召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
M Mの慰安旅行: 霧島編 (第2幕)
何時もの慰安旅行の様に最神玲がチェックインを済ませ、仲居に導かれるまま物部かすみ、神室霊華、そしてラハニ・カヤンの4人は本館を離れ外へ出た。戸を開けると、再び白い霧が4人を迎え入れる。だが、意外と外の霧は冷たくなく、温泉の熱を含んだ湿り気を帯びていた。そして霧の中を石畳の小径が、ゆるやかに下っていく。両脇には低い植え込みと火山石の灯籠が並び、灯りは控えめに、足元だけを照らしている。霧の中で、灯りはにじみ、距離感を失わせた。数歩先にあるはずのものが、ひどく遠く感じられる。時間もまた、同じように引き延ばされているかのようだった。これではまるで
「ほんま、マジで、霊界にいるみたいやんか!!」
とかすみは隣にいる神室霊華の耳元で囁いた。神室霊華は
「まさにそうてすね、師匠。
でもこちらではこうして
声が聞こえますけどね」
と同じく囁き声で返した。ここにいる4人からすると、この雰囲気、この世界観は、まさしく霊界そのものを想像させる。更に4人が小径を進むにつれ、湯の音が近づいてくるのを感じ出す。それは「ボコッ、ボコッ」という沸き立つ音ではなく、低く、一定のリズムで、地の底から伝わる鼓動のような音だ。
大地の鼓動を体で感じていた4人の前方の霧の向こうに、突然建物の姿が浮かび上がった。それは「家」というより、「据えられた場」と表現した方が適切に感じた。切妻屋根を低く構え、外壁は焼杉と黒石を組み合わせている。派手さは一切なく、むしろ目立たぬように造られているのに、不思議と視線を引き寄せる。建物の周囲には、浅く掘られた湯溝が巡らされ、乳白色の湯が静かに流れていた。ところどころから湯気が立ち上り、離れの輪郭を曖昧にしている。僅かに見える縁側の板は、長年の湿気と湯気にさらされ、深い飴色をしている。触れれば、ほのかな温もりが伝わってくるだろう。その先には、離れ専用の露天風呂がちらりと見えた。
仲居は立ち止まり、静かに言った。
「こちらが、お客さま方の
お泊まりになっとる離れでございます」
その声に促されるように、4人は足を止め、しばし建物を見つめた。もし霊界に建物が存在したら、こんな感じなんだろうか、と想像したりする。
離れの引き戸を開けると、外の白霞が嘘のように遮られ、穏やかな空気が満ちていた。室内は広すぎず、しかし4人が過ごすには十分な余白を持っている。床は畳敷きだが、新しさはない。長年使われ、踏みしめられてきた畳は、淡い色に落ち着き、ほのかに温泉と木の香りを含んでいた。正面には広い居間があり、大き目の低い座卓が一つ置かれ、その周りに4つの座椅子が置かれているだけだ。それ以外の余計な家具はなく、壁際には火山石を削り出した飾り棚がえられていた。そこには、素焼きの器と、白い石英のような鉱石が無造作に置かれている。障子越しの光は柔らかく、外の湯煙が揺れるたびに、室内の明暗も静かに移ろった。天井は低めで、梁がそのまま見える造りになっており、建物が山の一部であることを強く意識させる。そして居間の左右に、それぞれ寝室が設けられていた。一つ目の寝室には、すでに布団が二組、きちんと敷かれている。白いシーツに包まれた布団は、見た目にもふっくらとしており、枕元には小さな行灯が置かれていた。もう一つの寝室も同じ造りで、配置も揃えられている。違いがあるとすれば、障子越しに見える景色だ。一方は庭と露天へ、もう一方は霧に沈む山肌へと面している。かすみは早速その状況にクレームを入れそうになるが、仲居がいることを気にしたのか、とりあえず黙っておくことにした。
荷物を居間の角に置いた4人は、仲居が居間の端に控えめに正座したため、自分達もそれぞれ座椅子に着くことにした。そして仲居は穏やかな声で4人に伝えた。
「それじゃあ、いくつかだけ、
お話しさせてもらいますね」
少し間を置き、言葉を選ぶように続ける。
「この時期、夜になりますと、
霧が今よりずっと深うなります。
外を歩かれる時は、
必ず灯りを持って行ってくださっせぇ」
4人の顔を順に見てから、柔らかく微笑む。
「それからですね、山のほうから
音が聞こえることがあるかもしれもはん。
風や湯の音ですから、
どうぞ気にせんでよかです」
声は終始穏やかだが、どこか言い切るような調子があった。
「もし夜中に、道が分からんごつなったら、
無理に動かんで、そこで待ってもろたほうが
よかです」
そして最後に、少しだけ声を低くする。
「この離れから先の方へは、
夜は出られんことをお薦めしとります。
それも、皆さまのためですから」
そう言って、深く一礼した。
「それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
仲居が立ち上がってその場を去ると、室内には再び静寂が戻った。外では湯の流れる音が、絶え間なく、しかし主張することなく続いている。そんな静寂を破るように、かすみが声を上げた。
「な、何やろ、仲居さんの最後のあの言葉?」
全員その場で首を傾げた。その時玲が「単に霧で道に迷うからとかなのか?」と疑問を呈するが、ここにいる4人は、道に迷っても元の場所に戻ることは難なくできる。とは言っても普通の人達に彼らの特殊な能力が分かる筈もない。それでもこの霧といい、仲居の言葉と言い、何かしらありそうな予感がしなくもないのだ。
それも気になるが、それ以上にかすみが気になるのが、この布団の配置である。早速
「はぁ?何で2組ずつ布団が
分かれてんねやろなー」
と愚痴を零したかすみは、直ぐに、
「玲、この真ん中の部屋で寝や!」
と早速玲に当りだす。言われた玲は堪ったものではなく、直ぐに
「それなら、かすみがここで寝たら
良いんじゃないの?」
とクレームをつける。そうなると、売られた喧嘩は値切らず言い値で即買い取るをモットーにしているかすみからすると、早速
「何でうちがここで寝なあかんねんかな~。
うちはM Mの代表やねんで~。
うちが決める権利があるっちゅうの!」
と何やら代表であることを盾に玲に詰め寄るかすみであるが、これは場合によってはパワハラと受け取られかねない。そして玲は早速その点を突いてかすみに反撃を試みるが、かすみは、
「いやなら、玄関で寝い!
