ばれる温泉宿である。ここは神室霊華が自分の顧客から仕入れた情報のうちの一つを候補として挙げた所であるが、名前から見て想像できるように、M Mの代表であるかすみが
「おー! 今年もうちの名前に
関係してそうな所やね!」
とご機嫌だったことから鶴の一声ならぬ、かすみの一声で決まった。そして早速出掛ける準備を整えた4人は、玲が用意した転移門から宿が指定した待ち合わせ場所に向かうのだが、今年向かう温泉宿は昨年の時とは異なり地図に載っていない訳ではないため直接現地に向かうことは可能だ。ただし、そこへ至る道は途中で曖昧になり、初めての者は必ず同じ場所で引き返すため、常連客で無ければ普通は案内が無いと辿り着くことが出来ない。そのため、4人はその待ち合わせ場所から宿の用意した迎えの車で宿に向かうことにしたのだ。
午後1時過ぎ、神室霊華の運転するレンタカー(召喚物)で待ち合わせ場所にやって来た4人は、車から降り立った途端、その場の空気に僅かな硫黄の匂いを感じていた。如何にこの地が火山地帯にあるのかが窺い知れる。そして待ち合わせ場所には既に一台の年季の入った大型の四輪駆動車が停車していた。側面に[瑞鳳庵]と書かれていることから、この車が送迎車なのだろう。玲は早速運転手に挨拶をした。そしてラハニを助手席に、その他3人は後部座席に落ち着いたところで車は動き出した。瑞鳳庵に向かう道は途中で舗装が途切れ、その後は火山灰を踏み固めた道が続く。そんな道を進みながら、運転席の後ろ側に座るかすみが何気なく窓を開けた。すると、外から湿った温気が肌に触れてきた。そして窓の外では、霧が低く垂れ込め、木々の根元を舐めるように漂っている。白く霞んだ空気の向こうで、黒松や灌木の影が溶け、境界が怪し気に失われていく。自分達にとっては馴染みのある霊界の光景をふと思い出させる、そんな雰囲気が漂っていた。
やがて車は止まり、そこからは徒歩となった。石を敷いた小径が、霧の奥へと伸びている。数歩進むごとに視界は白く閉ざされ、背後の気配が薄れていく。歩く音すら、霧に吸い取られていくようだった。神室霊華がふと隣に並んだかすみに声を掛けた。
「師匠、何やら霊界に居る感じがしますね」
「せやねん、何となく霊界っぽい感じが
漂ってんねんなー」
と先程も感じた雰囲気を交えてかすみはそう口にした。日頃から除霊で霊界と行き来することがあるM Mだからこそ、このような不思議な会話が成り立つのであり、世間一般の人からすると全く想像できないだろう。そんな会話をしていた4人の目の前で、不意に霧が途切れた。そして谷あいのくぼ地に、低く構えた建物が姿を現した。木と石で造られた瑞鳳庵は、辺りに漂う白霞と溶け合い、輪郭を曖昧にして佇んでいる。屋根の隙間や露天の縁から、乳白色の湯煙が静かに立ち上り、建物そのものが呼吸しているかのようだった。
“白霞の宿・瑞鳳庵”
この世のものとは思えない佇まいを醸し出す温泉宿、この場所は癒しのためにあるのか、それとも何かを試すためにあるのだろうか。そんなことをつい考えてしまう。勿論その答えは、湯に身を沈め、霧に包まれ、時間の感覚を失った先でしか、明らかにならないのだろう。
瑞鳳庵の玄関は霧の中に半ば溶け込むように開いていた。大きく構えた門はなく、低い石段と控えめな引き戸が、ここが人のための場所であることを辛うじて示している。そして一歩中へ足を踏み入れた瞬間、外気とは異なる、やわらかな温もりに包まれた。床は黒褐色の板張りで、長い年月を経た木が、わずかに艶を帯びている。磨き上げられているが、人工的な冷たさが一切感じられない。廊下は直線ではなく、緩やかに折れ曲がり、先の見通しを許さない造りとなっている。壁には余計な装飾はなく、掛け軸が一幅と、火山石を削り出した花入れが置かれているだけだ。活けられているのは、霧島の野に咲く白い花で、名も知らぬまま静かに咲いている。天井は高すぎず、低すぎない。行灯の灯りは橙色で、影を強調することなく、空間を均一に照らしていた。足音は驚くほど柔らかく吸い込まれ、ここでは声を潜めることが自然な振る舞いのように思えた。
そしてM Mの4人が中に入るや、奥から仲居が現れた。年の頃は30代半ばほどだろうか。紺色の着物に白い襟元が映え、所作には一切の無駄がない。
「ようこそ、白霞の宿・瑞鳳庵へ」
その声は低く穏やかで、霧のように耳に染み込んだ。名を名乗ることはなく、名を問われることもない。ただ、ここではそれが当然なのだろう。