それか自宅に転移したらええがな!」
などと言う始末である。これには黙って成り行きを見守っていた神室霊華が
「師匠、それは言い過ぎではないですか?」
とかすみを嗜めた。神室霊華から注意を受けると素直に従ってしまうかすみだが、それでも何やら玲に負けたくないという変な意地があるようで、
「ほな、ジャンケンで部屋を決めよか?」
と言うことを提案した。玲も特に異存はないのでかすみの提案を承知した。その結果、かすみとラハニは庭に面する部屋となり、玲と神室霊華は山肌に面する部屋となった。そして早速かすみが
「霊華さん、もし玲に何かされそうになったら、
大声で助けを呼ぶんやで!!」
と再び玲を悪者にしようと画策する。神室霊華は、「は、はい」と答えるしかない。一方の玲は
「かすみ、人を犯罪者みたいにするなよ!!」
とクレームを言うことは忘れない。一応、居間と寝室を間仕切る障子があるのだが、お互いに寝るときはそれを開けたまま寝ようということで落ち着いた。玲は
”どこまで信用されてないんだよ、僕は!”
と嘆かずにはいられない。
さて、かすみの何時もの暴走のせいか、何やら気まずい雰囲気が漂ったM Mの慰安旅行であるが、今回は時間的にゆっくりと過ごせるので、その後は庭を散策したり本館に行ったりして各自好きなように時間を潰すことにした。そして夕方になったところで、露天風呂に入ろうということになった。とは言え、実はこの離れにはちょっと大きめの露天風呂がえられている。大きめと言っても、彼らが週末利用する別荘の露天風呂の半分程の大きさしかないが、女性陣が揃って露天風呂でゆっくりする分には全く問題がない広さである。そこで先に女性陣が着替えの浴衣を手にして露天風呂に直行した。板張りの廊下を抜け、を開けると、湿った温気が一気に肌を包み込む。外はすでに夕刻に近づいているはずだったが、空の色は定まらない。なぜなら白い霞が低く漂っているからであり、まるで時間そのものがぼやけているように感じたりする。そしてその露天風呂は、火山岩を組み上げた湯船が半ば地に沈み、縁は苔に覆われている。別荘の露天風呂と違い、長い年月を経た歴史を感じさせる趣を湛えている。そして湯は乳白色で、表面から絶えず白い湯気が立ち上って、空と地の境を溶かしていた。
女性陣3人は、湯船に足を入れた瞬間、芯まで届くような温もりが広がるのを感じた。ただ熱いのではなく、体の奥に溜まっていた疲れや緊張を、静かにほどいていくような湯だった。そして湯に浸かると、周囲の音が遠のくように感じた。今彼女達の耳に聞こえるのは、湯が溢れる微かな音と、自分たちの呼吸だけだ。そして湯気越しに見える景色は、もはや庭なのか山なのか判然としない位に、霧で曖昧になっている。まるで境界が溶け、世界が一枚の白い幕に包まれているかのように感じられた。ラハニは、湯の中で目を閉じたまま、じっと動かなかった。ここでは、山も湯も、人を見ている——そんな気配が、言葉にならないまま胸に浮かんでいた。一方、かすみと神室霊華は、何時もの別荘の湯とは雰囲気の異なるここの湯が気になるようで、「うちとこの湯もこんな感じやったらもっと趣があるやろなー」などと話し込んでいた。
やがて、湯から上がった3人の女性は、体を拭き、持ってきた浴衣に着替えて、再び簾戸をくぐった、その瞬間だった。霧が、明らかに変わっていた。露天風呂に入る前よりも、白さが増している。ただ漂っていた霞が、重さを持ち、足元からせり上がってくるようだった。数歩先の縁側が、ぼやけて見える。離れの輪郭さえ、湯気と霧に溶け込み、境目が曖昧になっている。空気は静かだが、息を吸うと、わずかに甘い硫黄の匂いが濃くなっていた。
そのとき、誰かが、ほんの一瞬だけ立ち止まった。
——夜になりますと、
霧が今よりずっと深うなります
仲居の声が、ふいに脳裏に蘇る。
——夜中に、もし道が分からんごつなったら、
無理に動かんで
今は、まだ夜ではない。だが、ここでは「夜」という言葉が、単に時刻を指していないような気がした。霧は、音を奪っている。足音も、衣擦れも、吸い込まれていく。声を出せば届くはずなのに、出すこと自体を躊躇わせる沈黙があった。ふと振り返ると、露天風呂の湯面は見えない。そこにあるはずの白い湯気も、霧と混じり合い、区別がつかなくなっている。
——この離れから先へは、
夜は出られんようになっとります
その言葉が、ただの注意事項ではなかったことを、誰もが同時に理解した。ここは、守られている場所なのか。それとも、外と切り離された場所なのか。答えは、霧の向こうにありそうだ。だが今はまだ、霧の中へ踏み出す理由はなかった。3人は無言のまま、離れの中へ戻る。背後で、霧が静かに、しかし確実に、距離を詰めてきていることを感じながら。